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33話

 俺は再び地面を蹴ってジル・ランドットの元へ向かった。


後ろを確認するとドロシーもギリギリのところで追いかけてきていた。


流石は棋聖院でもナンバー2の実力者だ。


一刻も早く到着する為にかなりの速度で飛ばしているのだが、流石だな……。


俺はドロシーの評価を改める。


次第に遺跡に近づくつれ、再び鬼愛羅特有の邪悪な気配が強まっていく。


鬼愛羅があまり大きく移動していない事からまだジル・ランドットは持ち堪えているのだろう。 そう俺は当たりを

つけて速度を上げた。


ジル・ランドットは強い。彼はマルスの師匠であり、何度も格上との戦いでも勝利を納めてきた本物の猛者だ。


いくら鬼愛羅が相手とはいえ、やられるはずがない。


俺はそう自分に言い聞かせ、祈るように遺跡、いや生贄の祭壇にタンッ! と降り立った。


「……っ! ……そんな馬鹿な……」


俺は目の前に繰り広げられていた光景を見て目を見開いた。


「はっはははあぁぁあはあはははっっはぁああ!!」


気色悪い笑い声を上げて、鬼愛羅は再び姿を一変させていた。


背中には一対の天使のような翼、顔にはペリカンのような大きなクチバシが生え、片手には皮一枚になったぺらぺ

らのジル・ランドットが握られていた。


……まさか……ジル・ランドットもやられたというのか!?


嘘だ……有り得ない……!


「はっははぁあ……キヲラァ! まさか自分から会いに来てくれるとはねぇ……! このジル一族の者……全く手こず

らせてくれたわ。でもこれで邪魔者は誰もいなくなったわぁ! さぁ、キヲラ……覚悟しなさい」


その瞬間、遅れてドロシーが場に現れた。ドロシーも鬼愛羅の変わりきった姿に驚愕していた。


「教官……!? ウソでしょ? 教官まで吸収されたというの?」


ドロシーの姿を見た鬼愛羅はいやらしく顔を歪ませる。


「おやぁ……逃げたメル・ドロシーまで現れるとはねぇ……でも雑魚がいくら群れたところでこの私には敵わないわ

ぁ……!」


だがドロシーは以前とは表情を一変させて堂々と答える。


「はんっ! 人の力を奪い取ってるだけの寄生虫が、粋がってんじゃないわよ! キヲラ、いくわよっ!」


「ほぅ、言うじゃない? 小娘が。でもあなた程度がこの私に敵うかしら?」


「うっさい!」


ドロシーは刀を抜き、一直線に鬼愛羅へと切り掛かる。


その顔は勇ましく、以前のような怯えの表情はなかった。


……速い! 流石はメル一族のエリートだ!


俺は腰からレイピアを抜き、鬼愛羅に突撃した。


二つの銀の閃光が鬼愛羅の周囲を舞う。


「ちぃっ! 小賢しいわねぇ!」


鬼愛羅は煩わしそうにブンッ! ブンッ! と腕を振るうがそんな遅い攻撃は俺達には当たらない。


ザンッ! ザクッ! と俺達は何度も斬撃を鬼愛羅に与え続けるが……。


「はははっ! 私は不死身! この程度の攻撃で私を倒せると思っているのぉ!」


鬼愛羅は高らかに叫んだ。


そう……ジル・ランドット亡き今、俺達では鬼愛羅に有効打を与える方法はない。


鬼愛羅の攻撃は躱す事が出来るが、俺達の攻撃もダメージを与えられない。


このまま消耗戦になったら分が悪いのは体力に限りがある俺達の方だ。


……全く……この化け物をどうやって倒すというのか……黄金の瞳をもってしても強力な火力がなければ全くの無意

味。宝の持ち腐れだ。


それに鬼愛羅がジル・ランドットを吸収したという事は……アレが来る。


初見では決して避けきる事の出来ない初見殺しの広範囲攻撃が。


「鬱陶しいわねぇ! ならばこれはどう? あなた達の教官の力を味あわせてあげるわ」


その瞬間、鬼愛羅の体から激しい水蒸気が噴き出した。


体はみるみる膨れ上がり、一目で何かが起こると分かる。


これこそジル一族が恐れられる真の力なのだ。


「ま、まずい……! ドロシー! 逃げろっ!」


「えっ……?」


状況が理解できていないドロシーは即座に対応する事が出来ない。


ドンッッッ!!


その瞬間、膨張し切った鬼愛羅の体が大爆発を起こし、爆風が俺達を襲う。


「時間停止っ!」


俺は爆風に触れる瞬間に時を止め、ドロシーを抱えて遺跡の影に隠れた。


時の流れを元に戻すと、ゴォォオオオオ! と爆風が遺跡を襲う。


数秒後、大爆発が止んだ後、顔をひょっこり瓦礫から覗かせるとまるでスプーンでくり抜いたかのような巨大なク

レーターが出来上がっていた。


「な……なんなのよ……これは……」


ドロシーは目の前の光景を見て呆然と呟いた。


「これはジル一族の秘伝の奥義、連鎖爆発だ。水素と酸素を身体中から発生させて大爆発を起こす。もちろん自分

も大ダメージを受けるが、相手にも大ダメージを与える自爆技だ。でも今の鬼愛羅なら……余裕で耐えきるはず

だ……」


「そうね。私ならここよ」


俺とドロシーは同時に振り返った。するとそこには大きく腕を振り被った鬼愛羅の姿があった。


しまった……! 間に合わない……!


「時間てい……がっハァッ!」


俺は頬を鬼愛羅に思い切り殴られ、50m程吹き飛ばされた。


「キ……キヲラッ!」


俺は地面を何度も転がってようやく止まった。


……くそっ……鬼愛羅の重い一発を食らってしまった……ぐっ……意識が……飛びそうだ。


「時間停止が間に合わなかったようねぇ。やっと一発当てられたわぁ! でも地獄はまだまだこれからよ」


俺はよろよろと震える足を奮い立たせて立ち上がった。


そこで鬼愛羅の姿を見て驚愕する。


「……ドロシー!」


「ごめん……キヲラ……」


そこにはドロシーを身動きの取れないように捕縛し、女王バチの針を露出させ、ドロシーの細い首筋に近づける鬼

愛羅の姿があった。


「……くっ! どこまで卑怯なんだ……!」


鬼愛羅は壮絶に顔を歪ませて嬉しそうに笑った。

「ふふふ、やはりあなたは甘いわね……キヲラ。この脆い人間の情こそあなたの弱点。メル・ナルクにはなくてあ

なたにはあるもの。さぁ、大人しくしなさい。あなたの瞳が黄金に輝いた瞬間にこの娘を殺すわ」


くっ……。黄金の瞳に輝いてから時が止まるにはほんの僅かな時間がかかる。


この僅かな戦闘でこの穴に気付かれるとは……。鬼愛羅の豊かな戦闘経験も伊達ではない。


俺は歯ぎしりをしながら大人しくレイピアを地面に放り捨てた。まさかこんな方法で時間停止を封じられるとは思


いもしなかった。


「ふふふ。いい子ねぇ。さぁ、ゆっくり近づいて来なさい。ゆっくりとね……」


俺はなす術なく、一歩、一歩、鬼愛羅の元へと近づいていく。


「ダメっ! キヲラっ! 私の事はいいからこの化け物を退治して! 私はどうなってもかまわないからっ!」


「……煩いわねぇ、この小娘がっ!」


「あっ……ぁぁぁ……ぁひぅ……」


鬼愛羅はドロシーの細い首筋を鷲掴みにして、声を出せないように締め付けた。


「や、やめろっ! 鬼愛羅っ!」


俺は自分でも驚いていた。最初はドロシーの事などどうでもいいと思っていた。なのに今はドロシーを助ける為に

鬼愛羅の言いなりになっている。


鬼愛羅の元に辿り着いた瞬間に俺は女王バチの針に刺され、殺されるだろう。


あれほど死にたくなかったというのに、今は自分から死地を歩いている。


俺は……もうこれ以上目の前で誰かが殺される姿を見たくはなかった。


例え、過去に因縁のあるドロシーといえども仲間を失う光景を目にしたくはなかったのだ。


だから……必ずドロシーを助ける……!


そう決意した瞬間……!


「……っ!」


「な……何事……!?」


変化が起こった。俺の体が目映い光で包まれたのだ。いや、俺の体ではない!


俺は腰に下げていたポーチから何かを取り出す。


そう、それはゾフィーを助けた時に見つけた何かの卵だった。


卵から神々しい光が発光し、俺の掌の上で微かに脈動していた。


「メル……キヲラ……! それは一体何……? 何かとてつもないほどの力を感じるわ」


その瞬間、ピシリッと卵にヒビが入り、亀裂が広がっていく。


目映い光が辺り一面に広がった瞬間ーー卵が完全に割れた。


「こ……これは……!?」


俺は驚愕に目を見開いた。


直視出来ない程の光が弱まり手のひらを見ると、そこにいたのは忘れもしない、ハチ型鬼蟲の大群に襲われた際に

助けてくれたあの紅い鳥だった。


サイズは随分縮んでいるが、姿形はあの時のままだ。


俺は呆然と目を見開いて紅い鳥を見た。


紅い鳥も俺の瞳をじっと見ており、何かを伝えたい様子が感じられた。


すると紅い鳥は俺の頬から流れていた血を啜り始める。


「いっつ……っ! いや、痛くない! また治してくれたのか?」


俺は鬼愛羅に殴られ、赤く腫れ上がっていた頬を触ると、肌には腫れどころか傷一つついていなかった。


紅い鳥は俺の問いに答えるように俺の周囲を飛び回る。


「……っ!? なんだその鳥は……? 傷を治した? それにその姿……まさか……その鳥はっ!?」


鬼愛羅が紅い鳥を見て驚愕の言葉を零した瞬間、変化はまたもや訪れた。


手のひらサイズだった紅い鳥が俺の血を吸った事が原因なのか、2m程まで巨大化していたのだ。


その姿はまさしく、かつて死海の森で見た紅い鳥そのものだった。


紅い鳥は鬼愛羅を睨み付けた瞬間ーードロシーの首筋に当てていた毒針がドンッという音を立てて地面にめり込ん

だ。


「これはぁッ……! この圧力……! このプレッシャー! この技……! 忘れもしない! 私がずっと探し求めていた

伝説の神……! 創造神・ホルス……! キヲラ……あなたが隠し持って……!」


「……創造神・ホルス……?」


俺は初めて耳にする名前に耳を疑う。


原作でもそのような存在はいなかった。


紅い鳥はなおも鬼愛羅を睨み続け、ついに女王バチの毒針に圧力を与え続けて破壊した。


「くくく……私は不死身ぃっ! たかだか体を壊されたぐらいでは痛くも痒くも無いわぁ!」


そう、いくらハチ型鬼蟲を瞬殺した紅い鳥の力とはいえ、何万の命を持つ鬼愛羅を殺しきる事は出来ない。


だが紅い鳥はそれを承知しているかのように俺をじっと見ていた。


その瞬間、紅い鳥の体がスカイブルーのような青い炎に包まれる。


この炎は確かゾフィーを治した時の……!


青い炎に包まれた紅い鳥はそのまま俺の方へと突っ込んできた。


だが俺は知っている。この青い炎は俺を害するものではなく、むしろ俺に力を与えてくれるものだ。


俺は向かってきた青い炎を恐れずにその全てを受け入れた。


ーーその瞬間、辺り一面が目映い光に包まれた。



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