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ヴェンドニア戦記 1

戦記ものです。キャラクターをうまく動かせなくなり断念

王都、世襲紋章官フォン・メーベルト家。


「は? 遺領の相続ですか……?」


厳しい冬の到来を告げる北風の季節。

我が家に迎えた見知らぬ客人は不思議な用件を告げた。


我が家の生業(なりわい)は紋章官。

領地を持たず、俸祿(ほうろく)(給料のこと)で王に仕える下級貴族だ。


王国成立より240年。

以来ずっとこの状態だといえば我が家のうだつのあがらなさがご理解いただけるだろうか。


むろん、遺産相続するような近親に領地貴族などいない。


「はい。ルドルフ・フォン・メーベルト卿はバッヘルベル男爵の相続者に間違いございません」


このがっしりとした初老の男性はヨーゼフ・ベーリヒといい、バッヘルベル男爵の家宰だそうだ。

とっぴな話ではあるが、どうも冗談や人違いではないらしい。


「はて、バッヘルベル……東方の男爵でしたか。しかし心当たりがーー」

「いえ、亡くなられた男爵はメーベルト卿の祖母ヘルミーネ様の父にあらせられます」


このベーリヒの言葉を聞き、俺の口から「はっ?」と間抜けな声が飛び出した。

たしかに婆さんは田舎貴族の出身だとは聞いていた。

しかし、もう40年も前に亡くなっており、俺は祖母の顔も見たことはない。

ひい爺さんが生きているなどと想像したこともなかった。


「あの、聞き間違いでなければ男爵は私の曾祖父になるのでしょうか? かなりのご高齢だったのでは……?」

「はい。97才を迎えたばかりでした」


それはすごい、人とはそれほど長く生きられるものなのか。

60才まで生きられたら長寿と言われる世の中、俺も97才の人は見たことがない。


ただ、その長寿ゆえに近親者がことごとく先に亡くなってしまい、孫の代で直系も絶えてしまったのだとか。

長生きは理屈抜きでめでたいことだが、晩年は寂しい人生だったのかもしれない。


俺は年明けに27才になるので70才差の相続だ。

ここまで身内がいなかったと想像すると、こちらまでセンチな気分になってしまう。


「こちらが財産の目録と領地の地図になります。管財のために人を雇われるのでしたらーー」


地図とは軍事上の機密、門外不出の資料である(王都には写しが保管されているだろう)。

これを渡されることは間違いなく土地の支配者になるということだ。

俺は古い羊皮紙にズシリとした重みを感じた。


「いえ、代官ではなく、私が男爵領に赴きましょう」

「しかし……領地には男爵が住まわれていた屋敷こそありますが、僻地でございます。それにメーベルト卿は王都での騎士職がおありでは?」


たしかにメーベルト家は世襲貴族。いわゆる騎士だ。

だが実態は何の張り合いもない資料整理をもっぱらとする紋章官である。


その昔、紋章官は伝令も兼ねた名残で武官あつかいだが、今では貴族家の紋章の記録くらいしか職務がない。

儀式や典礼などでしか仕事がない正真正銘の閑職だ。


「たしかに。ですが縁あって相続するならば人任せにはしたくない。家督は弟に継がせ、私は別家をたてましょう」


俺も父から家督を継いで8年、何も生み出さない職務には退屈しきっていたところだ。

それに、王都で上の顔色を見ながら愛想笑いを続けるくらいなら、田舎で殿様をやりたい俗物根性もある。


「それはいけません。名門メーベルト家に迷惑をかけるなど、とてものことで……亡き男爵が喜ばれるとも思えません」

「いやいや、古めの家系ですが名門などとはとんでもない。それに私は独身で身軽、愚弟も養子の口なく部屋住み(居候)で無聊をかこち久しい身。我々にとって天から降ってきたような良縁です。ぜひとも私にバッヘルベルを継がせていただきたい」


思いつきではあるが、家督をゆずり在地貴族として第2の人生を送る。


辺境で異教徒と戦い、未知の土地を冒険するのだ。自らの力を存分に試し、家名を上げることもできるかもしれない。

男爵ともなれば時には夜会を催すだろう。王都の経験や異教徒との戦を子供や領民に語り聞かせることもあるだろうか。


若い頃は辺境で戦い、老いて土地を守りながら尊敬を受け、のんびりと暮らす。

それはとても甘美な想像だった。


「年が改まり、雪解けと共に参りましょう。それまでに相続などの諸事を済ませておきますよ。フォン・メーベルト・バッヘルベル家の当主としてね」

「……望外のご高慮、言葉もございません。家臣一同、屋敷を清めルドルフ様をお迎えできる日を楽しみにしております」


俺が言外にバッヘルベルの家名を残すと告げると、ベーリヒは涙を流さんばかりに感激し、うやうやしく頭を下げた。

よほど男爵に忠義を尽くしてきたのだろう。


我が家の雇い入れの使用人にはない忠心を向けられ、俺は思わず気恥ずかしくなった。

これが土地の縁、繋がりというものだろうか。


「俺は見習い領主。ベーリヒにはなにかと教えを受けねばならない立場だ。気安くしてほしい」

「……もったいなきお言葉。この老骨、最後の奉公とさせていただきます」


俺が『気安く』と口にしてもベーリヒは分をわきまえ、それを越えることはない。

古き良き時代の主従とはこうしたものだったのだろうか。


「それは気が早い! 97才まではまだまだ間があるだろうに!」


俺が笑うとベーリヒはつられて笑みを見せた。それは苦笑いに近いかもしれないが、なんとも愛嬌がある良い顔だ。


「ベーリヒは幸運の使者だ。今日は我が家で泊まってくれ。家族は弟しかおらぬが紹介したい」

「とてもとても、おそれ多いことで……」


ベーリヒは厳めしい体を縮め、しきりに恐縮し、俺は「男同士のことだ」と無理を押す。


こうして、俺は領地を得て男爵となった。

この時の俺は、自らの領地がユートピアのようにも思われ、ただただ楽しみでしかなかった。


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