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新入生歓迎パーティーは学園の庭園で行われる。校内に咲き誇る桜が見事にライトアップされた会場はとても春を感じる、雅なものであった。
わたしこと、エレノア・フィツェーレはそれに合わせた桜色のドレスで会場に来ていた。まだ始まるまでには時間がかかるようで、人がまばらに集まってきている。オーケストラの奏でる音楽が会場に響き渡っていた。
「花びら、ついてるよ」
目の前に現れたカインはそう言って、わたしの髪の毛へ手を伸ばした。
「ありがとう、カイン」
「そういえば、ノアは来ないの?」
カインはわたしと同じく一人で来ているようであった。仲良くなったと聞いたから、てっきりパーティーにも二人で来るとわたしは思っていたのだ。
「休みたいってさ。勿体ないよなーご馳走が食べれる良い機会だっていうのに」
そう言うカインの視線は既に食事ののったテーブルに向けられている。
「まぁ、ノアってこういう煌びやかな集まり苦手そうだものね」
「な。……エレノアも一人なら良かったら一緒にいよーぜ」
「いいわよ」
それから暫く二人で話していると、パーティーが開始した。会場にはワルツが響き渡り、男女がペアとなって踊り出す。
わたしとカインはそれらを眺めたり、話したり、食事したりと、このパーティーを楽しんでいた。
「エレノア、それにカイン。二人ともドレスアップして素敵だね」
わたしたちの前に現れたのはヘンリー王子であった。二人と言っておきながら、カインには目をくれることもなく、その目線はずっとわたしに向けられている。
「ごきげんよう、ヘンリー」
「やぁ、ヘンリー」
「エレノア、どうかな。一曲わたしと踊ってくれないかな」
ヘンリー王子はそう言って、わたしに手を差し出す。
別にわたしには断る理由が見当たらなかったので「えぇ」と快諾した。乙女ゲーム内の王子と踊るはめになるとは前世のわたしには思いも寄らなかっただろう。
ヘンリーに導かれる後ろで「俺は空気かよ」と悪態づくカインの小声が耳を掠めた。
一曲が終わり、また新しい曲が始まる。
わたしとヘンリーは会場の中央に移動し、手を取り合った。幼少期から習っていたステップを音楽に合わせて踏んでいく。
「いつも綺麗だけど、今宵のエレノアはうんと綺麗だね。見惚れてしまうよ」
耳元で囁かれる、あまりにもキザなひと言に寒気を覚える。なんでこう、恥ずかしい言葉を簡単に言ってしまえるのだろう。本人にまったく恥ずかしげがないところが余計にこちらの居心地が悪くなる。
「それはどうも」
わたしは苦笑いでそう返した。
「学校生活には慣れてきたかな? といってもたったの一日しか経っていないけれど」
「それなりに空気感は掴んだわ」
「さすがはエレノアだね。飲み込みが早い」
わたしは一度片手を離し、ターンしてまたヘンリーの手を取る。
「エレノアとカナリア、二人で比較されることがこれから増えると思うけど、どうか気を病まないように」
「……もちろんよ。そんなに弱々しい人間ではないわ。期待を裏切ってしまって残念ね」
「いいや。それでこそ、わたしの愛するエレノアだよ」
また言われた甘苦しい言葉にわたしは顔を歪ませた。
曲の終わりと共にわたしたちは互いに礼をし、各々その場を後にした。わたしはカインのところへ戻る。
「おかえり」
そう言ったカインの表情はあからさまに不機嫌であった。