老騎士拾番勝負3
「これはどうも、私などのおよぶところではございません」
立会の後、騎士ケンプは深々と頭を下げて伯爵領の代表を辞した。
しかし、その両目にはギラギラとした闘志が宿っており、気落ちした様子はない。
「アーレンス卿……5年、いや7年、鍛え直してまいります。いま一度、7年後の同じ日にご指南をいただけませんか」
「何をバカな、俺が7年後に何才だと思っていなさるのだ」
「バカだと嘲笑われても仕方のないことです。しかし、いま一度」
冗談だと思ったグスタフだが、思いもよらぬ騎士ケンプの思いつめた様子に「承知した」と言わざるをえなかった。
孤剣を頼りに生きる剣士が負けたのだ、雪辱を期すのは当然のことである。
「アーレンスよ、長生きする理由が増えたな。養生せい」
「ははあ、そんなに長生きしてはたまりませぬよ」
グスタフは頭をかきつつ伯爵をはぐらかした。
言うまでもないことだが、剣術は勝負ごとである。長く続ければ思わぬ恨みも買うし、こうしたしがらみも増えるものだ。グスタフを仇として狙う者も片手では数え切れぬだろう。
だが、まさかこの年で7年後の再戦を誓うことになるとは思いもよらぬことだった。
(7年後にはさすがに勝てまい。70の声を聞くころに木剣で殴られるハメになるとは面倒な……これもララのわがままのせいだ。いくら子供とはもうせ、こうまで甘やかすものでもないわ)
もうじきララは17才になる。
これは結婚適齢期に差しかかった立派な女性であるが、グスタフはどうにもララが5つや6つのころの印象が抜けていない。
一方のララもこれを理解しており、うまくグスタフに甘えているのだから双方ともに呆れるほかないが……これで互いに『己が支えているのだ』と信じ切っているのだから世話もない話だ。
年は祖父と孫ほどに離れているが、これはこれでなかなか良い相棒なのだろう。
それはともかくとして、こうしてグスタフが王都に行くことは決まった。
もともと伯爵に仕えるといっても家中においてグスタフはなんら役目らしいものにも就いていない。
領地も甥に譲り、家族もない身軽な身だ。
「アーレンスが王都で名を高めることは、ひいては我が名誉となる。壮行の宴を一席設けたいがどうかな」
「いえいえ、大げさなことをされては負けたときに恥ずかしうございますので……アーレンスも老いぼれたと笑ってお許しを」
「そうか、しかしアーレンスが再び世に出ることは嬉しいことよ」
「つまらぬ老人に優しきお言葉、ありがたく――」
伯爵の気づかいをグスタフは辞退した。これは失礼なことではあるが、騎士ケンプへのいたわりでもある。
宴会で試合の経緯を語れば騎士ケンプにも話題が及ぶだろう。負けた試合を掘り返されるのは面白いことではない。
(ケンプほどの剣士を老人に負けた晒し者とするのは気の毒なことだ)
これより2日目の朝、ララの両親に空き家の管理だけを任せ、グスタフはそっと伯爵領を発った。ララと老馬のみを供として。
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「勝てて良かったねえ、先生」
「まったくのんきなことだ。お前のせいで俺は近い将来、鍛え抜いたケンプ卿に殴られねばならんというに」
騒がしく王都への道を行くのはグスタフとララだ。グスタフは慣れ親しんだ老馬に、ララは旅の荷を運ぶラバにまたがっている。
ラバとは雄のロバと雌のウマの交雑種で、病に強く粗食に耐えるため、荷運びなどによく用いられる家畜だ。力持ちでよく働くが、種間雑種のため繁殖力はない。
「7年も先の話じゃないか、なんで怖がるのさ。変な先生」
「バカな……こうしておるときもケンプ卿は俺を倒す工夫研鑽を練りつくしておるわ。老いを重ねた俺ではとても勝てぬ」
「ふうん、勝った相手でも?」
「ああ、負けたからこそバネにして力をつける――そんなものさ」
「そんなものかあ」
この危機感の差はグスタフとララの年の差による感覚のズレだ。
16才のララには7年後ははるか先の未来に感じることだろうが、60才のグスタフからすればあっという間のことである。
老人の時間感覚は若者には理解できぬものなのだ。
「でも次は王都見物はかかってないし、別に負けたっていいよ。こぶを作っても私が看病してあげる」
「ははは、お前に治療されては尻の皮と面の皮を縫い合わされそうで恐ろしい。かんべんしてくれ」
憎まれ口をたたくグスタフにララは「べー」と舌を出して笑う。
伯爵領は西の果てにあり、王都は遠い。退屈な長旅に気心の知れた道づれは何よりのものなのである。
また、寂しい街道にララの甲高い笑い声が響いた。
なにやらグスタフがまた憎まれ口をこぼしたようだ。
最近、田舎の剣豪が王都で活躍する話を読みまして
自分ならどう書くかな? と練習に書きました。