エレジー先生と黄色いオバケ
友達のナノが黄色いオバケを買ってきた。手のひらに乗るほどの大きさで、丸めたティッシュよりも軽い。
オバケはエレジー先生の病院へ来た途端、ひょいひょいと飛び回ってカルテの棚を綺麗にしてくれた。
「エレジーね、ずっとこんなオバケが欲しかったんだ」
「そうですか。カルテ全部なくなっちゃいましたけど大丈夫ですか」
「大丈夫だよ。エレジーが言うんだから間違いない」
エレジー先生は綺麗になった棚にたまごパンと塩せんべいを乗せておいた。黄色いオバケはそれもあっという間に食べた。ナノは安心して帰っていった。
患者たちが来ると、黄色いオバケは全員の熱をはかった。そして額に数字を焼き付けてくれた。38度以上ある人には帰ってもらったので、診療がスムーズに済んだ。
黄色いオバケはエレジー先生に懐いているようで、そうでもなかった。オバケ、と呼んでも反応しない。撫でても喜ばない。でもおやつのクッキー缶を開けるとすぐに飛んでくる。
「これが好きなの? エレジーもだよ」
大きなチョコチップクッキーを、オバケは一人で30枚も食べてしまう。エレジー先生は少しむっとしたけれど、待合室を掃除してもらったばかりなので許すことにした。黄色い炎に変身し、いつまでも残っていた小太りの男子学生を焼き払ってくれたのはありがたかった。
黄色いオバケはエレジー先生について帰り、カーテンレールの上で眠った。ぷうぷうと寝息を立てて、レモンミルク飴をたくさん作った。
「これはあんまり好きじゃない。いちご味にして」
オバケは知らん顔で、毎晩レモンミルク飴を作った。エレジー先生は病院でそれを配り、代わりにいちご飴をもらった。
カルテが毎日なくなるので、エレジー先生は患者のことがよくわからなくなった。
患者は少しずつ減っていき、この世から病気がなくなっていくようだった。
診療時間はだんだん短くなっていき、クッキーの減りが早くなった。
「エレジー怠けすぎ。働け」
友達のテディが来て、クッキー缶を取り上げた。中身は空で、黄色いオバケが最後の一枚を大切そうにかじっていた。
「ナノってろくなものくれないよね。何この不細工なオバケ」
「この子はいい子だよ。エレジーが言うんだから間違いない」
テディはさんざん文句を言いながら、今日来た患者のカルテを新しく作ってくれた。オバケはテディにまとわりつき、額にブタの烙印を押した。
「あのね、僕のイメージはクマなの! テディといったらクマでしょ。ブタじゃない!」
「この子に言ってもわからないよ」
オバケは珍しく、エレジー先生のポケットに入ったまま家まで帰った。エレジー先生が先に眠ってしまうと、枕元でいちご飴を作った。トマトとにんじんを混ぜて作ったので、まったくいちご味にはならなかった。
ある朝、オバケは行ってしまった。エレジー先生が飛行船の話をしたからか、お腹が膨れすぎて降りてこられなくなった患者を見たせいか、ふいに窓から飛び出し、小さく手を振って飛んでいった。
「もう戻ってこないんだね。わかる」
エレジー先生はそれでもしばらく窓を開けておいた。オバケは帰ってこなかったけれど、その日の診療ではたくさんの患者に感謝された。綺麗なカルテがそろっていたので的確な診断ができたのだ。ブタに感謝して、とエレジー先生は言った。
前の晩までオバケが入っていた花瓶からは、やがて茎が伸びて大きなグラジオラスの花が咲いた。オバケと同じ黄色で、ふんわり薄い花びらをしていた。夜になっても花は閉じず、レモンミルク飴をぱらぱらとまき散らした。
「オバケ、いなくなっちゃったんですか。また買ってきますか」
ナノはグラジオラスの花を見て、少し申し訳なさそうに言った。
「いや、いいよ。オバケよりブタのほうが便利だから」
「ブタですか。私、ブタの生姜焼きで焼きそば作ります」
エレジー先生はテディを呼び、テディは友達のプリズムを連れてきた。プリズムは親切なので、グラジオラスの花もレモンミルク飴もナノの料理も全部褒めてくれた。
「そんなオバケがいるなんてびっくりだな。俺のところにも来てほしいよ」
「来ないと思うよ。プリズムは何でも自分できちんとやってるから」
ナノの作った焼きそばは生姜の味しかしなかった。わざわざ集まって食べるものじゃない、とエレジー先生とテディが同時に言ったので、声が重なってナノにはよく聞こえなかった。
「そうですか。じゃあまた作りますね」
エレジー先生は窓の外を見た。澄んだ空に浮かんでいる雲の一粒一粒が、黄色く染まって降りてくるところを想像したけれど、そんなことは起きないとわかっていた。エレジー先生が思うのだから間違いなかった。