三章 第25話 『背負う覚悟』
前回、どのような結末を迎えたのかヒガナは覚えていない。ある時点からの記憶がごっそりと抜け落ちているのだ。
ただ、一つ確かなのは時間遡行の発動により、ヒガナはこの時間、この場所へと戻ってきたことだ。
「どなた?」
天使が奏でるハープのように透き通った美しく柔らかい声色がヒガナの耳に響き渡る。
「なんて、もう言う必要ないわよね」
整った優しい顔立ちに幼さを残した可愛らしい少女だ。
腰まで伸びた髪は天使の羽衣をほどいたかのような綺麗な金色。
諦念と憐憫が入り混じった碧色の瞳。
華奢な体躯を包む服は黒色で、細い首には年季の入った十字架が掛けられていた。
彼女の頭に乗っている、小柄な黒猫は帽子のように見える。
「ごきげんよう、ヒガナさん」
「ベル」
時系列で言えば、グウィディオン家一行がアルカに到着した日の日没間近。
ここで二人は始めて邂逅を果たす。
初めてではなく始めて。
ヒガナはティファベルを見ることができない。
今、彼女に対する印象は混迷を極めており、どんな顔をして見ればいいのか分からないのだ。
目を合わせようとしないヒガナを見て、ティファベルは憂いを帯びた表情を浮かべる。
「当然の反応よね」
「………………」
「ヒガナさんにとって今のわたしは何かしら? 無理解な化物? 信者を支配し操る邪悪? 憎悪する怨敵? それとも傲慢な虐殺者?」
ヒガナは口を開き、言葉を発しようとしては思いとどまり噤む。
何度か繰り返したのちに顔を逸らしたまま嘘偽りのない本心を述べた。
「分かんねぇ」
「……………………」
「死を救済と謳って虐殺するベル、礼儀正しく心優しいベル。俺にとっては両方とも間違いなくベルなんだ。怖いって思う気持ちは正直ある。でも、それがベルの本質じゃないって、過ごした時間が、俺の心が訴えているんだ」
ヒガナは前回の記憶を辿る。
血で濡れた大地に突き刺さる無数の十字架はあまりにも印象的だった。
それこそがティファベルを悪と断じることができない理由の一つでもある。
「あの十字架。ベルが建てたんだろ? たった一人で」
「……………………」
ようやくヒガナはティファベルに顔を向けた。彼女に対する感情は複雑なままだが。
そして、ずっと思っていたことを言葉にする。
「俺にはどうしてもアレがベルの意思だとは思えないんだ。『禁忌』ってのが救済の望みを歪んだ捉え方をしたから虐殺が起こったんじゃないのか」
「……………………」
「そもそも、ベルは本当に救済の巫女として生きたいのか? もし、違うんだったら巫女の血族だからって、村の人たちが望んでいるからって救済の巫女になる必要なんてない。ベルはベルなんだから。ベルの生きたいように生きればいいんだ」
「……………………」
「ああ、もし一人が心細いっていうなら俺が相談に乗ったり力になるから。つっても大したことはできないけど」
ティファベルの反応を見て、説得に僅かながら手応えを感じていた。
このままいけば、彼女を巫女の呪縛から解放できるかもしれない、そんな期待が薄っすらと湧いてきた。
だから。
「ヒガナさんは本当にお優しい方ね。でも、ごめんなさい。これまでの行いは一つ残らずわたしの意思なの」
「………………え?」
だから、ティファベルの返答にヒガナは耳を疑った。
「救済も、村の人たちを煽動しココさんたちを殺したのも全てわたしの意思。誰かの意思は欠片ほども存在していないわ」
「え、あ、は?」
ティファベルは十字架を握りしめ、罪悪感に満ちた声でヒガナに言う。
「ヒガナさん、わたしは心優しくなんてないわ。自分のためだけに多くの悲劇を生み出したんですもの。本当なら誰一人傷付けずに済んだのに」
「ベル?」
「悍ましき傲慢、卑しき咎人、唾棄すべき悪性──それがわたしの本質。救われるに値しない存在なの。それでもわたしは祈ってしまった。……ヒガナさん、わたしは生き方ではなくて、終わり方を求めていたの。──それこそがわたしのたった一つの祈り」
「いったい何を言ってるんだ?」
「ヒガナさん、どうかわたしの祈りを叶えて」
「祈り……?」
ティファベルは碧い瞳にヒガナを写し、心底穏やかな表情で、告白するかのように熱を帯びた口調で言の葉を紡いだ。
「──わたしを殺して。そして、世界を救って」
×××
ヒガナの思考に空白が生まれる。
ティファベルの台詞が頭の中で何度もリフレインされるが、意味が理解できない。
「こ、殺す? は? え?」
「わたしは観測てしまった。禁忌の巫女と成って世界を滅ぼしてしまう自分自身を。因果は結ばれてしまったの。わたしの力ではどうすることも叶わない、絶対的な世界の流れ。だから、降臨の儀が行われなくても、生誕祭当日にわたしが世界を滅ぼすという結果は確定しているの」
「いや……」
「世界は悪徳に満ちているわ。あらゆるところに負の芽はあるわ。でも、それと同じくらい美しく、素晴らしいものもあるはずなの。それを、わたしの一存で全て消し去るのは絶対に間違っている」
「………………」
ティファベルは哀しげな笑みを浮かべる。
「結末は既に決まっているわ。神の名を冠する者、天から舞い降りた御伽噺、魔に身を堕とした大罪人──そのいずれかに殺される。その時、わたしは禁忌の巫女として、世界の敵として殺される」
「………………」
「結末が変えられないのなら、せめて自分が満足できる結末にしたい。わたしは、わたしとして、ティファベル・アングレカムとして死にたいの」
ティファベルの想いを聞いて、ヒガナはより現実感を喪失する。
まだ年端もいかない少女が自分の死に様について話している。
そんな現実があってたまるものか。
そうは思うが、現実として存在している。
「いや、いやいや、出来ない。俺には出来ない。ベルを殺すなんて、無理だ」
「驚きはしないわ。おかしなことを言っているのはこちらの方ですもの。ヒガナさんの反応が正しいわ」
ティファベルは「でも」と呟き、
「ヒガナさんだけは知っている、わたしという脅威を。止めないといけないってどこかでは思っているはずよ」
「確かに止めたいとは思っている。だからって……」
「迷う余裕があるのは権能で何とかなると思っているからかしら」
ヒガナは息が詰まる感覚に襲われた。
心の奥底に秘めていた微かな余裕を見抜かれ、引き摺り出されたからだ。
「時を遡り、行動によって因果を書き換える──理を捻じ曲げる恐るべき力。けれど、いくら権能を駆使したとしても、わたしを殺す以外に世界滅亡を止めることはできないわ」
「そんなのやってみないと分からない」
「そうね。ヒガナさんならそう言うでしょう。自分の痛みや苦しみを省みずに因果……いえ、運命に立ち向かう。とても強い方」
ティファベルは胸に手を添えて、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。だが、その奥には揺るがない決意が隠れていた。
「だから奪ったの。ヒガナさんがこれ以上苦しまなくていいように」
「それはどういう……」
「いま、ヒガナさんは権能を行使できないわ。わたしがその権能を持っているから」
「────っ!?」
ティファベルが【ニルヴァトナ】に接触した理由。
それは、ヒガナから権能を剥奪するためだ。
ヒガナの権能が彼女由来の代物であることをティファベルは最初から看破していた。
自分と同じ根源から零れた権能。
だが、ヒガナのは特別だった。
それ故に彼女を誘き寄せ、『時間遡行』の権能に直接干渉したのだ。
「ヒガナさん、もう後戻りはさせないわ。どちらか一つを選ぶしかないの。わたしを殺して世界を救うか、わたしを殺さないで世界を滅ぼすか」
正直、自分の権能に甘えていた。
致命的な失敗、破滅の選択をしたとしてもやり直すことができた。
もちろん、そのためには苦痛や罪悪感に苛まれる代償を負う必要がある。
それでも、あの時こうしておけばよかった、という後悔を物理的に払拭する力。
この状況下でティファベルが嘘を吐く理由はない。
権能を失ったとなれば選択の重みは段違いになる。
しかも、ヒガナに迫られている選択肢は世界の命運を決める。
簡単に選べるわけがない。
冷や汗を滲ませ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるヒガナ。
「俺は……俺は……。いや、やっぱり無理だ。俺はベルを殺せない」
その様子を見て、言葉を受けてティファベルはどこか諦めたような表情を一瞬だけ浮かべ、再度ヒガナに話しかける。
「そうよね。無茶なことを言ってるのは十分に理解しているの。…………ごめんなさい」
それ以上、ティファベルが口を開くことはなかった。
巫女の覚醒、世界の結末、権能について聞きたいことは山ほどあったが、ヒガナも口を開くことはできなかった。
ただ、ティファベルが最後に呟いた悲しげな声は、ヒガナの鼓膜に残り続けた。
×××
アングレカム家、二階のひと部屋。
この部屋から見える景色に新鮮味を失ったことに、アルカでのループの長さをひしひしと感じる。
「………………」
荷解きをしていると、ティファベルとの会話が頭の中で反芻される。
あの会話は終わっていない。
何一つ結論に至っていない。
ヒガナは重要な部分に触れていない。あえて触れないようにしている節もある。
現実逃避、ヒガナの弱さだ。
「間取りはどこも同じのようですね」
こうしてノックも無く部屋に入ってくる白縹髪の少女。
ココの登場に驚きはない。完全に慣れてしまった……いや、最初から驚いていなかった気がする。
ココは最低限の反応をしつつ荷解きを続けるヒガナを観察し、胸の下で腕を組み、背中を扉に預けながら言う。
「何かありました?」
「え?」
「あの少女と戻ってきた時から浮かない顔をしていますよ。何かあったと思うのが当然です」
正直なところ、ココが異変に気付いてくれることを期待していた。彼女は周りをよく見ているから、きっと気付いてくれると思っていた。
「………………」
「話、聞きましょうか?」
欲しかった言葉。
どうしても誰かの意見を聞きたかった。
ティファベルの祈りは背負うにはあまりにも重過ぎる。
凡人のヒガナには答えを決める勇気がない。
ココの性格を考えれば話を聞いてくれる。そんな打算的な考えをしている自分への嫌悪感が心の奥底で燻るのを感じながら、ヒガナはあらかじめ用意していた質問をする。
「もし、俺が殺してくれって頼んだらどうする?」
ココは驚いた表情を浮かべ、口元を手で隠す。
あまりにもわざとらしい反応。
「そ、そんな……使用人の誰からも異性として見られていないことをそこまで悩んでいたなんて。気付いてあげられなくてすいません…………」
「いや、そんなことで悩んでねぇよ!」
「諦めるのはまだ早いです。給仕長はまだ可能性があります。彼女は恋愛経験無いのに加えて目を閉じていますから、ヒガナ君でも十分いけます」
「それ遠回しに人の顔を弄ってるよな?」
「それは誤解です。印象に残らないので弄る要素がありません。こうして見ていても記憶に残る自信がありません」
「一番辛いやつ!」
ココは肩を竦めながらベッドに腰を下ろして脚を組む。
「冗談はさておき。先の質問には状況が漠然としているので答えようがありません。もう少し具体的にお願いします」
「えっと、俺を殺さないとグウィディオン家のみんなが死ぬ。俺を殺せばグウィディオン家のみんなが助かる。で、俺を殺すことができるのはココだけって感じ」
少しアレンジをしたが内容は合っている。
結局のところ、この問題の肝は当事者──この場合だとココがどのような選択をするのかが重要だ。
ヒガナはココの答えを固唾を飲んで待つ。
「足りません」
「え?」
「前提条件として最も重要な箇所が抜けています。この問題の中のヒガナ君は自身の死を受け入れているんですか?」
「あ、あぁ、そっか。俺は受け入れている。望んでいると言ってもいい」
「なるほど」
ココは小さく頷き、答えを述べる。
一切の思考なく、一切の躊躇なく、簡潔な答えを。
「殺します」
「迷わないんだな」
「迷う必要ありますか? 一人の死で大多数が助かる。その一人は死を望んでいる。ならば殺すのが最適解です」
淡々と正論を並べるココにヒガナは確認のために質問を重ねる。
「それが俺じゃなくて、使用人の誰かだったら?」
「殺します」
「じゃ、じゃあ、ウェールズさんだったら?」
「殺します。例え誰でであっても答えは変わりません」
白縹色の瞳に迷いというものはない。実際にその立場に立たされたとしても、ココは思慮することもなく行動を起こす、そう思わせるだけの説得力が言葉にはこもっていた。
呆然とするヒガナを一瞥したココは「失礼」と言う。
「この問答の本質をようやく理解しました。なぜ、私が躊躇いもなく殺すと断言したのか。その理由をヒガナ君は知りたいようですね」
「そう、そうなんだ。それを知りたいんだ。どうしてココはその答えを選べるんだ?」
ココは自身の胸を数回小突きながら、真剣な面持ちを浮かべる。
「罪を背負う覚悟があるからです」
「覚悟……」
「この問題の嫌らしい点は回答者がどちらを選んでも苦しむことです。個人を選んだ場合、大多数を見殺しにしたことへの罪を背負います。大多数を選んだ場合、自らの手で人を殺したという罪を背負います。個人がいくら望んでいようと手を下す者は手を血で染めますから。被害的に見れば前者、罪の重さを見れば後者になります」
ココは小さく息を吐き、結論を述べる。
「──要は己を犠牲にして他者を救えるか、という話です」
×××
風呂上がり、自分の部屋に戻ったヒガナは濡れた黒髪を中途半端に拭いたところでベッドに腰掛けて頭を抱える。
「己を犠牲にして他者を救えるか、か」
被害を最小限に抑えるにはティファベルの祈りを叶える──つまり彼女を殺すことが最善手なのだ。
ティファベルと世界中の人間。
天秤にかけるまでもない。どう考えても世界中の人間を選ぶべきだ。
そんなことは分かっている。
頭では嫌というほど分かっている。
殺意を抱いた相手ならまだしも、相手はティファベルだ。
「俺が、この手で殺す?」
ヒガナは自分の手を見下ろす。
想像しただけで手先が震え、心臓の鼓動が早くなる。
感情が不安定になり、思考は支離滅裂になっている。
ティファベルの悲しげな声、ココの言葉、失われた世界で見て、聞いて、感じたこと──全てがぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて何一つ纏まらない。
『本当なら誰一人傷つけずに済んだのに』
そんな中でティファベルの言葉が脳裏で引っかかる。
他の部分に対する思考を放棄し、その一点のみに集中する。
そして、ヒガナは言葉の真意を今更ながら理解する。
「まさか……」
少し考えれば、ティファベルの立場になって考えれば簡単に導き出される一つの結末。
祈りを拒絶されたティファベルが、全てを丸く収めてティファベルのまま終わる方法──。
「────っ」
ヒガナは衝動的に部屋を飛び出して、ティファベルの部屋へ向かう。
ノックも無しに勢いよく扉を開ける。失礼極まりない行為だが、そんなことを配慮している余裕はない。
「ベル!」
部屋には誰も居なかった。
ヒガナは歯噛みしつつ、アングレカム家を出て、ティファベルを見つけようと走り出す。
雲によって月は秘匿され、深淵に沈んだように静寂が漂うアルカをヒガナは走り続けた。
教会に入った時、偶然にもティファベルを見つけることができた。
ティファベルは十字架を両手で握りしめながら、救済の巫女像を見上げていた。
「ベル!!」
「ヒガナさん?」
ちょうど雲の隙間から月明かりが差し込み、少し驚くティファベルが照らされる。
肩で息をしながらヒガナはティファベルが無事だったことに安堵する。
そして、深々と頭を下げた。
「ごめん。俺、ベルと全く向き合えていなかった」
「ヒガナさんが謝ることなんて何一つないのよ。わたしが無茶なことを言ってしまっただけ」
ヒガナは頭をあげて、ティファベルを見つめる。
「俺が拒絶したら、自ら命を絶つつもりだったんだろ」
「………………」
ティファベルは何も言わない。
肯定にも等しい無言。
「さっきの話の続きをしよう」
「いいの。あの話は忘れて」
「もう、逃げない。ベルの想いをちゃんと聞くから」
「もういいの! 放っといて!」
感情の赴くままに声を荒げ、碧い瞳に涙を溜める姿はティファベルが初めて見せた子供らしさだ。
ヒガナは駆け寄り、ティファベルの華奢な肩を優しくも強く掴む。
「放っておける訳がないだろ!」
「────っ!」
「ベルが自殺するのを見てみぬふりするなんてできない。そんなこと絶対にできない」
ティファベルの瞳から大粒の涙が溢れ出す。
温もりに触れて、誰にも言えなかった本音を吐露する。
「死にたくない……本当は死にたくないの……」
「でも、わたしが死なないと世界が滅ぶ。そんなの絶対にダメよ。世界のためなら死を受け入れることはできたわ」
「それでも……独りで死ぬのが怖いの。誰かに憎まれながら死ぬのが怖いの。だから、せめてわたしのままで温もりに包まれて死にたかったの」
「ごめんなさい……。わたしのわがままでヒガナさんを、多くの人を傷つけてしまったわ。本当にごめんなさい、ごめんなさい…………お願い、許して……許してぇぇ……」
想いが、苦悩が流れ込んできてヒガナも涙を滲ませる。
同時に心の奥底で一つの想いが湧いてくる。
「ベル。一つ聞かせてくれないか? それを聞ければ答えを出せると思うんだ」
「ぐすっ……うん」
「どうして、俺なんだ?」
教会に沈黙が流れる。
時間にして十秒にも満たないが、永遠とも思えるほどの沈黙だった。
そうして、ティファベルから出た答えは意外なものだった。
「──運命の人だから」
「え?」
「ヒガナさんがわたしの運命の人だから」
ティファベルは涙で若干赤らんだ瞳をヒガナに向ける。
「同じ痛みを、孤独を感じ、癒してくれる、わたしをわたしとして見てくれる唯一の方。存在しているかも分からない、居たとして誰かも分からない、出逢えるかどうかも分からないのに、ずっと待ち焦がれていた」
「同じ痛み、孤独……」
「もしかしたら、その方はヒガナさんではないかもしれないわ。でも、それでもヒガナさんはわたしが辛い時、苦しい時、寂しい時に寄り添ってくださった。孤独を癒してくれた。だから、祈ってしまったの。結末が決まっているのならヒガナさんに幕を下ろして欲しいって」
その瞬間、ヒガナは悟った。
きっと、二人が出逢った時から結末は決まっていたのだろう。いや、出逢う前から運命は定まっていたのかもしれない。
「そうか。これが俺が喚ばれた理由なのか」
救済の巫女として崇められる少女。
異世界から来訪し、死を繰り返す少年。
二人の間には共通点があった。
孤独と疎外感。
いくら周りから慕われようとも、必要とされても決して癒えることはない。
根本的な部分で理解されない。
この苦しみを共有し、理解できる者は同じ境遇の者のみだから。
「ベル」
「はい」
ヒガナはティファベルを見つめる。
何があっても絶対に目を逸らさない。
彼女を、これから背負う罪を。
「ベルが熱を出した時、俺言ったもんな。大丈夫、ずっと一緒に居るって」
「えぇ、すごく嬉しかった」
「だから、独りにはさせない」
「ヒガナさん」
助ける方法があれば何でもやっただろう。
だが、それを見つけるにはあまりにも時間がない。それに加えて、今のヒガナは権能を所有していない正真正銘の凡人だ。
ティファベルと世界、二つを助けることはできない。
ただ、救うことはできる。
「世界を救うためじゃない。俺は君を救うために、君を殺す」




