32話
「はぁっ…………はぁっ…………はぁっ…………」
俺は鬼愛羅の気配が届かない場所まで辿り着くと、時の停止を解いた。
ドロシーは恐怖の顔で固まった表情を一変させて目を白黒させて呟く。
「ここは…………?」
「ここはまだ死海の森の中だ。ドロシーをあの場から離脱させる為にここまで運んできた。ドロシー……ここから
は一人で逃げろ」
「……っ! あんたはどうするの……?」
「俺は戻って鬼愛羅を倒す。マルスの仇を必ずとってやる……!」
「いや…………! 私も行く…………!」
「ふざけるなっ!!」
俺は思わず叫んでしまった。
今までドロシーに対して積もり積もった想いが、まるで火山が噴火したように溢れ出す。ドロシーは俺の怒気に驚
いて体をビクッとさせた。
「マルスが死んだんだぞ! お前はあそこで一体何をしていたんだ! ただ怯えていただけだろうがっ! お前は
今まで俺を無能と呼び続けていたが、今のお前は一体なんだんだよっ!」
……言った後に後悔した。……しまった、言いすぎた。これじゃただの八つ当たりだ。マルスを救えなかった真の無
能はこの俺だと言うのに……。
俺は自己嫌悪に陥りながらドロシーを見た。
「……すまん、言い過ぎた。今のは忘れてくれ」
するとドロシーはポツリと呟く。
「……いや、間違ってない。……全部本当の事だから。私はキヲラをずっと見下していた。見下す事で自分の劣等感
を紛らせていたの。私はずっと怖かった。落ちこぼれの烙印を押されて一族全員に見下されるのが。でも……今な
ら素直に認めるわ。キヲラ……あんたは強い」
ドロシーは相変わらずくすんだボサボサの髪と目の下の隈が目立つ程、コンディションが良いとはとても言い難
い。
しかしその瞳には確かな決意と力強さがあった。
「…………俺は強くなんかない。俺は死にたくなかった……ただそれだけだ。生き残るためにひたすらこの……死海
の森で修行した。でも……結局マルスを救えなかった。俺は……強くなんかない」
「違うっ! 私はあんたをずっと見ていた。キヲラが実力を隠していた事くらい、本当は気付いていたッ! た
だ……認めたくなかっただけ! あんたは……強い! 今のキヲラは父に迫る程の力を感じる……! でも……私
は……弱い……弱すぎるのよ……マルスにも勝てない落ちこぼれの私では何も出来ない……!」
ドロシーは唇を噛みきるほど力強く口を結んでいた。ドロシーの頬に真っ赤な血が頬を伝う。
「ドロシー……」
俺はドロシーの言葉に衝撃を受けていた。
昔からドロシーは人一倍“強さ”に敏感だった。
メル・ナルクの娘として将来を期待され、厳しく育てられてきたのだ。
その重圧は並のものではなかっただろう。
そんなドロシーが俺の実力を見抜いていた……プライドの高いドロシーの事だ。
そんなもの到底許容できるものではなかったはずだ。
「私はあんたが憎かった。私では及びもつかない力を持っているのに、力を隠して弱者のフリをし続けたあんた
が。でも今ならようやく理解出来る。あんたはこの状況を見越していたのね。だからキヲラは自分から進んでその
道を選んだ。最善の一手を得る為に、落第生を演じて見せた。あんたはどうしてそこまで出来るの? その強さの
秘密は何なの? 私はどうしてもそれが知りたい。だから……私もキヲラについていく」
ドロシーは俯いた顔を上げて俺を見つめる。
その瞳には確かな覚悟の輝きを宿していた。
……ドロシーもドロシーで色々な葛藤と戦っていたのか……。
今まで何故俺にばかり執拗に突っ掛かってくるのか理由が分からなかったが、今ようやく合点がいった気がした。
俺にも原因があったという事か……。
何故だか俺はドロシーに親近感を感じた。強さを渇望するその姿は昔の自分と重なる。
ドロシーとは……これから仲良くなれるような気がした。
「鬼愛羅は強い……。正直俺よりも何枚も上手だ。おそらくドロシーと俺の二人がかりでも返り討ちに遭う可能性
が高い……。けど……どうしても皆の仇を取りたいというのなら……ドロシー……俺に付いてこいっ!」
俺は力強く叫んでドロシーに発破をかけた。
ドロシーの瞳は完全にかつての輝きを取り戻す。
「ええ! 当たり前よ! 私はメル・ドロシー! テレサとマルスの仇をとって、必ずあの化け物を退治してやる
わ! 私はもう迷わない!」
完全に吹っ切れたドロシーは以前のように尊大な態度で答えた。
俺はその姿を見てふっと笑みを漏らす。
「……やっぱりそっちの方がドロシーには合ってるよ。よし! それじゃ、行くぞ! 急いで教官の元まで向か
う!」
「ええ! もちろんよ!」