エピローグ
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁ……はぁっ…………」
それから俺とメル・ナルクは三日三晩、戦い続けた。
戦いの余波は凄まじく、気付けばトゥーンランド城は半壊していた。
玉座の間は見る影もなく、見事な更地となっており、白銀色に輝く満月が夜空に浮かんでいた。
途中駆けつけに来た騎士達はあまりの俺達の戦いの凄まじさに手も足も出ず、じっと見守る事しか出来なかった。
このまま永遠に続くかと思われたこの戦いだが、終わりは突然やってきた。
「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……俺の……勝ちだ……ナルク……!」
「……………がフッ……!」
俺は息も絶え絶えになりながらも、倒れ伏すメル・ナルクを見下ろす。
メル・ナルクは真っ赤な血を吐き出し、目の焦点すら合っていない。
まさに死に体といったところだが、それはこちらも同じだ。
メル・ナルクは強かった。いや、あまりにも強すぎた。
創造神・ホルスの力が無かったら手も足も出なかっただろう。
死を与える無敵の重力にもメル・ナルクは何度も耐え切り、立ち上がって向かってきた。
何度命を潰しても不死鳥のように立ち上がってくるその姿はまさに鬼神の如し。
世界最強の名に恥じない鬼神ぶりだった。
だが持久戦に持ち込むにつれて徐々に俺とメル・ナルクの趨勢が決してきた。
俺はメル・ナルクの圧倒的なパワーに何度も瀕死の重体に追い込まれたが、創造神・ホルスの生の力によっ
て何度も回復する俺に対し、前回の戦いで俺に片目を潰されたメル・ナルクは十分な黄金の瞳の力を発揮する事が
出来ていなかった。
最初は圧倒的だったメル・ナルクの優勢が徐々に俺に傾き始め、最後にはギリギリのところでメル・ナルクを倒す
事に成功した。
「……見事だった。メル・キヲラよ……よくぞ余を打ち破ってくれた……。これからはそなたがトゥーンランドの王
だ……」
メル・ナルクは息も絶え絶えに言葉を発した。
既に片目だけになっていた黄金の瞳に光は無い。
とっくの前からメル・ナルクの瞳は何も映っていなかったのだろう。
「……素直に王の称号を受け取ろう。メル・ナルク……いや、漫画“トゥーンランド”原作者の一人、原作担当
よ……」
「…………! ……ふ……はは、やはり……気付いていたか……そう、余こそ“トゥーンランド”の産みの親だ……」
そう、メル・ナルクこそが創造神・ホルスが言っていたもう一人の原作者、話を作る原作担当だった。
よく考えてみれば簡単に分かった事だった。
本来のメル・ナルクならば、俺がメル・ナルクに追い詰められた場面で俺を見逃すはずがなかったのだ。
原作のメル・ナルクはあそこで俺を見逃すような甘さを持ち合わせてはいない。
そこで俺は長年ずっと疑問に思っていた事を尋ねた。
「……どうしてあんたはあんなに面白い漫画を描いていたのに、最後になって放り出すような真似をしたん
だ……? 俺はあんた達の漫画をずっと待っていたんだぞ……」
そう、それこそが一番の疑問だった。
初めて漫画“トゥーンランド”を読んだのは小学生の時、あの時の興奮は今でもよく覚えている。
緊迫した展開に魅力的なキャラクター達。こんなに素晴らしい漫画を作る人は本当の天才だと思った。
それからも面白さを損なう事はなく、物語は進んでいき、俺は気付けば中学生、高校生、大学生へと進んでいっ
た。
まさにこの漫画は常に俺の青春と共にあったと言っても過言ではない。
思い入れが深い作品なだけあって、連載がストップした時は本当に驚き、悲しんだものだ。
俺の真剣な思いが通じたのか、メル・ナルクはポツリポツリと話し始めた。
「……物語の出来は結びで決まる。余は読者の期待をいつの間にか恐れてしまっていた。広げすぎた風呂敷を畳む
のは容易ではない。……余は自分で描いたこの物語の終着点が分からなくなったのだ。そんな時、気付けば余は自
分が作ったトゥーンランドのキャラクター、メル・ナルクになっていた……」
……っ! お、俺と同じ……!? この原作担当も俺と同じ境遇だったのか……!
俺は少しメル・ナルクに親近感を覚えた。
「……そこで余は自分が作った世界とよく似たこの世界で、物語の終着点を見極めようとした。そこで現れたの
が……メル・キヲラ……そなただったのだ。あまりにも強大な余の力からまさか自力で逃れるとは思わなかった。興
味を持った余はそなたの終着点を見たいと思ってそなたを生かしたのだ……」
……そういう事だったのか。俺がゾフィーを助けに谷底へ飛び込んだ時、確かにメル・ナルクは笑っていた。
その顔はまるでずっと探していたものが見つかったかのような子供の浮かべる無邪気な笑みだった。
俺はあの時の違和感の正体にやっと気付いた。
「……メル・キヲラ……余はずっとそなたを見ていた。本来の主人公を失ってもなお、鬼愛羅を倒したその執念……
見事だったぞ。そなたは余が期待していた以上に、素晴らしい主人公となった……もはや、この世に悔いはな
い……」
メル・ナルクの顔は晴れ晴れとしており、死に体だというのに顔を綻ばせていた。
「……俺がここまで来られたのはゾフィーや死んだ仲間達……そしてあんたの相棒・創造神・ホルネスティのおかげ
だ。……メル・ナルク……最後に聞きたい……あんたはこれからどうするんだ? 俺は創造神の最後の力で、あんた
を生かす事も殺す事も出来る。あんたの渇きは……癒されたのか……?」
俺は静かにメル・ナルクの言葉を待つ。メル・ナルクはきっぱりとした口調で言った。
「……余はな、どうしても“トゥーンランド”の続きが描きたい。描きたくてしょうがないのだ。読者の期待なぞもう
恐れはしない。ただ描きたいと思う事を描く。そんな当たり前の事を余は忘れていた。余はメル・キヲラ……そな
たに感謝している。そなたが余に思い出させてくれた。だから……頼む。余をこの世界から解き放ってくれ……向こ
うには作画担当の奴が余を待ってくれている……余の渇きはとっくに癒された……」
俺は晴れ晴れとした顔で俺を見つめるメル・ナルクを見て、決心をした。
「……その想い、向こうに行っても忘れないでくれ。俺も数十年したら向こうに戻る。その時は絶対、“トゥーンラ
ンド”の最終回を読ませてくれ。きっと名作として語り継がれているだろう。その時を楽しみにしているよ」
俺は静かに右手をメル・ナルクへと伸ばした。
「……感謝する。メル・キヲラ……トゥーンランドが完結したらさっそく続編に取り掛かるとしよう……んん、主人
公はメル・キヲラ……という名にして題名は……そうさなぁ……“ワンダーイン・トゥーンランド”なんてのはどう……
だ……ろ……う……か……」
俺の右手がメル・ナルクの胸に触れた瞬間、メル・ナルクの心臓の鼓動がピタリと止まった。
ゆっくりと瞳を閉じ、メル・ナルクの呼吸は永遠に停止した。
その瞬間、俺は確かにメル・ナルクの体から何かが抜け出ていくのを幻視した。
同時に俺の体からも何かが抜け出ていく。
俺は静かに夜空を見上げた。
すると満天の星空に2つの光の柱が天に登っていく。
『『ありがとう……メル・キヲラ……』』
俺は確かにその時、メル・ナルクと創造神・ホルスの言葉を聞いた。
きっと二人はこれから漫画“トゥーンランド”を完結させる為、再び協力して漫画を描いていくのだろう。
その中ではイヴ・テレサやベル・マルス、ジル・ランドットも生き生きと描かれているに違いない。
彼らはそこで確かに生きているのだ。
だがその物語を目にするのは俺がこの世界で天寿を全うした後になるだろう。
今は、俺がこの世界の主人公として新しい物語を紡ぎだしていかなければならない。
やる事は山積みだ。これから様々な困難や壁にぶち当たるだろう。
だが……俺はこの世界が好きだ。
きっとゾフィーもドロシーも俺を助けてくれる。
俺は輝かしい未来に想いを馳せて、もう一度満天に輝く星空を見上げた。
完