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31話

「きゃあっ!」


鬼愛羅の放った酸の弾丸はドロシーの右腕を抉り、耐えきれず悲鳴をあげる。


「ふん、この程度も避けきれずに悲鳴をあげるとは無様ね。ゴミはゴミらしくくたばりなさいっ! このメルの落

ちこぼれがぁっ!」


鬼愛羅の本気の怒気にドロシーは当てられ、恐怖のあまりその場に立ち尽くしている。


その瞬間、鬼愛羅の頬が大きく膨らみ、大量の酸の弾丸が吐き出された!


……これは直撃したら助からないっ!


「時間停止!」


俺は思考を素早く切り替え、反動が残らない僅かな時間を止めてドロシーを抱えて離脱した。


「……ふん、時を止めて避けたか。それほどその娘が大事なのかしら?」


「…………」


俺は何も答えない。個人的にドロシーは大嫌いだが、むざむざ目の前で死なれるのは目覚めが悪い。


「……キ……キヲラ……あんた……いったい……」


ドロシーは俺を呆然と見上げてポツリと呟いた。


今のドロシーの胸中はきっと複雑に違いない。


自分では全く歯が立たない敵に、今までずっと見下していた相手から助けられるというのは……。


俺はドロシーに何も答えずに鬼愛羅に向き直った。


「鬼愛羅、確かにお前は強い。ほぼ不死身な体に何万もの吸収した生物の特殊能力。まさに究極生物と言っても良

いだろう」


「ふふふ……お褒めの言葉をありがとう。でも残念ながらまだ究極ではないわぁ。完全なる美貌と時を止めるとい

う究極の力を持つあなたを融合した時、私は真の究極生物へと進化するのよぉ!」


「残念ながらそれは無理だ。どんな生物にも必ず弱点というものは存在する。それはお前でも同じだ」


俺はそこで懐から小瓶を取り出して闇の色に不気味に輝く液体を鬼愛羅に見せた。


「……何よそれは……?」


鬼愛羅は少し警戒しながら尋ねてくる。


「お前はよく知っているはずだ。これはお前の大好きな蠱毒だ」


「こ、蠱毒ですって? 蠱毒はそんな色ではないわ!」


「確かにこの蠱毒はただの蠱毒じゃない。いや、もはや蠱毒と言ってもいいか分からない。でもお前なら知ってい

るはずだ」


「……なに?」


「何せこの蠱毒はお前の実験室にあったんだからな」


「……な、何だと……ま、まさかそれはぁぁあっ!」


「そう、これはお前が何千年もかけて生成し続けてきた蠱毒を超えた蠱毒、超蠱毒だ!」


これが俺の最終兵器だ。初めから黄金の瞳では不死身の肉体を持つ鬼愛羅を倒しきる事が出来ないと踏んでいた。


そこで目をつけたのが、鬼愛羅が何千年もかけて作り続けていた超蠱毒だ。


普通の蠱毒の作り方は1つの箱に複数の鬼蟲を入れて最後の1匹になるまで毒で戦わせるというもの。しかしこの

作業を2回繰り返せばどうなるだろうか? 


答えは簡単、以前よりも強力な蠱毒を作る事が出来る。


それを永遠に繰り返せばどうなるか? 


繰り返せば繰り返すほど凶悪な蠱毒になっていく。


この作業を鬼愛羅は何千年も繰り返した。


もはやこの超蠱毒の威力は鬼愛羅でさえも計り知れないだろう。


「メ、メル・キヲラ……! そ、その毒をどうするつもりっ……!」


「もちろんお前に注入する。流石のお前でもこの超蠱毒は耐えきれまい」


「そんなの黙って受けるわけ……し、しまった! 時を止められるっ!」


「この場では時間を支配できるのはこの俺だけ……鬼愛羅! 今こそ因果応報の時だ!」


「ま、待って……へ、ヘルレイザーっ! 何をしているのっ! 今こ」


「時間停止っ!」


鬼愛羅の口の動きが止まり、耳鳴りが起こる程の静寂が訪れる。


全ての物体が切り抜かれた写真のように停止する。


再び時間が止まった。


流石の鬼愛羅もこの超蠱毒の威力には恐れを抱くようだ。無理も無い。


作った本人が何よりもその恐ろしさを理解しているだろうから。


俺は何のためらいもなく愛用のレイピアに超蠱毒を塗りたくり、そのまま固まって動かない鬼愛羅の心臓目掛けて

突き刺した。


ズブリッという音と共にレイピアが鬼愛羅の胸を貫く。


停止を解いた瞬間に超蠱毒は鬼愛羅の全身を蝕むだろう。


チェックメイト。そう俺は確信して時間停止を解き、振り向きざまに呟いた。


「ヘルレイザー? そんな奴とっくにこの世にいないさ」


「がぁ……ガァァァァああああっあああ! きっ、キサマァアァああぁっ!」


辺りに鬼愛羅の絶叫が轟く。


鬼愛羅は激しく地面をのたうち回り、その馬鹿力で地面を叩く。


爆発したように砂埃が舞い、巨大なクレーターが出来上がる。


俺は慌てて鬼愛羅から距離を取り、満身創痍で倒れていたマルスを抱き起こす。


「キ……キヲラ……やったのか?」


「ああ……流石の鬼愛羅もあの毒には勝てないだろうさ。言うなりゃ、あれは何千年も積み重なった鬼蟲達の呪い

だ。いくら何万の命を持つと言っても永遠に毒が体を蝕み続けるだろう」


「……そうか。でもよぉ、すまねぇキヲラ。俺は奴がどうしても許せねぇんだ。あのクソ野郎、俺の大事な……大事

な……テレサを……殺しやがったんだ! この手でトドメを刺さなきゃテレサが浮かばれねぇっ!」


「お、おいっ! 待てマルス! 今はまだ近づいたら危険だ!」


だがマルスは憤怒の形相で暴れまわる鬼愛羅を睨みつけていた。


龍人形態のマルスは腕の筋肉を爆発させ、俺の手を押さえつけた。


……くっ! なんというパワーだ!


「すまねぇ、キヲラ! 俺が決着をつけるっ!」


「マ、マルスっ!」


俺の静止も虚しくマルスは一直線に鬼愛羅目掛けて突撃する。


俺は途轍もなく嫌な予感が脳裏を駆け巡るが、時を止めた反動のせいで体が動かない。


マルスは刀を振り上げ、鬼愛羅の首を切り落とさんとばかりに振り下ろしたその時ーー。


暴れまわっていた鬼愛羅の姿が一変し、苦しみに悶えるイヴ・テレサに変化した。


ピタリ……とマルスはイヴ・テレサの目の前で刀を止めた。


「……………………テレサ……」


マルスの呟きが小さく漏れた。

だ……ダメだっ! マルスっ!


しかしその瞬間…………。


ズブリッという音が辺り一面に響いた。


「………ぐっはぁ…………テレ……サ……」


俺は目を疑った。


イヴ・テレサの下半身が女王バチの鬼蟲に変化しており、その腹の先から鋭く伸びる毒針がマルスの胸に突き刺さ

っていたのだ。


「マッ、マルスッッーー!」


俺はマルスと過ごした5年間を走馬灯のように思い出す。


いつも一人だった俺にマルスだけが声をかけてくれた。本当の友達のように心配してくれた。いつも……気にかけ

てくれていた。


そんなマルスが……女王バチの鋭い毒針に一瞬のうちに中身を吸い取られて…………消えた。


消える瞬間、俺は確かに聞いた。


「キヲラ……ごめんな」


俺は目の前の光景が信じられずに呆然と立ち尽くす。


だが現実は何も変わらなかった。


「……はぁっ……はぁっ……はぁぁぁぁああああっ! 龍人の血ぃぃいい! これを待っていたのよぉぉお! 今ま

で吸収した解毒の力を持つ生物と龍人の血の融合っ! これこそが蠱毒を破る唯一の方法! 流石のあなたもこれ

は知らなかったようねぇ!」


鬼愛羅は今まで苦しんでいたのが嘘のように顔を晴れ晴れとさせていた。


姿・形も変化しており、かつてより充溢したオーラが身体中に漲っている。


そして何より、その顔、体はマルスそのものだった。


な……なんだと……そんな馬鹿な……!


「す、素晴らしいわ! これが龍人の力……! 身体中にパワーが溢れるっ!」


俺は絶望に支配されながらその場に立ち尽くす。


マルスを一瞬のうちに吸収し、超蠱毒から蘇ってさらに進化した鬼愛羅。


鬼愛羅に吸収・融合されたものは2度と帰ってこない。


すなわち……マルスは……死んだ。


「マルスーーーーっ!」


俺は頭が真っ白になりながら叫んだ。


マルスが……死んだ? いや、あり得ない……マルスは原作の主人公だぞ……そんな馬鹿な事があるはずがないっ!

嘘だ!


俺はただひたすら現実を否定した。


いや、俺はもう既にマルスを原作の主人公として見ていなかった。


俺は……ただマルスを一人の友人として見ていた。この世界も現実だ。平和な日本から見れば漫画の世界かもしれ

ないが、俺はもうこの世界を漫画として見る事が出来ない。


そんな第二の現実の世界で唯一と言っていい親友が目の前で殺された。


「くっそぉぉぉおおおお!!!」


俺は力の限り鬼愛羅にレイピアを突き刺そうとする……が。


キンッ! という甲高い音を響かせて何者かに遮られる。


渾身のレイピアの刺突を遮ったのは俺の身長を超える程の大太刀だった。


「……これは俺の落ち度だ。キヲラ。本当にすまない……だが、お前は今や鬼愛羅を倒す為の唯一の希望だ。お前は

トゥーンランドに戻り、この情報を皆に伝えるんだ……ドロシーを頼んだぞ」


ジル・ランドットはそれだけを言い残し、鬼愛羅に突っ込んでいった。


……っ! 冗談ではない! このままおめおめとトゥーンランドに帰れるものかっ!


俺はジル・ランドットに加勢しようとするが、その瞬間、マルスの声が確かに聞こえた。


……キヲラ……ドロシーを頼む……。


「……くっ!」


ドロシーだと!? 何故あんな奴を! 俺は内心で毒付く。


あいつは気に入らない相手を平気で殴りつけるような女だぞ!


だが……俺は後ろに蹲るドロシーを見た。


ドロシーは恐怖の表情を浮かべて身を震わせていた。


「……っ! ゾフィー……!」


俺は確かにその瞬間、ドロシーにゾフィーの面影を見た。


それはまるでゾフィーが俺に伝えようとしたメッセージのように思えた。


「…………くそっ! 死ぬなよ、教官!」


「おう! 俺は不死身のジル・ランドット! 部下より先には死なねぇ男だっ!」


俺はジル・ランドットの逞しい背中を見つめた。


「ま、待ちなさいぃっ! キヲラァ……あなただけは逃さな……」


……時間停止っ!


俺は時を止め、恐怖に顔を歪めるドロシーを抱えてその場を離脱した。


出来る限りのスピードで鬼愛羅の手が届かない場所まで全力で走り抜ける。


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