28話
次の日、俺達はいつも通り遺跡を目指して歩いていた。
「おかしい……ここまで死海の森の深海部に入り込んでいるというのに、鬼蟲が1体も現れないとは……」
ジル・ランドットが訝しがりながらぼやく。
相変わらず自分の背丈と同じ程大きい大太刀を片手で悠々と構えながら先頭を進んでいく。
不意にジル・ランドットはマルスに尋ねた。
「なぁ、マルスはこの異変をどう思う……?」
「教官が知らない事をひよっこの俺達が分かるわけねぇだろ」
「そんなつれない事言うなよ……ん、マルス、何かあったのか?」
「……っ! 何でもねぇよ!」
マルスはジル・ランドットの言葉にそっぽを向いた。
今のマルスは明らかに平常時とは違う。
おそらく昨日の一件が尾を引いているのだろう。
無理もない。あんな話を聞かされた後でケロッとしている方が人としてどうかしている。
俺はマルスの事を心配しながら見つめた。
「……そうか。ん? この開けた場所は……みんな、待て! どうやら遺跡についたようだ。ここからは細心の注意
を払って進むぞ」
ジル・ランドットが声を強張らせながら皆に言った。
森を抜けた先に俺達を待っていたのは正方形の岩のブロックを積み上げた円錐状の大きな建造物だった。
その姿は前の世界で言うピラッミッドに近い。
森の中からいきなり現れるその構造物はまさに神秘に満ち溢れていた。
「こんなものが……この死海の森にあったとは……」
ジル・ランドットも初めてこの遺跡を見るようで、驚きの声を漏らしている。
だが俺は知っている。
このピラミッド状の建造物は決して遺跡などではない。
むしろこの構造物は建造されて日が浅く、歴史など1mmも有りはしないのだ。
このピラミッド状の構造物が作られた目的はただ一つ……言うなればここは鬼愛羅の城だ。
何も知らない餌達をおびき寄せるためだけに作られたのだ。
それも鬼愛羅の支配する鬼蟲の手によって。
この遺跡の真の名は生贄の祭壇。
つまりは鬼愛羅の巣だ。
「待て……ここは……何か様子がおかしい……なんだ……この感じ……っ! まさか……ここは……嘘だろ……みん
な、全力で逃げろぉぉおおっ!」
ジル・ランドットは急に冷や汗をだらだらと流し、鬼の形相で叫んだ。
普段の飄々とした姿からは微塵も想像出来ない程、ジル・ランドットの顔には焦りの表情が浮かんでいた。
ジル・ランドットの身体中から煙のようなものが吹き出し、威圧感が高まっていく。
そして次の瞬間にはジル・ランドットの姿が一変していた。
その背中には1対の天使のような翼が生え、身体中が白い羽毛で覆われ、顔にはペリカンのような大きなくちばし
が生えていた。
その姿は神々しく、まるで神話の世界に謳われる妖精のようだ。
だが変身したジル・ランドットの表情は依然に険しく、水蒸気のような湯気が身体中から吹き出している。
これがジル一族の真の姿だ。
ジル一族とは人間と妖精のハーフの者達の事であり、特に妖精の力を多く受け継いだ者は精霊人として妖精の姿に
変身する事が可能。ジル・ランドットのようにここまではっきりとした姿を保てるのは非常に稀だ。
「お前たちっ! ここは俺に任せて走れぇぇええ!」
見た目にそぐわない程の大絶叫にドロシーとマルスは完全に気が動転したのか、その場から動く事が出来ない。ー
ーその瞬間!
ドガンッッッッ!
精霊人と化したジル・ランドットに一直線に何かが飛び込んでくる。
ドンッ!
ジル・ランドットは飛び込んできた小さな影に殴られ、30m程吹き飛んで生贄の祭壇に突っ込んだ。
「「……!」」
あまりの急な展開にドロシーはついていけないのか、ぽかんと棒立ちで突っ立ったままだ。
とうとうこの時が来た……! これが鬼愛羅との戦いの始まりだ。
俺は臨戦態勢を取り、いつでも動けるように体のギアを上げていく。
「ぐぅっ……お前はイヴ・テレサではないな……!」
瓦礫の中でうずくまっているジル・ランドットがポツリと洩らす。
一瞬にして全力の力を出したジル・ランドットを殴り飛ばし、その場に現れたのは水色のボブヘアが特徴の小柄な
少女、イヴ・テレサだった。
イヴ・テレサからは異様なオーラが噴出し、邪悪な気配を漂わせていく。
「ふふふ……長かったわぁ。あなた達がここまで来るのをどれだけ心待ちにしていた事か……あなたには分からない
でしょうねぇ……!」
イヴ・テレサの顔が邪悪に歪み、もはやイヴ・テレサの面影が全くなくなる。
「お前は……まさか……ああ、なんて事だ……もっと早く気付くべきだった……鬼蟲の最強の王……鬼愛羅……!」
ジル・ランドットが憎しみを込めて鬼愛羅を睨みつける。
「久しぶりねぇ……ジル一族のひよこが成長したじゃなぁい?」
イヴ・テレサいや鬼愛羅は邪悪な笑みを顔に張り付かせる。
イヴ・テレサの小さな体からは信じられない程の悍ましい邪悪なオーラが噴き出す。
ドロシーは歯をガタガタと揺らし、ぺたんと尻餅を突いた