21話
メル・ナルクによるトゥレモロの大虐殺から2ヶ月が経過した。
俺とゾフィーが命からがらトゥーンランドに辿り着いた時には既にメル一族滅亡の凶報が街中に知れ渡っていた。
メル一族の生き残りは俺とゾフィーとメル・ドロシーのたった3人で、原因は鬼蟲襲撃の不慮の事故という風に偏
向報道されていた。
だが噂というものは直ぐに広まるもの。
この事件の真相はトゥーンランド王メル・ナルクが自らメル一族を皆殺しにしたのだと皆うすうす勘付いていた。
だがメル・ナルクの持つ力は圧倒的。ただ民は、次は自分の一族が消されるのではないかと気が気ではなかった。
そんな中、棋聖院の卒業試験が無事に終わり、次に赴く事になる配属先が発表された。
俺が配属される事になった部隊は特別鬼蟲討伐隊、通称・鬼伐隊と呼ばれる部隊だった。
新任で鬼伐隊が編成されるのは異例中の異例でメンバーもまた成績上位者が名を連ねている。
棋聖院成績最優秀のベル一族の新星ベル・マルス。時点に次ぐ、俺と同じ生き残りのメル・ドロシー。鬼蟲討伐最
精鋭と名高い、教官・ジル・ランドット。
そして……イヴ・テレサの皮を被った最強の鬼蟲、鬼愛羅……。
俺はその鬼伐隊の隊員として配属される事になった。
1ヶ月前に鬼愛羅の忠実な副官であり、棋聖院の院長でもあるヘルレイザーを襲撃した。
本来、この鬼伐隊には俺ではなく妹のゾフィーが配属される手筈だったが、俺はヘルレイザーを操ってこの隊に配
属されるように仕組んだ。
もちろん俺が鬼愛羅を滅ぼす為だ。
これからこの隊が待ち受けるのは鬼愛羅による隊の全滅という運命だ。
鬼愛羅にとってこの隊はただのエサ。己の能力を向上させる為の道具でしかないのだ。
こんな危険な旅にゾフィーを向かわせるつもりは毛頭ない。
鬼愛羅は俺を侮っている。この隙こそ鬼愛羅を倒す最大の好機なのだ。
その為の準備を今まで整えてきた。
そして今日は鬼伐隊の初顔合わせの日だ。
俺は教官になるジル・ランドットの指示通りにトゥーンランド城近くの広場に来ていた。
「よおー! キヲラ! 久しぶりだな!」
白い歯を眩しく輝かせて最初に現れたのは漫画、トゥーンランド本来の主人公、ベル・マルスだ。
「久しぶりだな、マルス。これから宜しく頼むよ」
するとマルスは少しよそよそしく口を開く。
「ああ……ええと……その……この度は、その……なんだな」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。俺とゾフィーは無事だったんだ。それだけで満足してるよ」
この言葉に嘘はない。マルスは俺の同族が滅んだ事に対して気を遣ってくれたようだ。
だがマルスは不器用な男。変に気を遣ってもらうよりもいつも通りでいてもらいたい。
「そ、そうか? でもほんっとにキヲラが無事で良かったぜ! めちゃくちゃ心配してたんだからな?」
マルスは俺がトゥーンランドに帰った時、すぐに病院まで駆けつけてくれた。
俺は素直に嬉しく思った。
やはりこのベル・マルスという男は本当に良い奴だ。ゾフィー以外に気を許せるのはこのマルスだけだろう。
「ありがとうな、マルス。俺もお前と同じ隊になれて嬉しいよ。これから命を預ける者同士、頑張ろうな!」
「ああ、もちろんだ! キヲラ!」
俺達はがっしりと手を握った。マルスの手は大きくゴツゴツしており、修行の努力が垣間見られた。
その時、もう一人の鬼伐隊の隊員となる者が現れる。
「……ドロシーか」
俺達の前に現れたのは、白く長い髪をボサボサにしたメル・ドロシーだった。
勝気だった瞳は以前とは比べものにならないほど淀んでおり、ひどく濁っていた。
頬も痩けており、とても同一人物とは思えない。
そんな幽鬼のような雰囲気を放つドロシーはゆっくりと俺達の前に進み、重い口を開いた。
「…………キヲラ。本当の事を言って……。父上が……父上が……本当にみんなを殺したというの……?」
以前のドロシーとは比べものにならない程、気弱な声音でドロシーは尋ねてくる。
そのあまりの変わりように俺は戸惑った。
昔は俺と会うなり、鬱憤を晴らすように罵声を浴びせ、殴ってきたのだから、この変わりようは驚きだ。
ただ今まで信じていた者が自分の仲間を皆殺しにしたのだ。
人間不信になって当然だろう。
俺は少し本当の事を言うべきか迷った。だが少し考えてここで嘘をついても仕方がないという結論に至る。
「……ああ。お前の父、メル・ナルクが一族全てを殺したんだ。理由は分からないけどな。俺は全て見ていた。あ
れはまさしく鬼だったよ」
「お、おい、キヲラ!」
「ここで嘘を言ってもしょうがないだろ」
するとドロシーは生気のない瞳を一層濁らせながら呟いた。
「……そう……一つだけ……聞いてもいい?」
「なんだ?」
「なんで……あんたとゾフィーだけが生き残ったの……?」
当然の疑問だろう。俺は真実をここで告げるべきか迷った。
だがここで真実を告げてしまったら鬼愛羅が何か感づいてしまうかもしれない。
「ただ……運が良かっただけだ」
「…………そう」