断章 第3話 『慣れない痛み』
記憶が巡る──。
廃城、玉座の間での邂逅。
純白の髪をなびかせる蠱惑的な少女の姿。
真紅の瞳に吸い込まれそうになる。
桃色の唇から紡がれる声色に胸がどうしようもなく締めつけられる。
彼女への不理解な感情は潮騒の如く襲ってくる。
どんなに眼を逸らそうとも、心を閉じようとしても、彼女を拒絶することができない。
無意識に受け入れてしまっている。
なぜ?
答えは出てこない。
聞こえる。
音が、聞こえる。
逆十字架のイヤリングが揺れる音が聞こえた──。
×××
ヒガナは上体を勢いよく起こして、激しく脈動する胸を押さえた。
汗を拭いながら息を吐く。
「お前は誰なんだ? ──プリムラ」
たった数回だけ言葉を交わしただけの関係なのに、彼女の存在は確実に魂に刻まれている。
考えるだけで鼓動は早くなり、顔が熱くなっていく。
ヒガナは落ち着くために外の空気を吸おうと簡易テントから出る。
夜の涼しげな風が火照った身体を不器用に冷ます。後ろ側には森林、正面には乱暴に舗装された街道がある。
魔獣が寄ってこないように焚いてある火はパチパチと音を立てて周りを薄暗く灯している。
依頼を引き受けてくれたフレットたちは簡易テントの中で仮眠中。
ただ一人、ハンナだけは膝に抱えて、燃える火をぼんやりと眺めて火の番をしていた。
街を出発してから既に五日が経った。
道中は決して楽ではなく、魔獣と遭遇したのは数知れず。その中でヒガナはフレットたちとは仲を深めていったが、ハンナとだけは初日から一向に距離を縮めることができていない。それどころか距離は離れるばかりだ。
ハンナはヒガナを冷たい瞳で見つめ、
「ちょっとアンタこっち来なさいよ。みんな寝てて暇なのよ」
「あ、はい」
火照った目覚めで寝れる気がしなかったヒガナは言われた通りに火の近くに腰を下ろす。
露出の激しいハンナを見る時は視線に気を付けているが、気を抜いてしまうと露出した素肌に目がいってしまう。ヒガナは慌てて視線を火へと向ける。険悪な関係だというのに現金な話だ。
ハンナはジッとヒガナを見てから、
「アンタ、何であんな兎耳を選んだの?」
悪意のこもった言い方にヒガナは眉を顰めた。
普通の会話がもしかしたらできるんじゃないか、と思った矢先にこの質問だ。
ハンナはどこまでも溝を広げたいらしい。
「殺されそうになっていたから、俺が引き取ったんです」
「それ、助けたってこと!? 奴隷を!? アンタ馬鹿じゃないの!? あんなの殺されて当然でしょ!」
ハンナの発言は怒りを爆発させるには十分過ぎる火薬が仕込んであった。
ヒガナは身体を震わせて怒号を上げる。
「殺されて当然だと? アンタにアリスの何が分かるって言うんだ!」
「問題ばかり起こしてすぐに返品される不良品、それがあの兎耳でしょ!」
「その言い方止めろよ! アリスは物じゃない!」
ハンナは興奮のあまり立ち上がり、これまでの不満を吐き出すかのように声を荒げた。
「奴隷なんて全く等しく物よ! 物として売られて、物として買われる! 死ぬまで誰かの所有物じゃない! それならいっそ殺してやった方が救いになるわ!」
「なっ……」
「奴隷から解放される唯一の方法は死よ! 殺してやれば兎耳は奴隷から解放されるんだから! 兎耳のことを本当に人間扱いしているなら、今すぐ殺して楽にしてあげなさいよ!」
ハンナの振りかざす暴論にヒガナは頭を抱えたくなった。めちゃくちゃなことを言っているはずなのに妙な説得力がある。
混乱する思考の中でヒガナは苦し紛れに言葉を吐き出す。
「アリスを殺すなんて……そんなことできない」
怒りを露わにした形相でハンナは、ヒガナを憎悪に染まった瞳で睨みつける。
「アンタも奴隷を飼う薄汚い人間と同類よ。アンタもイかれた兎耳も………………大嫌いよ」
悔しいが、言い返せなかったヒガナは居心地の悪さを感じ、火の元から離れアリスが寝ている簡易テントの中に入る。
反論できずに逃げて、アリスに縋ろうとしているどうしようもなく弱い自分に吐き気がする。
寝ているアリスの横に座る。その穏やかな寝顔を見たら腹の奥で未だに消えない怒りの炎が少しだけ収まった。
「この子が何をしたっていうんだよ……」
これまでの行いを知らないヒガナにとって、アリスは少し言動が不思議なところがあり、大の男を簡単に倒すことができる力を持ったことを除けば可愛らしい女の子だ。
強さだって、この世界では重要な要素だ。そこに性別は関係ない。
それに、理由なく暴力を振るう少女ではなく、そこには必ず理由が存在していることを知っている。
悪辣な視線や風評はもう沢山だ。
周りがどうこう言おうと関係ない。
「俺は、俺だけは本当の君を見ているから。いざとなったら敵が誰であれ、なんであれ、どんなに多くたって。絶対……絶対にだ」
それは、エマとの会話で誓った想い。
改めて口にして想いを更に強める。
「……嬉しい」
「おーおー、歯が溶けそうな程に甘い言葉じゃの」
「お、起きていたのか?」
誰にも聞かれない前提で言葉を紡いでいたのだが、アリスはしっかり聞いていたようだ。
しかも、ルーチェも起きていたようだ。
「……今の台詞忘れない……しっかり覚えた」
「穴があったら入りたい……」
顔を真っ赤にしながらヒガナは恥ずかしさで俯いた。
×××
翌日の移動中、ハンナはヒガナとアリスから距離を置いて歩いていた。
あまりの露骨さに疑問を抱いたフレットはヒガナに耳打ちをする。
「ハンナと何かあったのか?」
ハンナの名前を聞くと昨晩の怒りが顔を覗かせるが、表には出さないようになるべく感情を殺して返答する。
「少しだけ」
フレットはアリスとハンナを一瞥して、
「すまない。依頼者の同行者を悪く言うなんて」
「謝らなくてもいいですよ」
たとえ謝られても許す気は毛頭ないのだから、謝られるだけ無駄な話だ。
それを察したフレットはバツの悪い顔をする。それからアリスを見て、
「少し彼女と話してもいいか?」
「え? あ、いいですけど」
唐突なお願いにヒガナは一瞬驚きを露わにする。
出会ってからフレットはアリスに自ら話しかけるようなことはしなかった。話したところでちゃんとした会話をアリスがする可能性は彼女の気分次第だ。
因みにアリスはヒガナの少し前で空をぼんやりと見上げている。話しかけて反応するかどうかも怪しいが……。
ヒガナの心配をよそにフレットが話しかけると、アリスは普通に反応してみせた。
話している二人の姿を見てから大きく溜め息を吐いた。
「勇者的ポジションでもなければ、めちゃくちゃ強くなっているわけでもない。それどころか足手まとい。魔術も今のところは使えないし、あるのは苦痛前提の力だけ…………」
背負っているルーチェの位置を調整しながら渋い顔をしていると、腕を何か棒のような物で突かれた。
何事かと思って振り返ると、修道服に身を包んだ魔術師、リノが悪戯に笑う。腕を突いたのは杖のようだ。
「さっきから何ぶつくさ言っているんですか?」
「いや、ちょっとした愚痴を」
リノはヒガナと同じくらいの年代、人懐っこさも相まってメンバーの中では最も話しやすい。
「そういえば何とかの力とか言ってましたけど、ヒガナさんは加護持ちなんですか?」
「あってくれるといいんだけどな」
「変なこと言いますね。加護持っていたら誰かに教えてもらえなくても当たり前のように分かるはずですよ。加護は世界に愛されている証なんですから」
「愛されている、か。つか、加護って珍しいのか?」
「私は生まれてから一度も会ったことがないので珍しいと思っちゃいますけど、王都とかに行けばそれなりにいると思いますよ。ほら、人が多いですから」
リノから新たな世界の情報を聞いていると、先頭を切って進んでいたダリルが足を止めて、フレットたちに合図を送る。その合図に反応したフレットたちはヒガナを守るような陣形を展開する。
この陣形になるということは魔獣の出現を意味する。
ヒガナを含めた全員の緊張感が一気に高まり警戒を強くする。
「──来る」
草むらから飛び出してきたのは巨大な蛇だ。毒々しい色の鱗に覆われ、鋭い牙が生えた口から細長い舌が不気味に動き、爬虫類独特の瞳がヒガナたちを餌として捉えた。
「魔獣風情が白昼堂々と。駆逐してやる」
フレットが長剣を引き抜き大蛇へと疾走する。
大蛇は迫ってくるフレットに標的を定め、尻尾を鞭のようにしならせる。
フレットの進撃を邪魔する尻尾をダリルが割って入り、その巨体で受け止める。大蛇は全く動かせなくなった尻尾に違和感を感じ威嚇音を鳴らす。
ハンナが背中から矢を取り出し、弓を構えて弦を引く。狙いを定め、限界まで引いた弦を離し、矢を射る。
放たれた矢は目にも留まらぬ勢いで大蛇の眼球に吸い込まれていく。
『シャァァァァァァァァァァァァァァ──ッ』
眼球を射抜かれて絶叫する大蛇がのたうち回り、口から毒液を撒き散らす。飛来する毒液をフレットは華麗に躱すが、いかんせん数が多い。
リノは杖を構えて魔術発動の詠唱を行う。
「────、──、──────」
杖に顕現した水が集束し、弾丸のように放たれた。
水の弾丸は撒き散らされた毒液を的確に撃ち抜き、フレットの進撃を援護する。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
フレットの長剣が大蛇の鱗を削ぎ、肉を切り裂き鮮血が吹き出す。繰り出される剣技で大蛇の身体が裂傷に刻まれ、血塗れになっていく。
「ヴゴオオォォォォォ──!!」
巨大な斧を豪快に振り下ろして大蛇の身体を断ち切る──息を飲むほどの切り口の美しさだ。
ヒガナはその戦闘を瞬きすら忘れて眺めていた。対してアリスは戦闘など眼中になく、ふらふら動こうとするのをヒガナに制止されて、やることなくボンヤリと遠くの方を眺めていた。
フレットたちの華麗な連携で難なく大蛇を討伐することができた。フレットたちが勝利を噛み締めながら、互いの健闘を賞賛しているのを見ていたヒガナは顔を僅かに顰める。
彼らに嫉妬したヒガナは無意識のうちに繋ぎ止めていたアリスの腕を強く握り締めた。
魔獣討伐後に襲ってくる安堵と嫉妬の感情はヒガナを縛りつけストレスを蓄積させた。
×××
襲ってきた魔獣を討伐し終えた時には陽が大分沈んできていたので、既にお決まりとなった野営の準備を始める。流石に数日間も同じことをしていることもあり慣れたものだ。
「悪いな、手伝ってもらって」
堅牢な鎧を装備したダリルが重たそうな荷物を肩に担ぎながら、準備の手伝い──具体的には火起こしをしていたヒガナに話しかけてきた。
「ただ見ているだけじゃ申し訳ないですから」
「ハハハッ! 面白い奴だ!」
ダリルと入れ替わるようにアリスがやってきて隣にしゃがんだ。美少女に凝視されながら作業をスムーズにこなすことは至難の技。ましてや女子との接点があまりなかったヒガナの心拍数は上がる一方で、作業が手につかない。
「……火起こし大変?」
「マッチが恋しいくらい大変だ。マッチ凄過ぎるだろ。擦るだけ火が点くとか……文明の進歩ってすげぇや」
「……大変なら手伝う」
アリスが軽く指を振るうと、いとも簡単に火が点いた──ヒガナの努力が完全に無駄になった瞬間である。
何より驚いたのはアリスが魔術を使えることだ。これまでの戦闘で魔術を使った場面は一度たりともなかった。
「魔術使えるなら、最初から手伝ってくれよ」
「……簡単に手の内を見せないようにしてる」
「つか、魔術使えないって言ってなかったか?」
「……それは治癒魔術……ヒガナ、早とちり」
すると、強い風が吹き、アリスが点けた火が吹き消してしまった。消されてしまった火種は黒々とした炭になり、細い煙が漂って焦げた臭いが鼻に不快感を与えた。
アリスは風が吹いた方向を見て、兎耳を垂らしながらポツリと呟いた。
「……うるさい夜になりそう」
「うるさい夜?」
「……乱痴気騒ぎのお茶会、ティーカップが割れる音が聞こえる」
全然理解できない台詞にヒガナは困惑するが、いつもの不思議台詞だと割り切り適当に流した。
だが、アリスの虚ろな表情が嫌に脳裏に焼き付いた。
×××
草木も眠るような静まり返った深い夜に、ヒガナは不穏な空気を肌に感じて目を覚ました。
上体を起こして、やけに痛む頭を押さえながら隣で寝ていたアリスの方を見る。が、アリスの姿はそこにはなかった。
「アリス?」
寝ていたところに手を置くと、人肌の温かさは微塵も感じることが出来ず、地面のヒンヤリとした冷たさだけが手のひらを伝った。
ヒガナは簡易テントから出ると、魔獣避けの焚き火が消えていて異常なほどに静かだった。
「フレットさん? ダリルさん? リノ?」
返答はない。
ハンナの名を出さなかったのは、彼女を完全に拒絶している証拠だろう。
その場から一歩足を動かすと、靴底に奇妙な違和感を感じて動くのを止めた。恐る恐る足を地面から離すと、微妙な抵抗──粘着質の物質、例えばガムを踏んでしまったのと同じ、それ以上の気持ち悪さを覚えた。
「何だ、これ?」
足を上げて靴の底を見ると、粘着質の何かが全体にベッタリと付着していた。
触る勇気がなかったヒガナは足を下ろして、再び足を動かすと、つま先に硬い『何か』が当たった。
それと同じタイミングで雲の切れ間から月が姿を現し、月光が淡く世界を照らし出す。
その『何か』の正体はすぐに分かった。
本来なら単体では存在してはならないモノ。
──首から下が喪失したハンナの頭部だ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ────!!?」
ヒガナは絶叫し、血溜まりの中に尻餅をついた。生温かく、だが少し冷えてきた血が衣服に染み渡る。死の恐怖は思考に完全な空白を生み、全身は震えに拘束されて制御できない。
頭が割れるように痛み出す。
心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえる。
辛うじて動く首で周りを見渡す。
異臭が襲った。
その異臭に顔をしかめて鼻を押さえる。焦げ臭いというレベルではなく、鼻を突くような耐え難い悪臭。
悪臭の正体はすぐに見つかった。
それは、真っ黒に焼き焦げた人間の死体から発せられる臭いだった。
丸焦げにされてからさほど時間が経っていないようで死体の周りの空気が僅かに暖かった。死体の近くには半分まで焼き焦げた杖が転がっていた。
「あ、ああ……」
言葉が出ない。
さらに痛みを増す頭を押さえながら、さらなる犠牲者を見つける。
地面にブチ撒けられたおびただしい量の血。冷め切った空気に触れて、湯気を立てる熱を帯びた内臓の数々。生理的に拒絶してしまう悪臭。
上半身と下半身が真っ二つに切り裂かれた死体。上半身からは内臓が溢れ落ち、血を吐き出す伽藍の洞と化しており、下半身は腸と排泄物を垂れ流す肉の塊に変貌を遂げていた。
その顔はよく見ると、ダリルその人だった。
すぐ近くには血の池を生み出して、蹲って身動き一つ取らないフレットがいた。その身体は見える範囲では隅々まで焼かれ炭化していて、未だに煙が立ち上っている。
あまりにも酷い惨状に堪らずに胃の中を全て吐き出してしまう。
吐いても吐いても、気持ち悪さも、頭痛も全く治る気配がなかった。
「ア、アリス……アリスは……」
口元を強引に拭って、ヒガナは震える脚を殴り無理矢理立ち上がってアリスを求めて歩みを進める。
一つだけ別の──森の方向に向かって進んでいた血の跡に沿って進んでいく。
最早、予感ではなく核心に近いモノをヒガナは感じていた。
意識がブレる。
頭が……痛い……。
「ぐ……あ゛っ……あ゛……」
何度も立ち止まりそうになるが、異常な使命感が身体を動かす。
そして、ヒガナは絶望という名の現実と直面する。
──見るも無惨なアリスがそこにいた。
その光景を見た時の絶望と虚脱感は筆舌にし難いほどにヒガナを苦しめた。
雪のように白くて滑らかだった肌は剣傷と鮮血に塗れ、目を背けたくなるような有様だった。本来あるはずの右腕は肩の辺りから切り落とされ消えてなくなっている。至るところに矢が突き刺さり、腹部には大きな赤黒い風穴が出来ていた。
力無く垂れた兎耳、深海のように濁った虚ろな瞳、半開きの口からはまだ血が流れ零れていた。
「ア、アリス……」
ヒガナは混乱でまともな思考ができないまま、アリスに近寄り抱き寄せる。
全く抵抗がなく、全体重が腕にのしかかるがそんなことを気にしている余裕はない。
死んでしまった。いや、違う。殺したんだ。
自分が無能、無力だったばかりにアリスを殺したんだ。
また、殺した。
殺してしまった。
溢れ出る後悔と悲しみを黒瞳から流しながら、ヒガナは謝罪を延々と続ける。
「ごめん……ごめんな……俺がどうしようもなく無力だったから……君を」
無意味な懺悔を壊れたように続けるヒガナの涙で濡れた頬を何かが撫でた。
それはアリスの血に汚れた指だった。
「アリスッ!」
「……ヒ、ヒガナ……」
ほんの少しだけ開いた瞼からは正気を宿していない瞳孔が覗いていた。
まだ生きていたことに更に涙を溢れさせるヒガナ。
しかし、命の火は風前の灯だ。
アリスは最後の力を振り絞って、ヒガナに何かを伝えようとして口をパクパク開く。
「……い、る……」
「喋らなくていい……アリス、アリス」
「まだ……き……る……」
「アリス? ……アリス! なぁ、アリス! そんな嘘だろ……頼む、頼むよ、頼むから……」
頬を叩いても、身体を揺すっても反応は一向に返って来ない。
──もう、死んでいる。
頭の中で現実が語り掛けるが、無視してアリスに呼び掛け続けた。大粒の涙を流し、声を枯らし、腕の感覚が無くなるまで、延々と。
「アリス、アリス、アリスアリスアリスアリスアリスアリス──うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
その直後、ヒガナの身体に衝撃が走った。
衝撃はつい最近味わったものに非常に酷似していた。
なぜだろう?
背中が物凄く熱い。この熱さの理由が知りたい。
ヒガナは背中に手を伸ばすより前に倒れてしまう。地面に向かって熱さが移動していくのを感じた。
「ぁ……」
ようやく理解した。
命の根源たる血液が背中から溢れているのだ。
感覚で分かってしまう。
何が起こったかは分からない。ただ一つ、背中に致命傷を受けたということだけは分かる。
──誰が?
──何のために?
──どうして?
次々と浮かんでくる疑問は徐々に足音を大きくして近寄ってくる『死』によって掻き消されてしまう。
浮かぶ疑問に悩む暇など既にない。
もう、死ぬ。
また死ぬ。
死ぬ。
死──。
「死にたく……な……」
「──ヒガナさん、そんな」
スオウ・ヒガナは死んだ。




