2話
俺の世代でトゥーンランドといえば知らぬ者はいないだろう。原作は何千万部も売れ、アニメや映画にもなった超人気漫画だ。
トゥーンランドはよくある異世界の騎士達を描いた成長物語だが、分かりやすいストーリーと魅力的なキャラクターが話題になり、大ヒットした。
多分に漏れず俺もすぐに大ファンになった。
単行本も全て買い集め、目に穴が開くくらい、何度も何度も読み返した程だ。
セリフだって有名な部分は全て覚えている。
そんな俺だからこそ、この世界の住人となってしまったヤバさを正確に理解出来た。
何故ならこの世界は死亡フラグが歩けば当たる程に乱立する世界だからだ。
その危険さは挙げたらキリがないが、よりにもよって、このメル一族の一員になってしまったというのが、本当に運が無い。
メル一族は銀髪、朱色の瞳を持った、作中では最強の一族という風に描かれていた。
はたから見たらそんな最強の一族になれてラッキーと思うかもしれないが、それは大きな誤りだ。
なぜならメル一族はそのあまりにも突出した力が原因で滅亡してしまうのだから。しかも原作が始まる前に。
ということは…………だ。
「俺……もうすぐ死んじまうじゃねーか! どうしよう! どうしよう!」
俺は頭を抱えてうずくまった。
幸い、周りの人々の喧騒のおかげで周囲には聞こえなかったようだ。
隣にいた妖精のような妹も心配そうにうずくまる俺の背を撫でてくれる。
今行なわれているメル・ナルク王の即位式は原作が始まる7年前の出来事だったはず。
メル一族の滅亡は原作が始まる2年前だから俺に残された時間はあと5年しかない!
こんなところで呑気に騒いでる場合じゃねぇ!
「すまない……お兄ちゃん、具合が悪いからやっぱり帰るよ……」
「えっ! 最後まで見なくてもいいの? あんなに楽しみにしてたのに?」
「いいんだ……帰ってあったかいものでも食べよう」
「なんだか今日のお兄ちゃん、ジジ臭いね……」
ぐっ、と出そうになった言葉を飲み込む。俺はまだピチピチの26歳だ!
ちょっとブラック企業にしごかれて、生気がなくなりかけていたが、まだおっさんでもないんだぞ!
と、たった今できた妹にそう物申したくなるが、俺はじっとこらえて再度辺りを見渡した。
確かに俺の周りには銀髪の集団が固まっており、特に熱狂的に声援を送っている。
どうやら本当に俺はメル一族になってしまったようだ。
はぁ、とため息をこぼしながら俺は遠くに映るメル・ナルク王をぼんやりと見た。
「……っ!」
すると一瞬だが、メル・ナルク王の鋭い視線が俺を捉えているような気がした。
その瞬間、ぞわりと鳥肌が立ち、全身に怖気が走るが、慌てて二度見するとメル・ナルク王の視線はもう感じなかった。
「……帰るぞ」
メル・ナルク王の氷のような視線を忘れるかのように、俺は背を向けて歩き出した。