24話
「この葉に……血が付いている……これは人間の血だ! まさか!」
俺はジル・ランドットの言葉を受け、周りを見渡した。
「……っ! あそこの木だ! あの木に人が括り付けられているぞ!」
マルスが叫ぶ。薄暗い森の影に一人の人影があった。
木の幹に人が括り付けられており、手に木の枝が貫通していた。
顔に生気は無く、まるでこの世の地獄を見たような絶望の表情で固まっていた。
どう見ても生きてはいない。
俺はそれを見て驚愕した。
これは……まさか……早贄か!?
早贄とは高い知能を持つ鬼蟲が行う習性の一つだ。
確保した餌を木に括り付けて保存し、それに誘われて現れた餌を捕食する。
この早贄を行う鬼蟲は極めて知能が高く、力も強力な種類が多い。
それに人間を餌にするとはこの早贄を行った鬼蟲はとても頭がキレる奴だ。
人間という種族の行動原理をよく理解していなければ出来ない行動。
この早贄を行った鬼蟲は極めて危険だ!
「嘘だろ……! 早く助けねぇと……!」
マルスが悲壮な顔で木に括り付けた男に近づいていく。
まずい……! これは罠だ! あれに触ってはいけない!
「やめろ! 近づくな、マルス!」
しかしマルスは聞く耳を持たずに近づいていく。そして男に触れそうになったその瞬間ーー!
ドカッ!
「ぐわっ!」
マルスは勢いよくその場からはじき飛ばされ、木からは真っ黒い何かが飛び出してきた。
真っ黒い何かは鋭い牙を木に括り付けられた男に突き刺す。
マルスが弾き飛ばされたその場に現れていたのはジル・ランドットだった。
ジル・ランドットが危険を察知し、罠に陥りそうになっていたマルスを素早く蹴り飛ばしたのだ。
ジル・ランドットがマルスを蹴り飛ばしていなかったら、今頃マルスは死んでいただろう。
「みんな! 少しずつ距離を取れ! こいつは危険だ! お前らには早すぎる!」
そう、早贄を行い、マルスを襲おうとしたのは、8本の黒い足が特徴の鬼蟲、タランチュラ型の鬼蟲だった。
体長約2m、赤黒い瞳がたくさん鈍く光り、俺達を見ていた。
……! タランチュラ型の鬼蟲が何故こんなところに……? 俺は内心、驚愕しながら油断なく鬼蟲を見ていた。
クモ型の鬼蟲はどれもが強力な力を持っており、普段は死海の森の深海部に生息している。
こんな浅い場所にいるのは本来おかしいのだ。それもタランチュラ型はとても強力な部類で目にする機会すら珍し
い。
それが……何故……? まさか……俺はふと思い当たり、イヴ・テレサを見た。
するとイヴ・テレサ、いや鬼愛羅は微かに笑っていた。
なるほど……これは奴にとってのテストということか……。
俺達がどうやって鬼蟲を倒すのかを見ているのだろう。
くっ……なんという奴だ。人間という生き物を道具としてしか見ていない。
これで俺達が死んだとしても使えない道具だったで終わらせるのだろう。
ジル・ランドットは鬼愛羅の悪意に気付かぬままタランチュラ型の鬼蟲と対峙している。
するとジル・ランドットは自分の身長と同じ程の大きさの大太刀を構えた。
ーーその瞬間!
ガンッッ!
タランチュラ型の鬼蟲の鋭いキバと大太刀が鍔ぜり合って硬質な音が響く。
……っ! 速い! 流石はジル一族でも随一と言われる精鋭騎士だ!
あんな大太刀を振り回しながらあれ程速く動けるとは……。
そのままジル・ランドットは鬼蟲と距離をとって体制を立て直した。
このタランチュラ型の鬼蟲の恐ろしいところは何も高い知能だけではない。
最も恐ろしいのは……。
その時だった。
「……っ! お前たち! 逃げろっ!」
ジル・ランドットが叫んだ瞬間、タランチュラ型の鬼蟲から世にも恐ろしいプレッシャーが放たれた。
これは……まずい!
タランチュラ型の鬼蟲の腹から4つ、光線状に糸が飛び出してきた。
俺はとっさに最小の動きで鬼蟲の腹から伸びてきた白銀色の細長い糸を躱す。
そしてすぐ横にいたメル・ドロシーを突き飛ばした。
「えっ……!?」
メル・ドロシーは驚きの声を上げながら倒れた。
そのまま白銀色に輝く糸はドロシーの頭上を流れていく。
このタランチュラ型の鬼蟲の吐き出す糸は非常に厄介だ。
体にくっついてしまえば中々剥がす事は難しく、切る事も容易ではない。
糸はそのまま対象者を蝕み、手繰り寄せ、じわじわと敵を弱らせて捕食するのである。
ジル・ランドットに放たれた糸はその手に持つ大太刀に付着していた。