4話
トゥーンランドには死海の森と呼ばれる超危険地帯がある。
それは丁度トゥーンランドのはずれにあり、すぐ横にはメル一族の街がある。
というかメル一族は死海の森からやってくる鬼蟲と呼ばれる化け物達を駆逐する為にこんな辺鄙な場所に街を作ったのだ。
トゥーンランドでは力の強さが全てだ。
並外れた力を持つメル一族は本来ならばトゥーンランド城近辺に街を作るのが普通だろう。
だが、鬼蟲を屠る事の出来る一族はメル一族を置いて他には存在せず、トゥーンランドを守る重要な役目を果たしているのだ。
そこで俺は眠りについたゾフィーを置いて静かに家を出た。
あれから自分の置かれた状況を理解した俺はまっすぐ森の中の道なき道を進む。
日はとっくに沈み、真っ暗闇だというのに、迷いなく進む自分に驚く。
「見える。見えるぞ! なんだこの目は……まるで暗視ゴーグルみたいに木や草がはっきりと見える!」
メル一族が優れている部分の一つはこの眼だ。
メル一族の瞳は暗闇を見通し、どんなに素早い動きでもスローに見えるほどに動体視力に優れている。
……そういえば作中では目の前に降ってくる雨粒の数を全部数えてたやつがいたな……今度試してみよ。
俺は独りごちながら進んでいくと、巨岩の壁にぶち当たった。
「やっぱりここから向こうが死海の森か……って俺ん家、死海の森の目と鼻の先じゃねーか! どんだけメル一族から冷遇されてんだよ!」
俺の家……というか小屋はメル一族の街から少し離れた森の中にある。
しかもどうやら死海の森とトゥーンランドを隔てる最前線にあったらしい。
トゥーンランドと死海の森の境界線には、高さ50mはある岩で出来た巨壁がある。
この巨壁を超えた先には人知を超えた強さを持つ鬼蟲がうようよ生息しており、例えメル一族といえども容易く生きて帰る事は出来ない。
俺は暗闇の中、真っ直ぐ上を見上げて壁の高さを確認する。
「結構高いな……でもなんかいけそうな気がする……」
そう言った瞬間、俺は岩に足を掛け、思いっきり地面を蹴った。すると体が紙のように軽く跳ね、周りの風景が流れるように変化する。
俺は気が付けば50mの巨岩の壁の頂上にいた。
「すげー! この体は本当にすごい! まるで前の体が鉄で出来てたみたいだ! これ……体が軽すぎて飛べるんじゃないのか? それに速度もどんだけだよ……車より普通に速いじゃねーか!」
俺は自分の体の思わぬスペックに戦々恐々とする。確かにこの体の性能ならば、あの鬼蟲にも勝てるかもしれない。
だが、逸る気持ちを抑え、俺は真っ直ぐ壁の向こう側、すなわち死海の森を見渡した。
「……っ!」
雰囲気ですぐに分かる。
この森はドス黒い瘴気の塊である事が。この森は欲しているのだ……新鮮な血と肉を。
さらに遠くを見ると無数の蜂の大群が森の上空に飛び交っているのが見える。
ブッゥゥゥーンッ! と耳障りな羽音が聞こえてきた。
よくよく見ると、蜂の大群は巨大な動物を襲っている。
「……っ!」
俺は息を殺し、己の存在を消すように素早くうつ伏せになった。
あれは……蜂型の鬼蟲! この近辺では最も厄介な鬼蟲の一種だ! 体長約2m、性格は超獰猛で動くもの全てを攻撃する。
あの鋭い針で刺されたものは中身がドロドロに溶け、皮だけになるまで吸われ続けるのだ!
そんな化け物が一匹でも厄介だというのに、大群で何かに群がっている! 絶対に今奴らに見つかってはならない。
それに……あの襲われている動物は……あれは飛龍か!
小型のドラゴンまでも鬼蟲にとってはただの餌なのか……!
この世界にはドラゴンやユニコーンといった現実世界では幻想上だった動物が生息している。
そのどれもが比類ない力を持っているのだが、食物連鎖の頂点は彼らではない。頂点に君臨しているのは鬼蟲だ。
体長数mを誇り、赤黒い瞳が特徴の鬼蟲は、そのどれもが厄介な能力を持っている。
見た目は何かしらの虫なのだが、もはやそれは虫と呼んでいい存在ではなく、人類の天敵、化け物だ。
その生態は未知に包まれ、どのように発生するのかさえ全く分かっていない。
ただこの鬼蟲の大好物は人間であり。
時たま大群でトゥーンランドを襲ってくる事もある。
原作でもいったい何人の騎士達が命を落とした事だろうか。……これが、死海の森……か。