#ないものねだり(金糸文は恋をしたいらしい)_2
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定常クエストを終えて昼飯の時間になった。昼食と言えどスーパーゼノ内では味覚に対してそれっぽい味の信号を送るだけなので、食に関しては感覚のパラメータをサーバー毎に上げておかないと楽しめない。無論、#リアルはホームでないため、俺の味覚はそこまで感じない。
しかしまあ、こういうのはノリが大事。という事で学食たるショップで菓子パンと野菜ジュースを買っておいた。
「どこへ行く」
チャイムが鳴って早々、金糸が財布も持たずに席を立ったので手を引いた。
「どこへって……その、飯を食いに」
「一緒に食う約束しただろ」
授業の合間、教科書と睨めっこしていた金糸に放課後デートは敷居が高いからまずは昼飯一緒に食べるくらいにしたいと言われ、そう約束された訳だが、こいつは一人飯でもしようとしてた様子。忘れたとは言わせまい。
「あ、あぁ。そうだな」
「嫌ならいい」
「つ、冷たいな……そう言うなら、ここじゃない場所で」
と、了承を得られたので金糸の後ろを追う形で俺も教室から出る。その際、クラスの何人かがこちらを見ていた気がするが、構わず廊下に出る。
「中庭か?」
「そっちは人が多いから屋上にするが……マジで一緒に食べんのか……」
「ロニも連れて来た方が良いなら呼ぶぞ。なんならお前の連れでも」
「天馬はまだあのおチビにしょっぴかられてるみたいだし、いいよ2人で…………あたしも早くこのロール終わらせて欲しいし」
小さく呟くと、ポケットからゼリー飲料を出してそれを咥えながら階段をさっさと登って行く金糸。身のこなしから、なんだか猫っぽいななんて思う。猫耳とか意外に似合うかもしれん。
そのまま最上階まで登り切る。薄暗い踊り場から金属ドアを開けると、風が吹き抜け屋上に出る。学校の屋上は定番だが、うちの学校は立ち入り禁止だった記憶があるし、割と入れるとこは少ないんじゃかろうか。ここはもちろん仮想世界なんで、立ち入り禁止なんて事ないが。
「俺たちだけか。てっきり、何人か居るかと思った」
「一回来て飽きるやつが多いんだよ、ここ」
「慣れてる口調だな。まさかだが、お前アクセスしてからずっとここでサボってたのか」
ロニが言ってた金糸のアクセス履歴の件を思い出す。アクセスするだけして、特にそこからは何もしてないようなログが出てる話が挙がってたが、それはここで執り行われてたのだろうか。
「サボタージュではないのかな。あたしとしては、ただこういうとこが好きなんだよ。街を見渡せる平穏な場所ってのがさ。ずっと決まった箱庭の戦線に居ると、無性にこういう場が恋しくなる、みたいな」
「ふうん。天馬みたいに血の気が多いやつかと思ったら、そうでもないんだな」
珍しく、金糸がくすりと笑った。年相応の可愛げのある表情をしていた。
「バトロワマップをホームにしてたのは、あたしの趣味というより、"ある人"のせいなんだよ。今はもうVRゲーをやめちまったけど、あたしはその人に憧れてた。昔は配信とかもよくやってて、ちっちゃい頃からずっと見てたんだ。だからきっと、その人がハマを拠点にしてなくても、あたしはどのマップだって、そこをホームとしたんだよ――"仲間"になるためにね」
今まで見れなかった、どこか心穏やかな口調であった。遠い記憶を懐かしむかのような、少しばかりの寂寥感を含ませた目で空を見ている。"ある人"に魅せられてスーパーゼノに足を踏み込んだ金糸。それは、彼女自身の始まりで、全てだったんだろう。きっとその人がいなければ金糸はここには居ない。居たとしても、屋上で空を見るだけだった。俺にはそう伝わった。
金糸はその人のために、戦って来たんだ、と。
「スクワッドを抜けたのは、その憧れてた人ってのが原因か」
鉄柵にもたれ掛かって言葉だけ金糸に向ける。4月の風が彼女の亜麻色の髪を淡く揺らす。
「……あたしにはもう、ハマに残る理由がなくなった。それだけさ」
息を呑む。それがどんな理由であろうと、彼女を追い詰める要因になってしまった事が、それ以上言わなくても伝わった。受け入れ難い事だったのだろう。彼女にはどうしようもない、残酷な結果だったんだろう。だから抜けるしかなかった。そうするしかなかったんだ。
「……気に障ったらすまないが、まさか」
「事実はもっと複雑さ。あながち、君の想像で合ってるかもしれないが」
「離別、か」
離別。つまるところ、それはスーパーゼノを自分の意思で引退したのではなく、引退せざるを得なかった最悪の結末。
――死。
何らかの理由によって金糸の憧れの人は死んでしまった。
「歌題局ってのは、割と新しめのスクワッドなんだ。それまでは、中心となる2人でやってたんだよ。古参の2人、相棒同士の2人がね」
「1人は歌題局リーダーの"風舞"だよな。あのバトロワ狂人と呼ばれた女」
それは俺でも知っている。"風舞"はどのバトロワ系のマップでも必ずと言っても上位に食い込むユーザーだった。それ故、関係のないところまで話は舞い込んで来たりしてたが……そいつが過去に相棒を連れてたのは知らなかった。
いや、俺が無知というより、"風舞"の名前だけがランキングに残った事が原因なんだ。
もう片方の相棒は、せいぜい"風舞"の友達程度にしか皆んなからも認識されてなかった。結果至上主義のバトロワ界隈じゃ、戦績自体が高くなかったから、そういう扱いになってたんだ。
「その人がお前の憧れ、か」
「まあ、そうだったんだ、きっと。それが全てだったんだ。あたしはあの時盲目で、事実を受け入れて生きてなかった。だから終わりが来てから、何もかもがどうでもよくなったんだ」
言い終わった後の金糸の顔は、春の日差しみたいに穏やかで、そしてどこか儚げだった。
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山川草木は、静かに乾いた風に包まれる。
大木の梢には、ひとひらの春の残骸。永久の卯月はもう終わりを迎えようとしている。
「あの時も、こんな晴れ晴れした日だっけ」
1人ぼっちになった幼女は、この閉じ込められた春の山から、遠くの人の住う地を眺める。
一切の不可逆の、もう立ち入る事の出来ない"向こう側"。そこに未練は何もない。ただ気になるのは、自分の友人らの事。こんな辺鄙で窮屈な場所には、まだ誰も来ないで欲しい。そう思っていた。
「悲しいなぁ」
――思い出す。
あの時の災厄は、誰も悪くなんてなかった。ただ、いずれは落ちる春雷に当たってしまっただけの話なのだ。
「悲しい、けど」
だけど、それでも、
「君が灰になってしまう方が、何倍も悲しいよ、じゅげむ」
彼女が思い続けるのは、仲間の事。
自分はもう、灰色になってしまったのだから、誰かを思う事しか出来ないのだから。
彼女――囃子は思う。
この"祭囃子"は、永遠でない事を、静かに、待つ。
「頼んだよ、舞」
1人、想う。