#1.2. step to you(雪日向渓國は春色小道を行くらしい)
新実装! ≪あおはる学園≫で、青春を再トライしよう!
長らく要望の多かった「青春やり直しマップ」として、王道学園モノをイメージした≪あおはる学園≫をサーバー#リアルよりアクセス開放!
VR空間ならではの青春生活を楽しもう!
・新ステージのここがすごい!
業界初、学園内での「ロール機能」登場
≪あおはる学園≫は通常のユーザー交流の場ではありません!
スーパーゼノにアクセスした仲間同士だからこそ、やっぱり学園での青春を楽しんでもらいたい!
そこで、≪あおはる学園≫ではロール機能を採用!
これは、各ユーザーに与えられる≪あおはる学園≫でのロール――つまり、学園でのあなたの「役割」を表し、スーパーゼノがロールに合わせたキャラクターをあなたに適用してくれます。
時に≪クラスのお調子者≫、時に≪サッカー部のイケメン先輩≫、時に≪品行方正な学級委員長≫と、学園モノの王道ロールが割り当てられ、あなたはスーパーゼノのサポートでロールのキャラクターになりきり学園生活を満喫できます。
ロールは自動で割り当てられますが、ユーザーとの交流が増えて行けば、途中で「キャラ変」も可能。やってみたかったロールで新たな自分と出会うのもありかも!?
さあ、どんどん青春しましょう!
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4月の初旬のその日がついに来てしまった。
例によって、よりによって、≪あおはる学園≫のサービス開始日で、俺が青春をやり直す日であった。
「マジでやるのか……」
現実ではこの日は休日というもあり、アクセス予約をしていたユーザーは予想を上回る数らしい。本格学園モノのVRMMOとの事で、生徒登録と称して事前予約が必須であったが、それでも中々の数だとSNSで話題になっていた。ま、相変わらず他の世界の方がアクセス数は圧倒的らしいが、それにしたって町おこし的には上々なんだろう。
さて、俺もそろそろ「登校」せねばまい。友人のポール(浪人生)とリンゴ(ガチの夜の人)は別の生活が忙しいらしいので悲しいかな世の言うぼっち参戦だが、人生大概ぼっちの身の上、今更気にならぬ。
なお、≪あおはる学園≫基い、サーバー#リアルでは基本的に現実と「ほぼ同じ」容姿や身体能力が適用される仕様だ。
俺の主場であったサーバー#デッド&パンクだと容姿が弄れたが、前も殆どリアルのツラのままやっていたためそこまで変わりない印象になる。言っても特段ブスでもデブでもない見た目のため、元々それ程気にする内容でもないが。
まあ、例えコンプレックスがあっても容姿変更出来ないのは問題でないだろう。
というのも、スーパーゼノの現実の見た目を取り込む技術は、ユーザーの容姿は良く見えるようにある程度フィルターが掛けてくれるのだ。
これが、あからさまにならない位の絶妙な具合なため「ほぼ同じ容姿」と言われる。
もちろん、現実に戻って来て鏡見たらテンション下がる人間もいるんだろうけど、その辺り、没入感を上げるために色々工夫してくれるスーパーゼノの支持されている要因。素晴らしき科学技術。
さてと。
軽く呼吸を整えて、いざ仮想世界へ出発するために準備。これから俺の青春やり直しがスタートする。あまり顔には出ないタイプと自負してるが、なんだかんだ新マップ、胸が高鳴ってる。
「……ひとまず、出会い厨だけにはならぬように、だな」
軽く気合を入れ、ゲーミングチェアに腰掛け、ヘッドギア型のVR機を被る。だいぶ前に出たVR機だが、不具合もなくて動作は良好である。兎使いのツテでの貰い物だが物は悪くない。
自分の脈に合わせてインジゲータが光るのを横目に、俺は側頭部分のコンソールを押しながら、アクセスコマンドを唱えた。
「ユーザーアクセス/サーバ#リアル」
ブラックアウトした視界に白字の英数字が一瞬で流れて、Fメジャーの音が鳴り響く。知らぬ間に俺の意識は遠くへと消え去っていった。
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スーパーゼノで作り出される世界は、人間の五感に直接働きかける特殊信号のお陰で本物と大差のない感覚を与えるのが特徴だが、それだけでなく、「感情量の調整」が行えるのも特筆すべき点だ。
「感情量の調整」とは、簡単に言えば気持ちを盛り上げるための信号みたいなもので、例えば「怖い」という感情で戦場に出られない場合、一時的に「興奮」を呼び起こす信号をVR機を介してユーザーに飛ばし、恐怖心を上書し戦闘状態にさせる、といった具合になる。
この信号は、ユーザーの任意ではなく、サーバ側で自動で飛ばされるため、ユーザーの性格やその日のコンディションを一切気にせずに、VR空間が勝手にユーザーを楽しませてくれる。信号が飛んだユーザーも気が付かない程度の感情の変化なので、IoTならぬInternet on Human、IoHが進んで早何十年、感情コントロールの技術はバカにならない。
という事で。
「青い空と春風、そして美麗な桜並木……暗闇にずっと居たせいで目が痛いな」
そんな便利機能も手伝って、目を開くと広がるお誂え向けの学園モノらしい光景が、妙に心地よくさせる。
スタート地点は学園の目の前で、少し歩けば「あおはる学園入学式」の立て看板と校門が出迎える。
周りには新品の制服を着た新入生たちの姿があり、和気藹々と話し声が春の彩りに紛れていた。
……違和感がすごい。
いや、ビジュアル的な違和感でなく、日陰者が久しぶりに外に出たための違和感がすごい。
それにサーバー#リアルだと肌感が他サーバーと全然違うのだ。間近でコスプレじゃない制服見るのとか、何年振りだろ。
俺は春の陽気に持ち前の陰気さを含ませつつ、感情エフェクターの恩恵に助けられつつ新品のブレザーを揺らし桜並木の下進んで行く。ノスタルジックと過剰な清々さに脳味噌の変なところが刺激されてる感がある。
設定だと≪あおはる学園≫は県内でも人気の高校らしい。確かに学園の見た目は都内の新設校って感じの瀟洒な色合いで、けれどしっかり往年の学校らしいデザインがあった。
個人的には少々あざといくらいだが、VR空間ならこのくらいやってくれて全然良い。
俺は右手に付けている時計型のデバイスをタップし、ホロディスプレイを起動してパーソナルメニューを開いてみる。これはスーパーゼノ内で共有の、いわゆるゲームのメニュー画面みたいなものだ。所持アイテムや自分のステータスなんかをチェック出来る。
生徒名:雪日向渓國
アカウントの種類:一般ユーザー
ロール:入学手続き完了後に決定
ふむ。
今回目玉機能であるロールについてはアクセス直後だとまだ分からない仕様みたいだ。アクセスして直ぐ分かるとリセマラみたいなの横行してサービスに負荷が掛かるからだろうな。
アイテム欄の方はグレーアウトしてたり、装備は出来るが使用不可にされていたりと、制限が掛かっている感じだ。
基本スーパーゼノでは自分の居るサーバーごとでアイテムが分けられるため、他サーバーから≪あおはる学園≫に入学した者は、殆どのアイテムは使えない感じだろう。(一応はファッションアイテムとして有効になるアイテムもあるので、全く無駄ではないが)
実際、俺もちょこちょこ集めてた#リアルでのアイテムが結構グレーアウトしていた。
まあ、学園モノでハンドガンとかスモークグレネードとか場違い過ぎて見たくないな。
ほぼアイテム無しと考えて良いだろう。
「ん、初期アイテムとしては、2つだけか」
アイテム欄にデフォルトで入ってた「生徒手帳」とやらはただのステータスカードみたいなもので、他人に自分のステータスとかを見せるようのアイテムだった。もう片方の「学園の案内」、これはエリアマップのようだ。
「四階に音楽室があって、三階が生物室と物理室、二階が図書室と職員室……この辺はやってきゃ覚えるか」
春の匂いを肺いっぱいに吸い込み、小学校振りの校門をくぐって学園の「生徒」となる。
同時に鳴り響く鐘の音が他の新入生の足を早めていて、俺もその後に続く格好だ。
まずはクラス発表、入学式に、自己紹介、そしてロールの決定。
この後用意されたベタな展開でありながらも現実では俺の経験のない学園の数々を、なんとなく期待感を寄せて、少し駆け足で校舎へと入っていった。