22話
黙って見ていたマルスが神妙そうに俺に呟いた。
「なんか……キヲラ変わったな……それほどの地獄を見たって事か……」
地獄……か。俺はもう一度メル・ナルクとの戦いを思い出す。
俺の全てを出し切っても倒す事が出来なかった最強の男。
黄金の瞳と幾重にも張り巡らされたトラップを用いても全く歯が立たなかった。
俺が今生きているのはただのメル・ナルクの気まぐれだ。
あの時奴は俺を殺そうと思えばいつでも殺す事が出来た。
だから俺はメル・ナルクを屠るだけの力をつけなければならない。
そうしなければ真の自由はやって来ないのだ。
再び強い決意をした瞬間、それは現れた。
「みんな揃ってるねー! これから同じ仲間としてよろしくね!」
現れたのは水色のボブヘアに小柄な体躯が特徴の少女だった。
そう、奴こそ最強の鬼蟲にしてイヴ・テレサに擬態している鬼蟲の王、鬼愛羅だ。
こうしてみると本当にただの少女にしか見えない。
だがよくよくその瞳を見ると、どこまでも引きずり込まれそうな闇を感じる。
「おう! テレサもよろしくな!」
マルスはテレサの異変に気付く様子もなく元気に声をかけた。
無理もないだろう。イヴ・テレサという少女が鬼愛羅に喰われたのはもう5年も昔の話なのだから。
いくらマルスとテレサが幼馴染だといっても5年も前に入れ替わってしまっていたら流石に気付く事は難しいだろ
う。
「みんな揃っているようだな」
その時、場に新たな闖入者が現れた。
いきなりの登場にマルスは驚いて後ろを振り返った。
マルスの後ろにいたのは、金色の髪にすらっとした体躯が特徴の長身の男だった。
年齢は20代後半、細身だがしっかりと鍛え上げられた筋肉は見るものを圧倒する。
背中に下げられた身長と同じ大きさの大太刀は歴戦の猛者を思わせる。
「俺の名はジル・ランドット。今日からお前達、鬼伐隊を預かる長だ。よろしく!」
ジル・ランドットは爽やかにそう挨拶をした。
このジル・ランドットという人物は原作でも登場する主要人物だ。
実力は折り紙つきで、トゥーンランドでも精鋭の中の精鋭と呼び声高い。ジル一族の中でも秀でた力を持ってお
り、教官としての素養も高い。
これからベル・マルスを鍛え上げる師となる存在なのだ。
だが……、俺は恐る恐るイヴ・テレサを見る。
イヴ・テレサは薄い微笑みを浮かべながら笑っていた。その心中を知る俺は身震いする。
トゥーンランドでは5指に入る猛者といえども、死海の森では楽に生き残れるというわけではない。
むしろそれよりも強力な鬼蟲達が五万と存在しているのだ。
その際たる鬼蟲の王……鬼愛羅が今俺の目の前に立っている。
今この場で一番強いのは比べるまでもなく……鬼愛羅だ。
如何に精鋭といえどもこの鬼愛羅の前では赤子も同然だ。
「早速だがこれから死海の森へと入る。以前に通達したように森に長く入る為の準備をしてきたか? 俺達は鬼伐
隊。これからはトゥーンランドよりも死海の森で過ごす時間の方が長くなると思え」
ジル・ランドットの言葉に全員に緊張が走った。
マルスは人一倍でかいカバンを背負ってアピールしている。
「……マルス。その荷物はなんだ。俺達は遠足に行くんじゃないんだぞ。必要最低限だけ持っていくんだ」
そう、それこそが死海の森に入る為の基本中の基本だ。
余計な物を持っていくだけで、本来の力が出せずに死ぬこともある。
死海の森では基本、サバイバルだ。現地調達で生活するのがセオリー。
だから基本的には荷物はいらないのだ。
「わ……わかったぜ。隊長。でも早速あの死海の森に行くんだな……」
「こわいか? マルス?」
「……あ、ああ。こわいぜ。なんせあの強力な化け物達が蠢く魔界の森だからな。怖くないわけないだろう」
いくら棋聖院で成績が最優秀とはいってもマルスは鬼蟲と戦った事すらない新米の騎士だ。
あの魑魅魍魎の鬼蟲を恐れるのは当然の事だろう。
何よりマルスの両親は鬼蟲に殺されている。それもマルスの目の前で。マルスの抱えるトラウマは相当なものだ。
鬼蟲に対する憎悪も。
だからマルスはこの鬼伐隊への思いは誰よりも強いのだ。
「そうだ。その気持ちは絶対に忘れるな。その恐怖を忘れた者から死んでいくんだ。だがな、俺達の仕事はこの国
の誰よりも立派な仕事だと思っている。なんせ自分の大切な者を守る事ができる最高の仕事だからな。言うなり
ゃ、俺達はヒーローだ。だから胸を張れ! ……言い方はちょっと幼稚だけどな」
ジル・ランドットは冗談めかして告げた。一見見た目は優男風で優柔不断そうに見えるが、この男は実は誰よりも
熱い男だ。
仲間の結束を重要視し、率先して死地に飛び込む。最後はどんな時でもボロボロになりながら必ず帰ってくるので
ある。
「ああ! 俺達は必ず帰ってくるんだ! 俺もキヲラもテレサもドロシーも! みんなこれからよろしくな!」
マルスは元気よく叫ぶ。だが……。