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27話


死海の森の夜は鬼蟲が活発に活動する時間帯だ。


鬼蟲は夜行性が多く、血の匂いを求めて動き回るのである。


俺達はあれからさらに3日間かけて死海の森の奥地へと向かっていた。


この辺りからは鬼蟲のレベルも上がり、マルスやドロシーではまだ太刀打ち出来ない鬼蟲がたくさん生息している

のだが、未だに出て来てはいない。


あのタランチュラ型の鬼蟲が出て以来、強力な鬼蟲は出現していないのだ。


出て来たとしても、かろうじてドロシーやマルスが単騎で勝てるような非常に弱い部類ばかりだ。


まるで誰かが見計らって送っているかのようだ。


そう、イヴ・テレサに扮する鬼愛羅が鬼蟲を操作しているのだ。


おそらくこれから遺跡に着くまでは強力な鬼蟲は現れないだろう。


強力な鬼蟲がこの隊を全滅させても鬼愛羅に旨味は何もないのだから。


とは言っても今は活発に鬼蟲が動き回る時間帯、夜だ。


俺は一人で寝ずの番をしていた。他の者達は簡易テントの中で寝入っている。


夜の警戒はメンバー全員で交代して回しているが、他の者の番でも俺はずっと起きていた。当たり前だ。すぐ横に

宿敵である鬼愛羅がいるのだから。


呑気に寝ていられるはずがない。


俺は一人で死海の森にいた頃は1ヶ月ずっと森に篭りっぱなしだった事もあった。


当然その間は寝る事は出来ず、少しの睡眠だけで活動していた。


その眠りもずっと浅いものだ。


だから不眠自体は辛いものではなかったが、すぐ隣に鬼愛羅がいるというプレッシャーが俺を疲弊させていた。


いつ鬼愛羅が俺達を襲ってくるかは分からないからだ。寝ている間に全滅したでは笑い話にもならない。


俺は鬼蟲を警戒するというよりは鬼愛羅の行動に神経を尖らせて集中していた。


その時、テントの中からガサッという音が微かに聞こえてきた。


……! まさか鬼愛羅か……? 俺は神経を尖らせてテントに集中する。


すると……。


「……なんだ……マルスか……」


「な、なんだよキヲラ? そんなに怖い顔で睨んでよ……。小便しに来ただけじゃねぇか」


テントから出てきたのはイヴ・テレサではなく、警戒心ゼロのマルスだった。


……ふ。俺も少々気張りすぎているようだ。眠そうに目を擦りつけているマルスを見て急に笑みがこみ上げてき

た。


俺は気が緩んだのを自覚しながらマルスに声をかけ、筒状の容器を投げ渡す。


「小便するならこの筒の中にしてくれよ。鬼蟲の中には動物の排泄物を辿って来るやつもいるからな。後で纏めて

川に流してくる」


「うげっ! この中に小便しろだってぇ! 勘弁してくれよぉ……そこまでするか? 普通よぉ……」


マルスは筒状の容器を弄りながら泣き言を言った。


「まぁ、そう言うな……。ここはトゥーンランドから離れた危険な場所なんだ。強力な鬼蟲もうようよしてる」


「そりゃぁ、そうだけどよう……それにしても、ホントになんかキヲラ変わったよな……。


オーラが鋭くなったというか……なんか隙がなくなったというか。なぁ……キヲラ……あの大虐殺の日、何があった

のか教えてくれねぇか?」


マルスは急に真剣な顔つきで問いかけてきた。


マルスはゾフィーを除くと最も多くの時間を過ごしてきた、いわば友達だ。唯一俺が気を許せる存在。もちろん俺

はマルスには死んでほしくはない。


例え原作知識でマルスは主人公だから死なないとは知っていても、何故だかマルスだけには俺の真実を知って欲し

かった。


何より俺の事を心から心配してくれる友達にこれ以上嘘を重ねるのは嫌だった。


「……分かった、マルス。お前だけには本当の事を話そう。これから起こる事も。場所を移そう。着いてきてくれ

るか……?」


マルスは驚いたように応える。


「あ、ああ……だけど見張りはいいのか? 俺達がいなくなったら皆が危ないんじゃないのか?」


俺はマルスの問いに答えるように腰のポーチからある液体の入った瓶を取り出し簡易テントの周りに撒いた。


「それは……?」


「これはハチ型鬼蟲の血だ。こいつのフェロモンがあれば並大抵の鬼蟲は寄って来ない。


見張りはこれで大丈夫だ」


「な、なにぃっ! ハチ型鬼蟲の血だと!? そんなものいったいどこで手に入れたんだ!?」


マルスは驚愕に目を見開き、俺を見た。


ハチ型鬼蟲はトゥーンランドでも災厄の鬼蟲と名高い、最強格の鬼蟲だ。マルスが驚くのも無理はない。


「……それもこれから話す。だから俺に着いてきてくれ」


「あ、ああ……分かった」


俺達はテントから少し離れた岩場へと向かった。メル一族の力、闇夜を見通す瞳は実に便利だ。


こんなに暗闇だというのに迷いなく進む事が出来る。メル一族が死海の森で重宝されるのもこういった力があるか

らだ。


マルスは暗闇に目が慣れていないようで俺の後をたどたどしく着いてきた。


「さて……どこから話そうか」


俺はとうとうマルスにあの大虐殺の日に起きた全てを話し出した。


あらかじめメル一族の滅亡を察知して死海の森で5年間修行していた事。


その末にメル一族の真の力に目覚めた事。


メル・ナルクの手からゾフィーと共に自力で生き残った事。


今まで起きた事を、俺が別の世界の人間である事はぼかしながらマルスに話した。


最初は怪訝そうに聞いていたマルスも俺の死海の森の深い知識やメル一族の力の秘密を話すと真剣に耳を傾けてい

た。


俺は全てを話し終えると、マルスはふぅーと一呼吸入れ言葉を告げた。


「なるほどな……長年謎だったキヲラの秘密がようやく解けたぜ。やっぱり俺の勘は正しかったって事か」


「勘……だって?」


「キヲラの実力だよ。やっぱりキヲラはドロシーなんか目じゃねぇくらいの高みにいるって事だろ? 俺の目は節穴

じゃなかったって訳だ」


「……………」


「ただ水くせぇじゃねぇか。俺が親友との秘密を他の奴に話すとでも思ったのかよ」


「それは……! ごめん。どうしても言えない理由があったんだ。それがこれから起こる未来に関係する事なん

だ」


「未来に関係する事だと?」


「ああ。イヴ・テレサの事だ」


「テレサ……! テレサの身に何か起こるってのか!?」


マルスは血相を変えて俺に詰め寄る。


その顔は焦燥に彩られていた。


ここまでマルスがイヴ・テレサの事に動揺するのには理由がある。


マルスとイヴ・テレサは幼馴染で切っても離せない関係ではあるのだが、マルスはイヴ・テレサの事を通常以上に

意識していたのだ。


そう、マルスはイヴ・テレサに淡い恋心を抱いているのだ。


本人はまだまだ自覚していないようだが、傍目から見ていれば誰でも分かる。


俺は正直イヴ・テレサの真実を話すべきか迷った。


もし真実を伝えてしまい、マルスがショックのあまり、戦線を離脱する事になったら今回の作戦は大いに狂ってし

まう。


せっかくの鬼愛羅を倒す千載一遇のチャンスをみすみす逃す事になってしまうのだ。


それだけはなんとしてでも避けたい。


だがここで打ち明けずに鬼愛羅襲撃の際に真実を知ってしまったらマルスの身が危ないのだ。


ここはマルスの精神力に賭けて今真実を話すべきだろう。


俺はそう決断し、マルスに向き直って言った。


「マルス……落ち着いてよく聞いてくれ……今から話す事は嘘でもなんでもない事実だ。心して聞いてくれ……マル

スの知るイヴ・テレサはとっくにこの世にはいない……5年前のテレサの誕生日にイヴ・テレサは殺されたん

だ……」


場に沈黙が訪れる。


「……は? 何言ってんだよ……キヲラ。テレサが殺されただって……? そんな冗談言うなんて、例えキヲラでも

許さねぇぞ……」


マルスは怒気を滲ませながら俺に詰め寄った。


だがこれは冗談でもなんでもない真実だ。


「……嘘じゃない。俺達が知るテレサは5年前のあの日、鬼愛羅という鬼蟲に殺されたんだ」


「……おいおい何言ってんだよキヲラ……。テレサなら俺達のすぐ側にいるじゃねぇか……それ以上言ったらぶっ飛

ばすぞ……」


マルスの顔は血の気が引くように青褪め、もはや死人のようだ。


だがここで引いてはならない。


本当は、マルスは……この事実を知っているのだ。


「マルス……お前はテレサの助けの声を確かに聞いたはずだ。あの日、プレゼントを渡した時に。……目を背ける

な」


「う……うるさい! うるさい! なんだってんだよ! テレサは今あそこのテントにいるじゃねぇか! じゃ

あ、俺達が今まで接してきたテレサはいったい何だってんだよ!」


「本当はマルスも分かっているはずだ。奴はイヴ・テレサの皮を被った正真正銘の化け物、鬼愛羅だ……!」


「嘘だっ! 信じねぇ! 信じるもんかっ! テレサが死んでるなんて!」


マルスは瞳に大粒の涙を流しながら俺を掴んで叫ぶ。


「マルス……現実を見つめ直す時が来たんだ。5年前のあの日からテレサは変わってしまった。マルス……お前なら

あの僅かな異変に気付いたはずだ。テレサが……もうどこにもいなくなってしまったという事を」


「や……やめろぉぉ! やめろぉぉ! 俺は……俺は……! テレサを助ける事が出来なかったんだ……」


マルスは掴んでいた俺の服の襟を話し、崩れるように地面に座りこんだ。


まるで己の罪を認めるように独白を始める。


「5年前のテレサの誕生日……俺は前からテレサが欲しがっていた星の砂の首飾りをプレゼントするためにテレサ

の家に行ったんだ。いつも通りの風景だった。その時までは……」


そう、運命を変える事になってしまった5年前のあの日に丁度俺はこの世界に訪れた。


なんの偶然だろうか、俺が訪れたあの日、偶然にもその日はテレサの誕生日だった。


その日、星の砂と呼ばれるこの世界では縁結びの力を持つ不思議な砂を握りしめ、幼きマルスはテレサの家へと走

った。


ところがテレサは不在。


マルスは少し訝しがりながらも、いつもテレサと遊んでいた秘密基地へと足を運ぶ。


そこには真上の青空を見上げながら、立ち尽くすテレサの姿があった。


マルスはテレサの姿を見つけて一安心し、声をかける……が、


テレサは泣いていた。片目から大粒の涙をこぼしながらテレサはマルスに微笑んだ。


テレサのもう片方の瞳はまるで闇のような漆黒の闇に侵食されていた。


「ごめんね」


という言葉を残し、テレサは最後にマルスから星の砂の首飾りを受け取る事もないまま、気を失った。


そのままテレサは1ヶ月経った後に目覚めるのだが……。


以前と変わらぬ性格、愛嬌、仕草に誰もがテレサの復活を喜んだ。


しかし……唯一マルスだけは……何かがおかしいと気付いていた。


テレサの瞳が心から笑っているようには見えなかったからだ。


そう、まるでテレサの中にもう一つの何かがいるような……何とも言えない感覚だった。


だがマルスは見て見ぬ振りをした。


もし真実を知ってしまったら自分が自分でいられなくなるような、そんな気がしたから……。


そして気付けば5年の月日が経過していた……というのが原作で描かれていた顛末だ。


「俺は……本当は気付いていたんだ。テレサがテレサでなくなってしまったという事を。でも……俺は現実から目を

背けてしまった。テレサが……いなくなってしまうなんて有り得ないって思い込んでしまった……」


やはりこの世界でもテレサは原作と同じ運命を辿っていた。


5年前……天に愛された才を持っていたテレサも最強の鬼蟲である鬼愛羅に太刀打ち出来ずに吸収・融合されてし

まった。


この鬼愛羅の恐るべき力、吸収・融合は非常に厄介で吸収されてしまった者はその瞬間に死ぬ。


だがその記憶・体験の全てが融合によって鬼愛羅に引き継がれ、吸収した者と同じ行動を取る事が出来る。


だがいくら本人と同じ行動が取れるとは言っても、所詮は死人の体。


心は篭っておらず、どこまで行ってもそれはロボットと何も変わらない。


そこに鬼愛羅の弱点がある。


その弱点を突くにはこのマルスの力が必須なのだ。


「マルス……俺はテレサが鬼愛羅であると昔から気付いていた。だから実力を隠してたんだ。鬼愛羅に実力を知ら

れたら、機を待たずに吸収・融合されてしまうから。俺は鬼愛羅を倒す機会をずっと伺っていた。そしてようやく

その時が来たんだ」


そう、全てはこの時の為。


「テレサを殺した……あいつを倒すチャンス……?」


「そうだ。この鬼伐隊は全て鬼愛羅が仕組んだ罠なんだ。奴はマルスとドロシー、教官の肉体を欲している。これ

から向かう遺跡で襲うつもりなんだ」


「な……なんだと……?」


「でもこれはチャンスでもある。鬼愛羅は俺を侮っている。そこに奴を倒す隙があるんだ。マルス……俺に協力し

てくれないか? 憎き鬼愛羅を俺達の手で倒そう」


「キヲラ……俺は今までずっと自分に嘘をついて生きてきた。でも今、前を向かなくちゃならないって気付かされ

た。テレサの敵……必ずこの俺がとってやる……!」


マルスの瞳は力強く輝き、気付くとマルスは龍人形態に変化していた。


その体内に渦巻く怒りが伝わってくる。


今のマルスはまだテレサへの思いが整理出来ていないだろう。


だが確かにマルスの中には鬼愛羅への闘志が感じられる。


俺達は互いに手を取って頷き合い、夜空に浮かぶ満月を見上げた。



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