幕間.沈黙の丘
空は赤く、地は灰色に。
風は凪ぎ、音は無い。
沈黙の丘に、少女は立っている。
見上げれば、無情に流れ行く雲。
見下ろせば、無残に転がる屍の山。
見渡せば、地平線まで続く死の川が流れている。
それらの全てが、罪悪と虚無を責め立てる激情となって襲いかかる。その侵略を一身に受け止め、少女は佇んでいた。
崩れ落ちそうになる身体を、心許ない面持ちで支え……せめて、それだけが自分に出来る事だと信じている。
ふと、遠くに音が聴こえた。
先を見れば、一人の少年が跪いている。
灰を被り、血に塗れ、音にならない嗚咽と悲嘆が、少年の口を動かす。
「 ……っ!!」
両手で顔を覆い、幽かに全身を震わせながら叫ぶ姿を見て、捨てられた迷い子のようだと少女は思った。
孤独な彼を「救いたい」と、心から願う。
駆け寄ろうとした姿勢は、一歩も踏み出せずに妨げられる。背後から、視線と気配を感じた。
「……」
恐る恐る振り向くと、それは居る。
人と変わらぬ大きさではあるが、人では無い。
黒く染まった四肢を地に根付かせ、屍の如き褐色の胴をもたげる。その背から、宵闇を思わせる翼が生えそびている。
真白い双角を上げ、灰色の鬣を流し、瞳は金に煌々と燃えたぎる。
竜――という言葉が少女の脳裏をよぎった。
伝説と、おとぎ話の中にのみ存在を語られる厄災の化身。
灰物とも呼ばれるそれが今、目の前に立っている。そして、少女を憐れむかのような眼差しを向けている。
不思議に恐怖は感じない。けれど、全てを見透かすかの如く灯り点いた瞳孔を浴びて、少女の内に矛盾した二つの感覚が生じた。
母の胸に顔を埋める事に似た安堵と、嘘によって覆い隠した罪を曝かれ、晒されるのではないかという不安感。
矛盾は、けれど「いっそこのまま身を委ねてしまいたい」という思いで繋がり、不和なく同居する。そして少女の呼吸を止めて、視線を奪い取った。
「 」
竜は何も言わない。少女もまた。
お互いを見つめる視線は、どこか遠くを眺めるかのようでもあり、それ故に交わる事はない。
沈黙の丘は誰の記憶か、誰の夢か。
それは誰にも分からないまま、誰かの目覚めと共に葬り去られた。