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#ウォーリーヒーロー(歌題局は霧の中らしい)_1

息を吸う。

 交感神経が優位になっていく。心臓の動きを段々と感じていく。

「起きられましたか」

 固い台の上で目を覚ます。曖昧だった意識が戻っていき、自分が屋内にいる事を理解する。

 ……ここは、さっきの甘味処の中か。

「昏睡状態になってたみたいなので、少し意識が飛んでいるかもしれません。ただでさえ傷だらけの上、スーパーゼノの昏睡のモーションは結構エグいですからね。クラクラしますよ」

「……天馬。俺、死んでなかったのか」

「ええ。ギリギリで」

 身体を起こすと、まだ自分がスーパーゼノ内にアクセスされている事が分かった。てっきりやられたのかと思っていた。アクセス制限中にユーザーが死んだ場合、アクセス自体が一旦解除されてしまうため、無闇に死ぬのは状況としてよろしくない。

 俺は、ここまで運んで来てくれたのだろう天馬に礼を言うと、金糸の姿を探す。狭い甘味処の中、居ればすぐに見つかる筈なのだが。

「やられた、か」

 玄関越しに見える霧が濃さを増しているのを一瞥し、俺は頭を掻く。

 風舞にやられる直前。あの時、俺も天馬もほぼ動けていない。その中で唱えられた"歌題術"の一撃。あれは金糸が放ったもので間違いないのだろう。

 つまるところ、あの一撃で俺を救い、そのまま自ら犠牲になった。今は外の世界か、それとも俺のように昏睡状態なのか。

「いいえ。じゅげむは、舞様に殺されていません」

 が、そんな俺の考えを、天馬は小さく首を振って否定する。

「"本当に"殺してしまっては、じゅげむは、もうこの世界には戻って来ません。舞様の仰る"殺す"は、あくまで"生を意識させる行為"という意味合いです――ゲーム的にキャラクターのHPを0にするという意味ではなく死を意識させて生の篝火を灯すんです」

 天馬は外の霧を見据えて、静かに口を開く。その様子から金糸が本当に死んでない事を悟る。細かな理由や紐付きについては追いつけてない部分があるため、次に何が起こるかまでは予測できないが、大まかな目的としては見当がついていく。

 金糸がここに居ない理由は、風舞に殺されたのでない。ならば考えられるのは――自力で逃げたか、連れ去られた。

「要は、金糸を探さなきゃならんのか」

 それが俺らとしてやるべき行動なのだろう。天馬の俺の言葉に首肯して反応した。

「じゅげむの放った歌題術は火力は低いのですが、我々の動きを一時的に封じます。歌題局の人間は個々に歌題技巧という5つの特殊技を持ち、これは火力順に番号が付いているんです。ⅠからⅢはいわゆるバフや時間稼ぎ、ⅣとⅤは相手の殺傷が目的となります。じゅげむは、歌題術のⅠを使い、その場を凌いだんです」

「目眩しみたいなもんか。なあ天馬。風舞と金糸、2人の行方の見当はあるのか」

 天馬がパーソナルメニューを開き街全体のマップを俺に見せる。

 そこには、至るところに「404エラー...」の文字。情報取得が出来なかった旨のメッセージが<かぶらぎ>全体を覆っていた。

「私も2人の姿はハッキリとは目視できず、また、位置情報についても舞様の発生させた霧が<かぶらぎ>全体のオブジェクトを隠蔽してしまって参照不能です。あの霧は、本来<関パン>で適用されるエリア判定の毒ガス――ポイズンブルームです。ユーザーの位置は隠蔽され、連絡も取れない。いずれ、時間経過ともに霧が毒を帯び、ダメージ判定が大きくなります」

「チッ、見当なしか。そこまでしてやる事かよ」

 次第に毒ガスと変化すると言われる霧。<関パン>の人間ならバトロワマップでもなくても外から見る事はあるが、あれは中々に異様な光景だ。

 特に、荒廃系マップと言われる≪前橋マウンテンフォールン≫は、外からは一切マップ内のオブジェクトを見る事は出来ない。画像やユーザーへのメッセ等全シャットアウトされるそこは、ただただ、霧の膜――濁った色のドームが覆っているだけだ。

「ドーム……」

 ふと、思い出す。

 そういえばあの辺りは昔、バトロワ系マップの観戦ルームみたいなのをやっていた。当時は<かぶらぎ>よりも過疎地だった事が起因してかテコ入れの対象となり、マップは封鎖され、新しいマップになってしまったが、バトロワ観戦勢で少なからず人が居て、確か……。

「対戦権限の無い子供は、皆ドームで観戦するんだっけか」

 朧げながらも、そんな記憶がよみがえる。スーパーゼノにユーザーは10歳からアクセスは出来るが、年齢に応じた一定のアクセス時間を満たさないと、30分でログアウトさせられたり、特定のマップには行けない仕様になっている。これは子供が安全にフルダイブを行うためにある程度"慣れ"させたりするのを目的とした、スーパーゼノの規定なのだが……俺がこの世界にアクセスし始めた頃、現≪前橋マウンテンフォールン≫のドーム地域は、その"慣れ"用のマップ兼、権限が無い子供たちの溜まり場だった。

<関パン>に限らず、バトロワマップのある地域はドームが隣接しており、少なからずそこに子供はいる。

 そうだった。俺もあのドームの中にいた。バトロワに興味があった訳じゃないので頻繁ではなかったが、1人でいつもアクセスしてたから、同じ歳くらいのやつに会えないかと、あそこに行ったりしてた。

 結局仲良くなったやつなんぞ居なかったが、あの時、俺は確かに"居たんだ"。

「……行くか」

 あの場で――あの場所で、俺は見た――気恥ずかしそうに顔を伏せ、俯き気味で人見知りな"彼女"と、目が合ったのを――ずっと液晶の中でしか見れてなかった、あの2人に話しかけていたのを――ドームの外に出られた日に、未来の自分たちのスクワッドの話をしているのを

「"また"、あの場所へ」

 ――その時に、

「会いにいくために」


 "寿限無"の名を聞いたのを。


[###]


 理由は分かっていた。

 そうすれば、きっと何かが変わるから。

 その何かが、変化して、化合して、全てをゼロにしてくれる筈だから。

 だから――

「やっぱり、ここに先回りされてか……舞」

 亜麻色の髪の少女は、不気味な山の鈍色の一筋、ドーム状の空間に足を踏み入れ、茜の瞳に全てを悟る。

 待ち伏せされていた。敢えてこの場を選んだのも、全て読まれていたのか。

「不承不承、ここに来て待っててあげた、というのが正しいかもね、"文ちゃん"?」

「満身創痍はあんたもだろ。余裕ぶってあたしに殺されんじゃないのか」

「あらぁ、それは無いわ。だって、そういう"シナリオ"ですもの。ふふふ」

 気色悪い笑い方に舌打ちをした時、少女の体に軽微な痺れが走った。

 その痺れは、霧のよるものとは異なる痛み。まるで、痺れた部分が動かなくなるような、そんな覚え。

「くっ……あたしは、もうそろ、限界か」

 唇を噛み締める少女に、一瞬だけ、鉄扇使いは切なげな目を向けた。今まで見た事ない、微かな綻びのように彼女は思った。

 なんだ、その目は、と。

「……あなたは、恋をした事がある?」

 思い立ったように、鉄扇使いは口を開いた。首を傾げる余裕も、痺れの感覚のせいで、彼女にはなくなりつつある。

 鉄扇使いが続ける。

「恋は、一種の脳の病気よ。熱烈なまでに当該の人間の事しか考えられなくなる、いわば興奮状態。人はそれを美しいものと謳うけれど、通常の人間であれば、生活に支障をきたす事だってあるわ」

「何が言いたいんだ」

 痺れに耐えながら、少女は鉄扇使いを見つめる。

「黙ってて。恋は、生物的にはイレギュラーな脳の状態。だからこそ、人はその時、生きる事に執着する。恋に限らず、そういうイレギュラーが無いと、我々の脳は基本的に絶望に向かうシステムなのよ」

「システム……よく、分からないな」

「つまりね、あなたがスクワッドを抜けたのも、新マップの学園に入ったのも、本能として正しい行動なのよ。イレギュラーがなければ、求めに行く……本心は、死にたくないから」

 その言葉に、少女の顔が硬くなる。死にたくない。普通の感情に思えて、その実、そうではなくなってきた感情。理屈では分かってる。けど、どうにも、自分の中には未来がない。もう、鉄扇使いの言うイレギュラーを探し回っても徒労で終わり、幕を閉じる世界しか見えない。

 あと一歩、ふと、意識を保つ事を怠れば、消える。

 全てが、風のように。

「あなた、何日ログアウトしてないの?」

「…………っ」

 言葉が出なかった。

 言いたくないとか、バツが悪いとか、そういうのではなく、単に、もう、頭の中に言葉が浮かんで来なかった。

「ゼノのシステム上、ログアウトは最低1日に一回は必須。無理が効いても、2、3日で戻される筈。いわば、ヒトの睡眠と同じよ。睡眠をしなければ、人間は死ぬ。大動脈破裂でも起こして、ね。ねぇ、あなたは何日そうやって、ゼノに逆らってるの?」

「……るか、んなもん、」

 声が上手く出ない。意識の中の核心部が、鉄扇使いの言葉を拒否している。

「ゼノのリジェクタ機能が作動しない症状――あなたは、また、ワタシを悲しませる気?」

「っ」

「囃子と同じように、また」

 感情がただたた痺れに埋もれてゆく。どうしたらいいのかも分からぬまま、鉄扇使いの声だけがリフレインして熱になる。

 知ってる。知ってんだよそんなもん。

 あたしだってなんとかしたいんだよ。

 踠きながら、彼女は必死に自分の抗いを盾にした。だが、段々とその盾は崩れていた。彼女1人の盾では、どうにもならない。

 誘いから、逃れられない。

「……るせぇんだよ。そんな節介焼かれなくても、あたしは何とかしてるんだよ」

「自分の力で、何とかなってるの?」

 耳を塞ぎたい。現実なんて、見たくない。

「るせぇ、うるせぇ、うるせえ! あたしに構うなよ! やめろよ世話役気取るのは……あんたはあたしの親かよ!」

「…………」

 けど、このままで変わるのか。

 こうやって駄々を捏ねてれば、自分の希望が叶えられるか。

 あたしは――歌題局じゅげむは――金糸文は――生きたいのか。

 自分として、この世界だけでなく、現実でも、生きて。

「……あなた、昔言ったわよね。"親なんていない"って」

「それがなん」

「あなたの現実なんてワタシにはどうする事も出来ない。けれど、この世界であなたの初めて会った時から、ワタシはあなたの何者? 親でもないし、歳の離れたフレンドでも府に落ちない、そんな関係。好きに呼べばいいわ。でもね、確かなのは、あなたが囃子と同じようになって欲しくない事。あなたの親でなくても、そう思う間柄だって事」

「……っ」

「それだけよ」

 言葉が矢のように刺さる。

 優しくしてくれるなら、最初からそうして欲しい。

 そんなふうに思ってるのなら、戦いを交えず抱き締めて欲しい。

 溢れて来た気持ちが、小さな炎となって痺れを溶かしてゆく。

 ……そうか。でも、きっと、いやだからこそ、風舞という女は、少女の前に立っているんだ。

 戦う事で相手を知る世界。生死を掛けて生き抜くからこそ伝わる、言葉より大切なもの。

 それが、歌題局というスクワッドの一員である所以。

「……あたしたちらしいか、この方が」

 金糸文が歌題局じゅげむである理由。

「戦って、傷つけて、初めて分かる世界。あたしはずっと、そこに居たんだ。だから、これが正しいんだ」


 もしこれで負けても後悔はない。

 それだけで、それ以上の気持ちは無かった。


「なら、さっさと戦わせろよ、リーダー様」


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