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愚者の此岸 世界の彼岸  作者: 栗槙ねも
第二章 『朧月夜の兎』
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二章 第24話 『真相への案内人』


 ──事態が動き出したのは些細な一言からだった。


 捜査は四日目になったが、大きな進展は残念ながら見られない。

 ココの部屋はテーブルを始めベッドや床に事件の資料が乱雑に散らばっている。

 椅子に力無く座るココとヒガナの二人には疲労の色が見えていた。彼らは捜査開始から今現在に至るまで、ほぼ不眠不休で活動していたのだ。加えて、二日間は収穫も得られずに空振りともなれば、精神的にも参ってしまう。


 それでも二人は僅かな光明を求めて暗闇の中で足掻き続けていた。

 必ずどこかに手掛かりはある。──そう、強く想いながら、ココは資料を、ヒガナは聞き込み調査の結果を貪るように何度も何度も読み込む。


 一方、資料を避けてベッドに座る白銀髪の少女──ソフィアは、宙に浮かび淡く光る七つの雪玉のような代物と会話をしていた。会話と言っても、側から見ればソフィアは瞳を閉じて黙っているだけだ。彼女曰く心で会話をしているとのこと。


 ──冬の妖精たちに慕われている雪のお姫様のようだ。


 そんなことを思いながら、ヒガナは会話が終わったタイミングを見計らって、ソフィアに声をかけた。


「その雪玉みたいなのとは、どんなことを話してんの?」

「そうね、今日は良い天気ねとか、後で魔力供給をしてあげるねとか、たわいもないこと。でも、精霊たちと信頼を築くにはこういう何気ない交流の積み重ねが大事だから」

「確かに精霊術師にとって、精霊との信頼関係の構築は重要ですが、こちらの方にも意識を向けてくれませんか? もう、時間がありませんので」


 棘のある言い方をするココ。表情には決して出さないが苛立ちと焦りが確実に彼女を追い詰めている。

 ソフィアは精霊たちを消して、ベッドに置いてある資料に目を通し始める。が、少ししてから首を横に振った。


「ねぇ、思うんだけど、私たちは見当違いなことをしている気がするの」

「それはどういう意味ですか?」


 睨みつけるココを全く恐れずに、ソフィアは己の中に湧いた疑問を口にした。


「ここまで調べても何も出てこないってことは、私たちの見ているところが根本的に間違っているとしか思えない」

「根本的に間違っている……」


 その言葉に引っかかりを覚えたココは、疲労で錆びついたように鈍い思考を無理矢理回転させる。


「でもさ、エドワード・ハウエルズは殺されていて、アリスは誰かを庇っている、これはどうやっても覆せない事実だろ。根本的にっていうなら、この事件そのものを疑うことになる。事件そのものがなかったなら、アリスが黙秘することもないし、エドワード・ハウエルズだって……」


「ああっ!!」


 ヒガナの言葉を搔き消すかのように突然大声を出したココは、電気が身体を突き抜けたかのように勢いよく立ち上がり、全身をわなわなと震わせた。


「そういうことなら、情報が出ないのも、アリス・フォルフォードの沈黙も、彼女がハウエルズ邸に訪れていた理由も全て説明がつく……」

「──っ! 何か閃いたのか」


 頬を上気させ、爛々と瞳を輝かせるココからは疲労がごっそり抜け落ちたようだった。すこぶる嬉しそうに、ソフィアに抱きつく……が、すぐに離れて心底痛そうに頭を押さえる。神性を持つソフィアに触れるのはココにとっては大ダメージのようだ。

 だが、すぐに立ち直って、ソフィアに向かって賛辞を贈る。


「ソフィア様、貴女は最高です! 今日ほど神性に腹が立ったことはありません! 貴女が神性さえ持っていなければ、今すぐ抱いて欲しいと催促しましたよ!」

「え? えっと……ありがとう?」

「お礼を言いたいのは、私の方です! ああ! 今日は素晴らしい一日になりそうです!」


 ボルテージ最高潮の盛り上がりで、ココは部屋を飛び出して行った。


「あんなにテンション上がっているココは初めて見た」

「私も」


 取り残されたヒガナとソフィアは、互いに引き攣った顔を向き合わせて、そんなことを呟いた。



×××



 それから小一時間くらい経ってから、ヒガナとソフィアはココにある場所に連れて行かれた。

 そこは、とても静かな場所だ。等間隔に並ぶ十字架、薄い石板に刻まれた名前、所々に添えられた花。

 死者たちのゆりかご──墓地である。

 目的の墓は言わずもがな。

 ヒガナたちがエドワード・ハウエルズの墓がある場所に行くと、見覚えのある影が二つあった。


「あれ、副団長さんとルナ?」


 顎から伸びる傷痕が目を惹く、岩のような大男──ヴァーチェスは礼儀正しく会釈。

 女子にしか見えない美しい少年──ルナは場所が場所なのでわきまえているようで、いつものようなはつらつとした声は出さずに小さく手を振った。


「やっほー。色んな女の子連れて、ヒガナって女誑しだったりする?」

「生憎と俺にはそんな特殊スキルねぇよ。どうして二人がここに?」


 ヒガナの疑問に答えたのはヴァーチェスだ。彼は怪訝な表情をしていた。


「彼女に呼ばれたのだ。事件のことで重要な事実が判明したと」

「正確にはこれから判明するんです。それはそうと、許可は取ってきてくれましたか?」

「無論だ。しかし、正気なのか……エドワード・ハウエルズの墓を掘り起こすなど」


 ヴァーチェスの口から飛び出た目的に、何も知らされずに来たヒガナたちは度肝を抜かれる思いだった。


「もちろん正気です。私の推理が正しいか否かは、この土の下に埋まっている(ひつぎ)の中身を見ないと判断できませんので。では、お願いします」


 ココはあらかじめ呼んでいた葬儀屋の従業員に声をかける。それを皮切りにエドワード・ハウエルズの墓の掘り起こし作業が始まった。

 作業を固唾を飲んで見守るヒガナたち。

 これから見るのは数年の時を過ごした遺体。防腐処理されているなら人の形は保っているだろう。そうでなければ、どのような状態になっているか想像もつかない。

 怖いという気持ちはないと言ったら嘘になる。

 やがて、(ひつぎ)が引き上げられてヒガナたちの目の前に置かれた。


「開けます」


 葬儀屋が一言断りを入れて、柩に手をかける。

 反射的にヒガナとソフィアは顔を背け、ぎゅっと目を瞑った。全く同じタイミング、動作。驚きのシンクロ率だ。

 やがて、ゆっくりと瞳を開けて、柩の方へと顔を向けると──。


「え? ……は、は?」


 自分の網膜がおかしくなってしまったのか、とヒガナは眼を擦って柩の中身を凝視する。だが、変化は起こらず、目に写る事実が現実だと証明している。

 視線を移動させると、ソフィアを始めとして、ヴァーチェス、ルナ、葬儀屋たちも驚愕に彩られていた。

 唯一人、ココは柩の中を満足げな笑みで眺めていた。


「やはり、そうでしたか」


 呆然とする中で、やっと声を出したのはヴァーチェス。


「どうなっているんだ!? なぜ、()なのだ!?」


 そう、柩の中身は空っぽだったのだ。

 腐敗した遺体は存在していない。内側の木材は新品のように綺麗で、遺体が寝ていたとはとても思えない。

 ──まるで、初めから遺体がなかったかのように。


「これはどういうことなんだ?」


 状況が掴めないヴァーチェスは、ココに詰め寄る。


「どうもこうも、見たままですよ」


 棺を指差して、この程度のことも分からないのか、という意味を含んだ上目遣いで挑発するココ。

 声を上げようとするヴァーチェスよりも先に、ソフィアが嬉しそうに両手を合わせた。


「分かった! まだ、生きているのね。だから、柩の中が空っぽなんでしょ」

「流石、ソフィア様。冴えていますね」


 エドワード・ハウエルズは生きている。

 新たな可能性の登場に、ヒガナは確かな光明を見出した気がした。


「待ってくれ、エドワード・ハウエルズが生きているなら、アリスの容疑は晴れるんじゃないか?」

「んー、晴れるっていうか、事件そのものがなくなるよね」

「それなら……」

「でもねー、柩の中が空だからって、ハウエルズ卿が生きている証明にはならないんだよね。五体満足じゃなくてもいいけど、呼吸して動いている姿を確認できないと」


 ルナの意見はもっともだ。

 柩が空だといっても、別の場所に埋まっている可能性だって十分ある。

 これだけでは生存の証拠として全く足りないのだ。


「どこに居るかは不明ですが、彼は確実に生きています」

「へぇー、凄い自信。確証でもあるの?」

「はい。副団長様も薄々は感じていたんではありませんか?」

「………………」


 ヴァーチェスは硬い表情を浮かべただけで、ココの問いには答えようとしなかった。

 しかし、それは無言の肯定と判断したココは、白縹(しろはなだ)色の髪を揺らしながら、ヴァーチェスたちに背を向ける。


「まぁ、いいでしょう。後処理は任せますよ。我々は死人探しをしなければならないので」


 ココはヒガナとソフィアを連れてその場を去ろうとすると、ヴァーチェスが声をかけた。すでに表情は平常に戻っている。


「処刑執行は明日の昼だ」

「では、それまでに被害者を連れてきますから、楽しみにしていてください」



×××



 グウィディオン邸に戻る最中、ココが導き出したハウエルズ卿殺人事件の真相──その推理──をヒガナたちに語った。


「──狂言殺人。それが私の推理です。情報が一切出なかったのも、最初から何もなかったと考えるなら頷けます。火のないところに煙は立ちませんから」


「確かに」


「なぜ、そのような凶行に及んだかは本人に直接聞くのが確実ですが、大方、トマス・ハウエルズ絡みでしょうね」

「じゃあ、アリスはそれに加担していて、その事実をひた隠しにしていたってことか……自分を犠牲にまでして」


 脳裏に浮かぶのは、沈黙を貫き炎に包まれるアリスの姿。

 恩人のために自分を犠牲にするのは、ある程度は理解できる。だが、アリスのそれは度を越しているとしか思えない。

 それに、エドワードに抱く思いは複雑だ。


「ねぇ、クラリスはどんな風に関わっているの?」


 クラリスというのは例の治癒術師だ。ソフィアは彼女に会ったことはない。知っているのは職業だけで、人となりは想像の域を越えていない。

 話を振られたココは呆れたように肩をすくめる。


「エドワード・ハウエルズの死を偽装したんでしょう。彼女なら完璧な死を創り出すことができますから」

「死を創り出す、か。矛盾だな」

「ところで、エドワード・ハウエルズをどうやって見つけるの?」


 当然の疑問だろう。

 エドワードが生きているとして、どこに居るかまでは把握していない。

 その点に関しては、ココもお手上げといった雰囲気を醸し出していた。ヴァーチェスやルナの前では大見得を切ったが、手掛かりと呼べるものは残念ながらない。

 これから情報網を駆使して、彼の痕跡を探すつもりでいたが──。


「それなら、心当たりがある。正確にはエドワード・ハウエルズがどこに居るかを知っているかもしれない人物を知っている」

「……本当ですか?」


 信じられないといった面持ちで、ヒガナを見つめるココ。探す予定の答えがすぐ隣にあれば誰でも驚いてしまうだろう。


「ああ、それに多分協力してくれると思う。ここは、俺に任せてくれないか?」


 真摯な姿勢で、ココとソフィアに向き合うヒガナ。

 ここまで、おんぶに抱っこで一つも活躍することが出来なかったことに対して負い目を感じていた。

 だから、エドワード・ハウエルズへと続く道の橋渡し役として貢献したい。


「随分と都合が良くて、疑いしか出てこないんですが……まぁ、いいでしょう。ヒガナさんにお任せします」


 若干、腑に落ちない様子で事を託すココ。

 ソフィアは信頼に満ちた黒瞳でヒガナを見つめて頷いた。

 ヒガナも頷き返して、託された思いを胸にしまいこんで力強く宣言した。


「必ず朗報を持ってくるから」



×××



 別行動を取り始めたヒガナが向かったのは裏路地。

 人目が殆どなく、薄暗くて陰湿な雰囲気が漂う空間。

 本来なら一人でこんな所に来たくはないのだが、今回に限っては有難い。

 ヒガナは、人気が無いかを再度確認してから「よし」と小さく頷いた。


「ゔっ……」


 途端に苦しそうに胸を押さえて壁に寄りかかる。

 息は荒く、立っているのも辛く、遂には膝をついてしまう。


「く、苦しい……た、助け……」


 苦しげな呻き声を漏らした後、糸が切れたように倒れ込む。

 冷たい地面に頬をつけながら、ジッと固まるヒガナは恥ずかしさで顔が熱くなっていた。

 割と真に迫る演技だ。実際に死んだ経験が演技をより良くしたのかもしれない。

 誤解しないで貰いたいが、ヒガナは好き好んで裏路地で演劇をしているわけではない。


「だ、大丈夫ですか! ヒガナさん!」


 どこからともなく姿を見せた桃色髪をした少女。

 彼女は紫紺の瞳に心配を滲ませてヒガナの身体をさする。

 ヒガナはまんまと罠に掛かってくれた少女の細腕を掴み、柔らかく言う。


「その優しさ、今回も仇になったな。──モニカ」


 モニカは、ギョッとした後に自分が誘き出されたことをワンテンポ遅れてから理解して顔を真っ赤にした。


「だ、だだだましましたね! 人の良心につけ込むなんて最低です! もうっ! ヒガナさんのバカーーッ!!!」


 甲高い怒鳴り声は、凄まじく路地裏に響いた。



×××



 薄暗い路地を迷いなく進んでいく桃色の髪を外套ですっぽりと隠す少女。その小さな背中を付いていくのは黒髪の少年だ。


「信じられません信じられません! 本当にもう信じられません!」

「悪いとは思っているよ。でも、こうするのが手っ取り早かったんだ。こうでもしないとモニカは俺の前に出てきてくれなかっただろ?」


 バツの悪さと疑念の混じった顔でヒガナを一瞥するモニカ。

 面白くなさそうな声色でヒガナに問いかける。


「なぜ、分かったんですか? 私がヒガナさんを尾行していることを。自分で言うのもなんですが、尾行は完ぺきだったはずです」

「実はな、俺には半径五百メートルにいる美少女を感知する、という特殊能力があるんだ。残念だけどモニカはガンガン引っかかっていたよ」

「なんて恐ろしい能力を……しかし、それなら仕方ありませんね」


 完全なる嘘なのだが、モニカの機嫌が露骨に良くなったのでよしとしよう。

 全く、嘘も方便とはよく言ったものだ。


 それからしばらくして、ヒガナは見覚えのある、裏社会の人間御用たちの宿屋にやってきた。

 フロントロビーでナイフを舐めているバタフライさんを横目でちらりと見てから、階段を上がり、モニカたちが泊まっている部屋へ。


 ドアノブに触れたモニカは動きを止めて、ヒガナに顔を向けた。その表情は温室育ちのお嬢様とは対極、生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も潜り抜けてきた裏社会の人間のそれだった。


「私はヒガナさんの行動を見張っていました。なので、いまどういう状況かも把握しています」

「ああ」

「そして、自ら私に接触してきた……それは、つまりそういうことですよね?」


 モニカは理解している。

 ヒガナがこのタイミングで接触してきた訳を。

 それは、言い換えればヒガナの心当たりは正しかったのだ。


 ──真相へと至る最後のピースをモニカたちは握っている。


 ヒガナが首肯すると、モニカは何も言わずに部屋の扉を開けた。

 開かれた扉の向こうへと足を踏み入れる。


 以前にも鼻腔を刺激する紫煙の臭い。

 窓の桟に腰を下ろして、どこかに想いを馳せるような面持ちで男は、煙草の煙を口から出していた。

 無造作に生えた灰色の髪、やる気のなさそうな瞳、だらしなく着ているシックなスーツ。

 大人の色気を醸し出す男──ウォルトはヒガナに気付くと軽やかに手を挙げた。


「久しぶりだな」

「お久しぶりです……こうして面と面を合わせるのは、ですけど」


 モニカたちが尾行していたのは知っている、という意味合いを込めながらヒガナは言葉を返す。

 察したウォルトはテーブルに置いてあった灰皿に吸いかけの煙草を押し付けて、椅子に座るように促した。


 ヒガナは木の椅子、モニカはベッドにちょこんと座る。前と同じで少し椅子はがたついた。


 新しい煙草に火をつけて、ウォルトはヒガナを見る。瞳の奥に蠢く獰猛さにヒガナは首を絞められているような息苦しさを感じた。

 緊張感が部屋を包み込んでいく。

 怯んでしまいそうな心を奮い立たせ、ヒガナは口火を切った。


「ウォルトさんたちがアリスを追っていたことは知っています。それが、依頼だってことも」

「全て筒抜けって訳か」


 微かな驚きを露わにしたウォルト。彼からすれば、ヒガナがどこで情報を掴んだのか見当がつかないから、当然の反応だろう。


「影からこそこそ様子伺っていたのが不愉快だって言いにきたなら謝るが、そうじゃないよな?」


 ウォルトは分かっている。

 このタイミングでヒガナが会いにきた理由を。

 緊張で乾いた唇を舌で舐めて、ヒガナはウォルトたちの元へ来た目的を口にする。



「ウォルトさんたちの依頼主──エドワード・ハウエルズの居場所を教えて下さい」

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