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ムラハチブ

作者: 夏蜜ねここ

 〈渕八(ぶちは)村〉

 地図にないその村を見つけたのは、ツーリングで山の麓を走っている時でした。この日は天気が良く、緑の映えた初夏の山並みがとても綺麗だったことを覚えています。私はその景色を遠目に見ながら、軽快にバイクを走らせていました。

 予約していた宿へ向かう途中、橋の袂に掲げられた安っぽい看板が私の目を引きました。〈渕八橋及び渕八村入り口〉と、掠れた筆字で書かれています。看板に妙に魅了された私は、ほんの寄り道のつもりで吊り橋を渡っていきました。

 橋から少し行った処で視界が開け、両側にぽつりぽつりと民家が見えてきました。ですが、廃虚かと思うほどひとけがありません。不安を感じ始めたあたりで、急に何者かが私の前に飛び出してきました。私は人に出会った安心感と、危うくぶつかりそうになった恐怖心とで、言葉がつっかえて出てきませんでした。初老の男は、ギロリと私を睨んで告げます。

「悪いことは言わねえ、すぐに引き返せ」

 事故になりかけたことを責められると思っていた私は、彼の言葉が理解できずに、ただ呆然としていました。男はさらに語気を強めて私に詰め寄ります。

「スドウヤスヒコ、大事にならないうちに今すぐ帰るんじゃ」

「なぜ、私の名前を……」

 老人は私の言葉を遮って、スマホの画面を見せてきます。失礼ながら、こんなど田舎のお年寄りでも最新機器を使用するものだと感心してしまいました。

「これはお前さんだろう」

 とあるSNSの画面には、あの看板と一緒に中年の男が並んで写っています。その写真は紛れもなく、先程私が投稿した写真でした。

「この村はなあ、観光資源が一つもないうえに、えらく排他的なんじゃ。そのくせ、必要以上に他人に興味があるやつしかおらん」

「……と言いますと」

「つまりお主は既に包囲されておる。『良いね』が村中の人間で埋まる前に、写真を消して逃げるんじゃ」

 私は震える手で写真を消すと、老人に軽く礼をしてから一目散に村を後にしました。村を出るまで人影がないのに、あらゆる方角から視線を感じるのはとても気味の悪いものでした。

 あれ以来、私は渕八村には行ってません。行こうとしても看板が見当たらないのです。でも、きっとどこかで村の『良いね』を探している――未だにそんな気がするのです。

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