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#A.oh!!(歌題局天馬は味方らしい)

「な、天馬。忠良なるあなたがなんて真似を!」


 着けていたガスマスクを放り投げて、風舞が苛立つ。どういう差金か、天馬の格好は何故か≪あのはる学園≫の制服になっていた。厳つい武器の見た目とのギャップが物凄い違和感があった。

「……我が身はサーバーを違え、<かぶらぎ>の地に適した姿となりました。つまるところ、この地を荒らすのであれば、一度あなたに仕えた私とて、敵になります!」

 そう言うと、天馬は武器イマジンの手元のスイッチを素早く切り替えてガンソードに変形させる。どうやら俺らの味方になったらしいのだが、どういう風の吹き回しだ。

「詳しい説明は我が師"蟻琴ロニ先輩"にお求めください――雪日向先輩」

 しかも後輩キャラかよ。俺も一応一年生の仕様なんだが。

「……ロニに唯々諾々とは。何をしたんだあのロリ」

 とにもかくにも、こっちの味方ならありがたい。武器もなく満身創痍の中に現れた救世主に胸を撫で下ろす間も無く、容赦ない鉄扇からの遠距離攻撃が飛び交う。天馬相手とは言え風舞の方も戦う気らしい。

「あーそう。そういう事なのね。やる気なのね天馬。どういう経緯か知らないけど、ワタシを裏切る行為はあなたの居場所を無くす事を意味する。それは分かってるわよね?」

「……既に私の居場所は歌題局に無いのは、じゅげむが抜けてから理解しています。いえ、もしかしたら――囃子様が"灰の輩"になられる前から、そうだったのかもしれませんね」

 その言葉に風舞の表情が強張った。囃子。それがやつの頭に血を昇らせていたのは明らかだった。

「歌題局、囃子……」

 口にしながら俺はこの名を思い出す。ハッキリとした記憶も面識もある訳ないのだが、どっかで見た記憶がある名前だった。囃子――祭囃子の神楽。通常ユーザーが侵入出来ない"踊の地"とやらの秘匿領域の住人。

 そんな単語が沸沸と乱立され、やがてある可能性に辿り着く。

 俺はやり合い始めた風舞と天馬を横目に、何とかパーソナルメニューからフレンドの一覧を開き、少ない中から1人の女の名前をタップした。アクセス制限がされているとはいえ、学園にアクセス権のある≪あおはる学園≫の人間ならワンチャンスある。案の定そいつはオフライン中表示にはなっているが、連絡を受け取れば現実でも内容は通知として見れる筈。頼む、繋がれ。通話ボタンをタップする。

「――ん、はい。もしもし?」

「…………チッ、やっぱり出ねぇか」

「いや思いっきり出てるじゃん!? なんで!? なんでゆっきーくんはそうやってアタシに対して扱いが酷い訳!?」

 相変わらず耳に響く声が俺の意識を僅かに覚醒させる。

 河合田だった。

 河合田けい。俺と同じ図書委員とやらに所属している同級生。

「もー、いきなし電話掛かって来たから何事だと思って出たのに、この扱いとは。ゆっきーくんはもっと人に親切すべきだよ」

「ああいや、オフラインなのに通話出るとは思わなくてな」

「そりゃ、一応は通話アプリに連携させてるし。ってそりゃいいや。ほんで? お姉さんに何用かね少年」

 PCの前にいるのか、キーボードを叩きながら応答する河合田に、俺は事のあらましを伝える。なにより1番聞きたかった歌題局囃子の事が解るように。

「……なんと、今そんなイベントが発生してんのね」

「イベントってお前な……いや、今は歌題局囃子について教えてくれ。どっかで聞き覚えはあるんだが、はっきりとしないんだ」

 喉元まで出ているその記憶を河合田に委ねる。ロニとかよりもゴシップ系の話が分かるこいつなら俺より確かな情報を持っているに違いない。理屈や理論より先にこいつに答えを尋ねれば何かしら引っかかりを解けると感じた自分の直感を信じてみる。

「歌題局囃子さんは……で……ど……あれ? 電波、が……」

「くそ、通信状態が悪いな。河合田、口頭じゃなくても分かる資料でもいい。物を転送してくれ」

 現在もそれなりの高負荷が目の前で発生してる所以、通話の品質が安定せず、音が途切れる中、俺の意思を理解してくれたのか、河合田から転送ファイルが一件、メッセとしてとばされてくる。ノイズが酷くなって使い物にならなくなった通話ウィンドウがばつ印で機能停止するのを見ながら、俺はその転送ファイルをタップする。ご丁寧に暗号化されてるせいで解凍時間が掛かるのに苛つきながら、展開されたPDFをビューアで閲覧していく。


 タイトルは、


『"晴レ"になってしまった者たち――戦い抜いたユーザーの記憶はゼノの中に生き続ける』


 ざっと見た感じ、ゴシップというより非公式の特集記事のようだった。タイトルにもなっている"晴レ"ってのは、スーパーゼノの初期の初期、まだフルダイブなんて出来ない≪ゼノ≫という名のただのネトゲだった時代に居た「晴ルケ」というユーザーの名から来ているみたいだ。

 彼は最古参のギルマスを務めていた事もあり、多くのユーザーから信頼されていたが、ある日心臓の病で亡くなってしまったらしい。

 それから由来して、亡くなったユーザーの事を"晴レになった"、"晴レた"と呼んだとの事。

 つまりこの記事の内容は、亡くなったゼノユーザーの特集であった。ページの初めには、その≪晴ルケ≫とやらの画像が載っている。


『メッセは見れる?? 今送ったPDFの32ページ!』


 河合田から飛んできたメッセ内容を確認し、指定のページまでスクロールしていると、"晴レ"の文字が段々と"腫レ"だったり、破離(ハリ)になったりと変化しているのが分かった。まだ俺が赤子の頃の、ゼノの規模が大きくなり始めた時期というのもあり、呼び方は徐々に変わっていたのだろう。そしてフルダイブ対応となった≪スーパーゼノ≫の初期から"晴レ"は別の言葉に置き換わった。


 それが――灰。


 そう。風舞たちが話していた、"灰の輩"の、"灰"だ。


「っ、これは」

 そして知らされる、彼女の、名前。


『ユーザー名:

 東海林作(しょうじさく) 囃子(そうこ)。16歳。

 ゼノ中期に初アクセス。

 戦闘系マップをホームとし、友人である福田作 舞(ふくださく まい※現在は風舞に改名)とのデュオで活躍した。

 ……生まれながらハイランダー(身体がある時期から成長しない疾患)に悩まされ、スーパーゼノでのフルダイブは身体不和を起こし、頻繁には行えなかった。

 ……春の日に、≪灰≫に染まる。原因は、"感情の灰化"によるフルダイブのログアウト拒否――ちょうど、その日は、


 彼女の16歳の誕生日だった』


 ログアウト拒否。16歳の誕生日。

 その単語から、俺は全てを思い出した。そうだ。"囃子"という名前が、何故だが妙に記憶の端にあったのは、子供の頃に聞いた"あの事故"のせいだった。

 ……あれは、俺が母親の買い物の留守番中だった。

 テレビで流れていたニュースでたまたま事故の事をやっていたんだ。それで母親が帰ってきて、「お前もその気があるから」とか言われたんだ。

 囃子。名前についてすぐに記憶が辿れなかったのは、それ程昔の出来事だったからか。

「金糸が屋上で言ってた"憧れてた人"ってのは、こいつの事なんだな。でもそれ程前に死んだのなら、なんで金糸は歌題局囃子の仲間になろうなんて……」

 俺が子供の頃、つまり俺と年齢が3つ下の金糸は、このニュースになった歌題囃子の死を知っていたのであれば、彼女とは"仲間"にはなれない筈だ。それに1番の謎は、金糸がスクワッドを抜けた理由には直結しない事。俺はてっきり歌題局囃子との離別が起因して、スクワッドを辞めたのかと思っていた。だが、そうじゃない。屋上で金糸に言われたように、もう少し複雑な部分があるんだ。

 ……きっとそれが、風舞にも言われた金糸のリアルと関係するキーとなる。

「っ、天馬のやつ、だいぶ押されてるな」

 前髪を風舞の斬撃波が揺らす。呑気にホロディスプレイと睨めっこしてる場合じゃないな。俺はパーソナルメニューを反射的に閉じると、重い体をなんとか持ち上げて天馬の後ろにつく。

「はぁ、はぁ……すいません。先輩を守りに来たつもりが、こんなザマで」

「命を助けてもらっただけありがたいよ。死んだら再アクセス出来るかも怪しいからな」

「なるほど……ロニ先輩からの伝言です。じゅげむ――文先輩を絶対死なせるな。死んだらそこで全て崩れる……だそうです」

 前方の風舞に聞こえないように天馬が呟く。ふむ、そういう算段かロニのやつ。何をしようとしてるかまだハッキリはしないが、あいつはあいつなりに動いて解決しようとしているんだ。そのためには金糸の生存は必要条件。

「こりゃ、ラブコメ云々なんて言ってられないな」

「ですね。まず生きないと――」

 言ったそばから斬撃の衝撃に襲われ、天馬がシールドで回避する。仲間同士とは言え、容赦のない風舞の攻撃に苦労する天馬。俺からすれば目が追いつかないやり合いなのでどちらも異次元なのだが、やはり攻め込めないのは天馬の方。風舞の隙を作らない立ち回りは、武器頼みの天馬だと不利なんだろう。

 どうする。このままだとジリ貧だ。

「歌題砲とやらはダメなのか。あの火力なら追っ払うくらい出来るだろ」

 斬撃の合間に天馬に耳打ちする。

「装填に時間が掛かり過ぎます。それに舞様相手にエイムはピーキーで、反確かと」

「なら、他の銃火器は無いのか」

「スナイプ系の銃に変形は出来ますが、私の動きが固定されてしまいますので、お勧めは出来ません」

「くそっ。じゃ、俺がまたスケベるしか」

「無茶です……! というか、その傷で無理に動こうとしないで下さい……うん? "また"って言いました? "またスケベる"って言いましたよね? まさか舞様にまでしたとは、さすがに頭おかしいですよ!」

 逆ギレ気味に言われながら、天馬のシールドが悲鳴を上げているのを横目に前に出る。無茶と言われようが、やるしかない。俺が死んでも失うのはロールだけ。ここでこんなもんのために意固地になってる場合か。口に血の味を感じつつ、霧の狭間に風舞の姿を捕らえる。

「正気ですか……っ」

「他に方法がないだろ。俺がやつの体を抑えて、お前がぶっ放す。それで全て解決――」

 瞬間、俺の目の前に赤黒い鉄扇が光った。

「なぁに、作戦会議? 楽しそうね」

 風舞!

 いつの間に……!

「やば」

「遅いわ!」

 驚愕の顔のままの天馬と、霧を裂いて突如現れた風舞に俺の視界はスローモーションで流れる。鋭角に伸びてきた鉄扇が俺の心臓部へと、確実に突き刺さり――――


「歌題術Ⅰの蠢 ――"さくらのうた"」


 瞬間、世界が漂白された。


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