炎の剣エルシッド 1
歴史物ですね。読み直すとこれはこれなんですが、どうしても馴染みの薄い時代なんで説明ぽくなってしまいボツに
時は中世、11世紀スペイン。
レコンキスタと呼ばれる時代。
後にスペインにおけるキリスト教徒によるイスラム教徒からの再征服とされる時代だ。
だが、実際はキリスト教とイスラム教の戦いという単純なものでない。
8世紀から始まるキリスト教徒とイスラム教徒の争いは複雑化し、互いの思惑は複雑に絡み合っていた。
1063年、イスラム教国であるサラゴサ王国。
これをキリスト教国であるアラゴン王国のラミロ1世が攻めた。
一見して矛盾は無い。
だが、このサラゴサ王国が救援を求めたのはキリスト教国であるカスティーリャ王国であった。
カスティーリャ王国は王太子サンチョを派遣し、サラゴサを包囲するアラゴン軍を攻めた。
この戦いにおける両軍の数は諸説あるものの、万を超えぬ数千人といったところだろう。
戦場に着くや、武勇の王子サンチョは即時攻撃をかける。
サンチョの陣は槍兵が並び、後ろに投石兵や弓兵が、またさらに後方に騎兵が陣を構える伝統的なものだ。
槍兵と弓兵が争い、前線が混乱したところを騎兵が攻める。
だが、この騎兵が尋常ではないのだ。
恐れを知らぬ先頭の騎士が槍を構え、敵中に乗り込んだ時より異変は起きた。
槍は容易く敵を貫き、槍が折れれば剣を振り回して敵陣をズタズタに引き裂いていく。
次々と彼に挑む騎士はいずれもすれ違いざまに落馬し、続く騎兵の馬蹄にかけられた。
強い。強すぎる、と言ってもよい。
乱戦に身を置き先頭を駆ける勇気、人並外れた巨体、剣技、馬術、この男の全てが常識外だった。
その剣は振るわれるたびに火花と血しぶきを撒き散らし、とどまるところを知らない。
男が吠えればその気迫は天を衝き、地を揺るがした。
いつの間にか彼に挑む敵はいなくなり、戦は自然と追撃戦へと移行する。
男は血に飢えた目をぎらつかせ、ついにはラミロ1世の本陣まで――否、本陣だった場所まで駆け抜けた。
もはやアラゴン軍は跡形もなく崩れており、本陣などどこにもない。
誇張ではなく、男が馬首を向ける先で敵は逃げたのだ。
あわれにも単身で逃げ出したラミロ1世は辺境民の兵士に追い詰められ討ち取られたという。
つまり、国軍のだれもが王の身辺を気づかうこともできぬ恐慌状態だったのだ。
サンチョ王子を中心にした騎兵隊の突撃はアラゴン軍を粉砕した、と史書は伝える。
だが、その表現は正しくないだろう。
1人の男が数千の軍を圧倒し、勝利したのだ。
それは一種の奇跡と言ってもよい。
この男の名はビバールのロドリゴ。
この戦いは若きロドリゴが世に出る契機となった。
後に『エル・シッド』と呼ばれ『カンペアドール』と讃えられた伝説的な騎士だ。
ロドリゴの人生は数々の勝利と栄光で彩られ、驚異と冒険に満ちている。
だが、この男がキリスト教世界とイスラム教世界――2つの世界を揺るがすには、まだ時を置かねばならない。
時代はまだ、この若者が放つ輝きに気づいてはいなかった。