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愚者の此岸 世界の彼岸  作者: 栗槙ねも
第三章 『禁忌の祈り』
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三章 第14話 『結論へと至る助言』


 アルカに来て二回死んだ。


 一度目は死因も分かっていない。

 覚えているのは強烈な睡魔とティファベルを抱きかかえるノエルの姿。意識が途切れて、覚醒した時には時間遡行していた。


 二度目は鈍器らしき物による頭部破壊が死因だろう。

 狙われたのが後頭部だったこともあり、その当時の記憶は殆どが抜け落ちてしまっている。

 テレンスと教会の裏手にある森に入り、遺跡を見つけたところまでははっきりしているが、それ以降は闇の中だ。

 故に襲った犯人は分からずじまいということだ。


 ヒガナは焦燥感に苛まれていた。

 二回も死んでしまったというのに、状況を打開する手掛かりを殆ど掴めていない。 


 これまでに得た情報をまとめたメモには日本語でこう書いてある。



・アルカでは不審死は起こっていない。

・三年前のアングレカム家の火事が全ての始まり(あくまでも推測)。

・ノエルが犯人?(可能性は高いが腑に落ちない点もあり)。

・村人たちは来訪者を監視している。

・森の中にある遺跡(何かを見た気がする)。

・ココの単独行動は阻止しないと詰む。



 睨めっこしていたメモが急に視界から消える。ピントはメモを奪い取った白縹(しろはなだ)髪の使用人に合わさった。


「絶世の美少女を差し置いて何を眺めているんですか」


 ココは指の間に挟んだメモを揺らしながら腰に手を添える。


 今は一日目。

 割り振られた部屋にて各々が荷解きをしている最中にココが訪問してくる時間帯。

 ヒガナがティファベルを見つけたという事実があるからなのか、アングレカム家に逗留する流れは確定事項のようだ。


 奪い取ったメモに視線を落としたココは首を傾げる。


「これは何ですか? どのように解釈しても落書きにしか見えません」


 その反応はもっともだ。

 この世界の文字は、ヒガナの知る文字とは殆ど異なる。ましてや極東の小さな島国で使われている文字、仮に元の世界の文字を知っていたとしても解読できる可能性は低いはずだ。


「給仕長からの課題内容を書いたヤツだよ。勉強は継続が大事だから少しの時間でもやれってさ」


「やはり給仕長はしっかりしていますね。彼女を一般教養担当にして正解でした。それはともかく、もう少し丁寧に書けなかったんですか? そもそも、これは本当に文字なんですか?」


「急いで書いたからめちゃくちゃになっちゃったんだよ。悪かったな、落書きみたいな字で」


「悪いことなんて何もありません。存在自体が落書きみたいなヒガナ君にお似合いの筆跡で素晴らしいです」


「存在が落書きって最上級の罵倒なんだけど!?」


 ココは給仕服のポケットに奪い取ったメモをしまう。どうやら返してくれないようだ。整理するために書いただけなので盗られても問題はないから別にいいが。

 意図があるのか、単なる嫌がらせなのか、判断がつきにくいことをココはよくする。


「なぁ、ちょっと質問していいか?」

「暇潰しになる内容ならどうぞ」


 ヒガナは身をジリジリと焼く焦燥感を少しでも解消したくて、ココの助言を求める。

 もちろん時間遡行のことを直接言及はしない。言ったところで鼻で笑われるのがオチだ。それに他者に伝えた場合のペナルティが無いとも限らない。


「例えば読み手に犯人を特定させる推理小説があって、何回読み直しても犯人が分からなかったらココはどうする?」

「その小説は読み手に対して公平ですか? 小説内に全ての情報があり、突拍子もない事実や展開はありませんか?」

「ノックスの十戒はちゃんと守られている……多分だけど」

「なんですかそれ? とりあえずは公平という話で進めますよ」


 ココはベッドに腰を下ろして脚を組みながら、質問してきた理由を探るように白縹(しろはなだ)色の瞳はヒガナを捕らえて観察をする。

 過剰な反応をすれば不審がられるので、荷解きついでの軽い雑談だ、という雰囲気を必死に演出するヒガナ。

 小さく息を吐いて、ココは指を二本立てた。


「犯人が分からない可能性は二つ。一つは登場人物の一人を犯人だと決めつけて読み進めている。目星を付けた人物の容疑が深まる証言や状況証拠が次々と出てくる、と満足してしまいますが、これは大きな間違いです。結論ありきで物事を見ると、先入観が働き、結論を補強するように情報を歪めて受け取ってしまうんです」


「バイアスがかかってるってことか……」


「帝国の言葉をよくご存じで。もう一つは根本的な部分が間違っている」


「それってアリスの件みたいなことか。本当は殺人事件は起こってなかった的な」


「その通りです。始まりの部分で誤りがあった場合、求める答えに辿り着くことはできません。こちらが原因だったら修正するのはかなり難しいでしょう。今まで積み上げてきたものを全て放棄しなければなりませんから」


「………………」


「では、私ならどうするかという話をしましょう。結論を述べるなら、ヒガナ君の問いに答えることはできません。内容がいかに難解であろうと読めば犯人を特定できるので」


 ココならではの打開策を聞けると思っていたが、それ以前の回答にヒガナは肩を落とす。らしい回答といえばそうなのだが。


「じゃあさ、どういうことを意識しながら犯人を特定する?」


「個人的感情を排除し、確実な事実のみを起点に検証を重ね結論を導きます。その結果、最後に残された答えがいかに信じられなくても、それが真実になりますから」


 ココの答えにヒガナの身体は感動で微かに震える。某名探偵の名言に酷似した台詞を聞くとは思わなんだ。


「先程の話でもう一つ。誰が犯人か分からないのなら『なぜ犯行をしたのか』──即ち動機の点から探るのも手かと」


 と、ココは付け加えるのであった。



×××



 二日目。

 太陽が傾き始めた昼下がりの頃合い。

 ティファベルの村案内の終盤。

 ヒガナにとっては三回目の案内になるので新鮮味はなくっているが、ティファベルの気持ちの込もった説明は何度聞いても微笑ましい。


「体感ですとアルカを大分把握できましたが、他に見た方がいい、案内したい場所はありますか?」


 今回は一回目と全く同じ展開。ということは、この後は敵意剥き出しの墓守と会うことになる。

 彼女の剣幕を思い出して少し気が重くなったヒガナは、ティファベルの次の言葉を聞いて驚きを露わにする。


「本当は紹介したい方が居るの。でも、今から行ったら日が暮れてしまうから、今日はここまでにしておくわ。お二人がよければ明日また案内させてくださいな」


「えっ!?」


 ココとティファベル、パテルの視線が声を上げたヒガナに向けられる。


「どうしました?」

「どうかされたの?」

「あ、いや……その……」


 奇妙なことにティファベルの行動はヒガナが干渉しなくても変わることがある。

 それが大きな違いかと聞かれたら否だ。案内する順番が違う、今までなら行っていた場所に行かない──その程度の違い。

 子ども特有の気まぐれなのだろう、とヒガナは結論付けて深くは考えなかった。


「えぇ〜、もう終わりなのかよ!? 俺はもっとベルに案内されたかったなぁ〜。うわぁ〜残念だなぁ〜」


 我ながら酷い演技だ、とヒガナは内心で赤面する。

 咄嗟の誤魔化しとはいえあまりも露骨で滑稽だ。穴があったら入りたい、という言葉を作った人の気持ちが今なら痛いほど分かる。


 当然というべきか、ココにはバレているよう鼻で笑っている。

 だが、ティファベルは頬を若干赤らめて、僅かに緩む口元を小さな手で隠す。


「もうっ、ヒガナさんったら……」


 とても信じられないのだが、誤魔化しに成功したようだ。

 二人の様子を見ていたココは呆れたように綺麗に整えられた白縹(しろはなだ)色の髪を触りながら、


「もうやることないんですし、お二人で遊んだらどうですか?」

「ココさんはどうされるの?」

「クラリスとヨハンの様子を見に行こうと思います。暇潰……不審死のことが何か掴めているかもしれませんので」

「完全に暇潰し目的だよな?」


 ココは否定も肯定もしない。沈黙を貫くが、それは肯定と同義だ。


「診療所に行くのなら、途中まではご一緒できるわね!」


 ということで、ココは診療所へ、ヒガナとティファベルは一度家に帰ることになった。



×××



 ヒガナたちがアングレカム家に到着したのとノエルが家から出てきたのはほぼ同じタイミングだった。


「あっ、おかえりなさい。もう案内は終わったの?」

「本当はエステルさんをヒガナさんたちに紹介したかったのだけれど……。叔母さまはどこかへ行くの?」


 ノエルの手には財布が握られている。


「ええ、夕飯の材料を買いに。あの、ヒガナさん」

「──っ。はい」


 名前を呼ばれてヒガナは反射的に警戒心が上がる。

 ココとの会話で、ノエルを犯人と決めつけて見るのを控えようと思っているのだが、一度沸いた疑惑は簡単には修正できない。


「よければ一緒に来ていただけませんか? 他の方の好みや食べれない物を教えて欲しいんです」

「いいですよ」


 一応、使用人なのでココたちの好みや嫌いな物は把握している。クラリスとヨハンについても他の使用人から聞いているので問題ない。


「わたしも一緒に行っていい?」

「もちろんよ。でも、お菓子は一個までだからね」

「きっとお父さまも食べたいと思うから二個!」

「食べるのはあなたでしょ。分かった、二個までなら良しとしよう」

「ありがとう、叔母さま!」


 いつも浮かない表情をしているノエルだが、ティファベルと接している時だけは穏やかな表情を見せる。

 こうして眺めていると本物の親娘のようだ。

 そうでなくてもノエルがティファベルに抱いているであろう感情は紛れもない本物だ。



×××



 村の中心部には八百屋や精肉店、調味料専門店などの食材店を始めとした様々な店が建ち並ぶ商い通りのような場所がある。

 規模自体は王都と比較すれば明らかに小さいが、ここで生活に必要なものは全て手に入れられるだろう。


「魚屋まであるとは思いませんでした。どうやって鮮度を保っているんだ?」

「詳しくは分かりませんが、魔術、霊装の恩恵だそうです」

「そうなんですか。やっぱり便利だな、魔術は」


 食材が入った紙袋を抱えながら、ヒガナは魔術の利便性を改めて認識する。


 視点はティファベルの方へと向かう。

 彼女の周りには沢山の村人が集まっている。

 買い物を中断して話しかけてくる者──その中には村長の姿もある。店番を放棄して品物を渡しに来る店主たち。まるでティファベルを中心に重力が発生しているようだ。

 中心にいるティファベルは笑顔を絶やさずに次々と話しかけてくる村人一人ひとりに丁寧な対応をしている。


「ベルの人気、凄まじいですね。まぁ、あんなに可愛くて性格も良かったら納得ですけど」

「そりゃあそうよ、ティファは特別な子だからね」


 ノエルではない声が耳朶を震わせた。

 声のした方向には修道服に身を包んだ長身の女性が気怠そうに立っていた。


「こんにちは、シスター・ベリンダ。珍しいですね、ここで会うのは」


 ノエルが挨拶をするが、どこかぎこちなさがあった。

 ベリンダは視線だけ向けて素っ気なく答える。


「聖職者でも買い物くらいするし」


 ベリンダはアルカで起こっている不審死をノエルの凶行だと疑っている。疑惑を抱いていることを隠す気は無いようで嫌悪感を容赦無く剥き出しにしている。


 ヒガナは気まずさから逃れるために、先の発言について質問をした。


「ベルが特別というのは?」

「アルカで唯一の子供、宝であり希望って意味」

「そう言われればベル以外の子供は見てないな」

「居ないのよ。だから、妹のように、子供のように、孫のように皆寄ってたかって可愛がるの。普通なら増長しそうなものなけど全く変わらない。……まるで聖人みたいな精神性ね。生まれ持った物か、保護者の教育の賜物か」


 ノエルが険しい表情でベリンダを睨みつける。彼女らしくない攻撃的な反応だ。


「聖人というのはやめてください。あの子は普通の女の子です」

「ティファベルは特別な存在っていい加減認めたら? そんなに自分の姪が持て囃されているのが気に食わないわけ?」

「そういうわけでは……」

「ああ、兄と義姉、ティファにとっての両親を殺した奴らがティファに関わるのが不愉快ってこと?」

「────っ」


 険しさを通り越して激しい怒りを剥き出しにするノエル。

 ベリンダは全く怯む素振りを見せずに淡々と言葉を続ける。


「妄想極まれりね」

「当事者でもない貴女が口を出さないでください」

「怖っ。はいはい、部外者は消えるわよ」


 ヒガナとノエルの元から離れ、村人たちに群がられるティファベルに軽く手を振りながらベリンダは去っていく。

 下唇を噛み締めるノエルに、ヒガナはなんと声を掛ければいいか分からない。


「ヒガナさん」

「は、はい」


 急にノエルが話しかけてくる。

 視線はヒガナではなくティファベルに向けられている。


「大多数の幸福とたった一人の幸福。ヒガナさんだったらどちらを取りますか?」

「それは……」

「大多数の幸福を取ればたった一人の幸福は永遠に失われます。反対にたった一人の幸福を取れば大多数の幸福は永遠に失われます。両者が幸福を得ることは絶対にありません」


 質問の意図はなんなのか。

 ヒガナは一瞬推察しようとするが考えを改める。

 ここは論理的思考よりも直感を優先するべき場面だと判断して、沸いて出てきた答えを口にする。


「その一人が俺だったら大多数の幸福を取ります。でも、その一人が俺の大切な人の誰かだったら大多数を犠牲にします」

「たった一人の幸福のために?」

「俺は英雄にはなれません。大勢の人を守りたいとか思えません。ただ、自分の手が届く範囲だけ守れればそれで良い」


 その瞬間、ヒガナの脳内で電撃が走る。


 ──なぜ、クラリスに依頼が来たのか。

 ──なぜ、来訪者を監視するのか。

 ──なぜ、村の人たちはティファベルを過剰なまでに好意的なのか。

 ──なぜ、不審死が起こっている、起こっていないの相反する証言があるのか。

 ──なぜ、ココは行方不明になったのか。

 ──なぜ、誕生祭を強行しようとするのか。

 ──なぜ、ノエルは問い詰めた時に笑ったのか。

 ──なぜ、ティファベルには被害が及ばないのか。

 ──なぜ、ヒガナとテレンスは殺されたのか。


 ココの助言、今のノエルの問いかけ、研ぎ澄まされた直感があらゆる工程を飛ばして一つの結論を導き出す。


「もしかして……村の人たちは誕生祭でベルを利用して何かしようとしているんじゃ。それは信仰されている巫女に関係している」


「──っ!!」


「そして、ノエルさんはベルを守るために動いている。違いますか?」


 ノエルは驚愕する感情を顔には出さずにヒガナに耳打ちする。耳に響く声は少し震えていた。



「……お願い、ティファベルを助けて」



×××



 幼い頃、ヒガナは姉のことを魔法使いだと思っていた。

 着信音が鳴る数十秒前に電話が来ること示唆したり、いくら探しても見つからなかった物を一発で見つけたり、初対面の相手の性格を的確に言い当てたり──。


 今になって思えば魔法と言えるほどのことではないが、当時のヒガナにとっては驚愕の出来事だったのだ。


『魔法じゃないよ。他の人より少しだけ感が鋭いだけ』


 しかし、彼女は魔法と言われても納得してしまう程の直感力を兼ね備えていた。

 様々な過程や思考を無視して答えを導き出す。

 なぜ、その答えになったのかは本人でも分からないとのことだった。


『感覚の話だから説明は難しいな。でも、私ができるんだから、ひがなもできるよ。私たちの違いは染色体一本分だけ。同じ卵子と精子から創られて、同じ日、同じ子宮から産み落とされた存在なんだから』


 あれから数年の月日が経って、異なる世界にてヒガナは頬を緩ませて呟く。


「姉ちゃんの言ってた感覚、ほんの少しだけ分かったよ」


 なるほど確かに説明することは難しい。言語化できないと言った方が正しいだろうか。厨二病的表現をするならアカシックレコードに接続した感じだ。


 きっと、彼女は更なる深淵に触れていただろう。

 ヒガナと彼女の基本能力値は天と地ほどの差がある。双子と言えど差が生まれるのは仕方ないことだ。

 そのことでヒガナは嫉妬したりはしなかった。あまりにもかけ離れていたから、妬みの感情が湧く余地が存在しなかったのが本音だ。


 少し変わっているが優しく聡明な姉のことをヒガナは慕っていた。


 仮にだが、ヒガナの立場に彼女がいたとしたら時間遡行をする必要なく問題を解決していただろう。

 魔法のような直感で最短距離で、最小の犠牲で抑える、最善の方法を導くはずだ。


 ヒガナには決してできない芸当だ。

 這いつくばって、血反吐を吐きながら、削れていく精神を必死に耐えながら最良の方法を模索するのが『周防ひがな』なのだ。



 這いずり回って、時に死んで得ることができた真実の欠片と最後のひと推しとなった直感によって、導き出された結論は事態を大きく変化させた。


 その証拠となるのが、ポケットの中に入っているメモだ。



×××



 二日目の夕方以降の流れは、ヒガナが自発的に動くことをしなかったので大きく変わることはなかった。


 買い物帰り、アングレカム家の前でテレンスと遭遇。時を同じくしてココが帰宅し、契約を結ぶ。

 夜は報告会。

 ノエルはこれまでと変わらず外出する。ヒガナは尾行せずに部屋に留まることを選択。

 ここで余計な動きをしなければ三日目は迎えられることは履修している。テレンスを死なせてしまった罪悪感は消えてはくれない。



 メモは風呂上がり、偶然顔を合わせた時に手渡された。

 部屋に戻り内容を確認する。

 簡易的な地図と時間指定、短い文章が書かれていた。


【私の知っていることを全てお話しします】



×××



 三日目、午前。

 あるいは現在。


「何をぶつぶつ言っているんですか?」


 ヒガナが双子の姉に想いを馳せながら呟いた言葉は、白縹(しろはなだ)髪の使用人には聞き取れなかったようだ。


 二人は待ち合わせ場所に指定された、丘の上の墓場を目指していた。

 本来なら単独行動する筈だったココと行動できているのは、ノエルから受け取ったメモのおかげだ。

 ヒガナはメモのことをココに伝えて、ノエルの話を一緒に聞こうと提案した。

 重要な情報が手に入るのはほぼ確定しているので、ココが乗ってくるのは既定路線だ。


 ココの単独行動を阻止することができたのは良いが、それで問題が解決したわけではない。

 彼女が行方不明になった原因を突き止め、対処しなければいけない。


 今になってアルベールも連れてくるべきだったと後悔し始める。何が起こるか分からないから、不足の事態すら捻じ伏せることが出来る戦力は時として必要だ。

 彼はティファベルと居る。つまりティファベルは確実に安全ということ。この村にアルベールより強い者は恐らくいない……はずだ。


「ちょっとした独り言だよ」

「独り言、ですか」


 答えに興味無さそうな反応を示した、ココの白縹(しろはなだ)色の瞳は「どうも納得できない」という感情が渦巻いている。


「どうした?」

「出来過ぎていると思いまして。一日にも満たない関係性でノエルさんが我々……いえ、ヒガナ君に重大な情報を提供するというのがどうにも腑に落ちません」

「もし、ノエルさんが俺たちを呼んだとしたら?」


 ヒガナの言葉にココは耳を傾ける。


「考えを聞かせてください」

「村の人たちはベルで何かを企んでいて、ノエルさんはベルを守りたい。両者の考えが対立していたらノエルさんは八方塞がりだ。敵は村全体、どう足掻いても勝ち目はない。そこで、状況を打破する手をノエルさんは考えると思う」

「その解決策が第三者をアルカに介入させる、と」


 ヒガナは首肯する。

 不審死が起こっているという話もノエルの虚偽の可能性が高い。あえて不穏な要素を加えることによって、危機感を煽り、第三者の早期介入を狙ったのだろう。


「まぁ、俺の推測だから間違っているかもしれないけど」

「疑問は多々ありますが、その辺も含めて彼女に聞きましょう」


 それから休憩──ココの体力がすぐに底をついてしまうので──を挟みつつ、墓地に到着した。

 

 墓地は昼間だというのに薄暗く、物寂しい雰囲気を漂わせている。

 痩せ細った木々、乱雑に置かれた石の墓標──様々な要素が折り重なり合い、この場所を異界へと変貌させている。死の気配が濃い異界へと。


 ヒガナは墓地を見渡すが、人影は確認できない。


「少し早かったか?」

「時間ぴったり」

「うわぁ!?」


 急に後ろから声が聞こえて、ヒガナは驚いて悲鳴をあげて仰反る。その結果、落ち葉だらけの地面に尻餅をついてしまう。


 ヒガナの元居た場所の後ろ、ココの隣に漆黒の外套に身を包んだ、二十代後半くらいの女性は立っていた。

 無様に座り込むヒガナを見下ろしながらココは愉悦と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「居るの分かってたなら教えてくれよ」

「情けない姿を見たかったものですから。全く、ヒガナ君は私の期待を裏切らないですね」


 不服な面持ちでヒガナは立ち上がり、衣服についた落ち葉や土を払いながら女性の姿を確認する。

 長髪で顔の半分が隠れてしまとうは特徴から墓守のエステルに間違いない。

 だが、以前会った時と雰囲気が違う。

 随分と大人しく、目を合わせようとしてこない。これはテレンスが言っていた人物像に酷似している。


「初めまして、ココ・オリアン・クヴェストと申します。彼は使用人見習い兼面白玩具のヒガナ君です」

「エステル。ここの墓守。話はノエルさんから聞いている。付いてきて」


 エステルに案内されて、ヒガナたちは墓標が乱立する場所よりも奥に進んでいく。

 やがて見えてきたのは、その存在を認知させたくないかのようにひっそりと建っている小屋だ。

 室内に入ると既にノエルが居た。彼女はヒガナたちに気付き、椅子から立ち上がり深く頭を下げた。


「ご足労いただき感謝します。あの……彼女も連れてきてくれたんですか」


 ノエルはココに視線を向ける。若干、表情が期待に染まる。

 面持ちの変化に言及することなく、ココは小屋を見渡しながら納得したように空いた椅子に腰掛ける。


「こんな死の気配が漂う場所で密会とは相当切羽詰まった状況のようですね」

「仰る通りです」


 エステルは腕を摩りながら諦念混じりの声で言う。


「もう殆ど詰んでいる」

「生誕祭──そこがアルカで起こっている事件の終着点、ですよね?」


 ヒガナの答えにエステルは頷く。


「アルカの人々の祈りが届いたら世界は終わる……彼女はそう言っている。とても信じることはできないけど本当だったら凄く困る。私は墓守としてここを守り続けないといけないから」

「彼女?」

「協力者の一人。多分、私のご祖先様」

「…………?」

 

 エステルの言っていることがよくか分からない、と首を傾げるヒガナ。

 だが、詳細な説明されることはなかった。

 ココが脱線しかけていた話題を本題に戻したからだ。


「時間が惜しいということがわかったので、早速貴女の知っていることを聞かせてもらいましょうか」

「はい」


 ノエルは胸に手を当てて深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと重々しく語り始めた──。

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