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幕間2

棋聖院の執務室。この学院の院長でもある私はいつものように椅子に腰掛け、今年卒業する学生の配属先に印を押していた。


一年に一度のこの作業。本来ならば退屈なものでしかなかったが、今年は違った。


それは新任で編成するには異例中の異例である特別な部隊が誕生するからだ。


メル・ドロシーにメル・ゾフィー。ベル・マルスに教官ジル・ランドット。


この編成は他の者が見たら、学院の成績優秀者ばかりが集められたエリート部隊だと思うかもしれないが、それは

大きな誤りだ。この部隊は我が敬愛する主人、イヴ・テレサに扮した鬼愛羅様への生贄に過ぎないのだから。


対鬼蟲特別討伐隊、通称・鬼伐隊を編成し、死海の森の鬼愛羅様のアジトへ誘い込む。そこで私と鬼愛羅様で一網

打尽にして全員を融合させる。


未来ある者が絶望に打ちのめされるその姿……早く見物してみたいものだ。


にやける顔を抑える事が出来ずに、配属書に印を押そうとした瞬間ーー。


私は背筋に寒気を感じ、顔を上げた。


「誰だっ!」


思わず声を出して前を見ると、ドアの前に一人の男が立っていた。


……いつの間に現れたのだ? まさかこの私が気付けなかったとは……。


私の前に立っていたのは白銀の輝くような髪にルビーのような鮮やかな朱色が特徴の非常に顔立ちが整った青年だ

った。


この外見の特徴……忘れもしない、我が主人が求めてやまない、底知れぬ力を持った悲劇の一族、メル一族の者だ

った。


滅亡してしまったはずの一族の者が今まさに私の目の前に立っている。


だが、様子がおかしい。このメル一族の青年が発するプレッシャーは尋常ではなく、気を抜くとこの私でさえも気

圧されてしまう程だ。


この圧力はどこかあの鬼愛羅様を彷彿とさせる。


「院長先生、初めまして。俺はメル・キヲラという。実は今日、お願いがあって来たんだ」


丹精な顔立ちのメル一族の者は、笑みを浮かべながらゆっくりと口を動かした。


その笑みはまるで誘惑する魔物のように魅力的で、男の私でも思わず見惚れてしまう程だ。


まさかこんな学生がこの棋聖院の中に紛れていたとは……! 


いや……ちょっと待て、メル・キヲラ……どこかで聞いた名だ。そうか!


「お前は……確かメル一族の生き残りだな! 何故学生風情がこの執務室にいるんだ! 早く出て行きなさい」



こいつは確か、使いに出していた部下から報告があったメル一族の落ちこぼれだ。


メル一族内でも虐げられており、実力は学生の中でも下から数えた方が早い。


だが、何故そのような落ちこぼれが私の気付かぬ内に現れたのだ? さっきから何かがおかしい。


するとメル・キヲラと名乗った青年は私の言葉に臆する事なく一歩、一歩近づいてきた。


「……くくく。何をそんなに慌てているんだ? 俺はただの落ちこぼれの学生にすぎないというのに。それともお

前は主人の使命をこなす事に夢中で俺に構ってられないのか?」


……っ!  今こいつは何と言った!? 主人だと! 何故こんな小僧が私と鬼愛羅様の関係を!? こいつ……い

ったい何者だ!? 


「誤魔化しても無駄だ。俺は全てを知っている。死海の森に誘い込んでお前の主人の餌にする計画の事もな」


……っ! ありえない! 超極秘の計画の事まで! いったいどこで漏れると言うんだ? 


こいつ……いったい何者だ!? 落ちこぼれだと……とんでもない!


こいつは己の爪を隠し続けた……鷹だ!


「貴様……何者だ……! ただの学生じゃないな。その充溢したオーラと放たれるプレッシャー……並みのものでは

ない! 何者なんだ!?」


「……くくく。俺はただのメル一族の生き残りだ。ただし……自力で生き残った唯一のメル一族だ」


「な……なんだと! あのメル・ナルクの手から自力で生き残ったと言うのか!」


あのメル・ナルクから自力で生き残ったという事はそれ相応の実力があるというのか! という事は、こいつは一

族滅亡を事前に察知しながら自らを偽り、刃を研ぎ澄ましていたという事! それは並大抵の事ではない! こい

つは危険だ! 早急に消さなければ、その刃は鬼愛羅様にも届き得るかもしれない!


だが……メル・ナルクと戦うには奴と同じ力が必要なはず……まさか!


「もう遅い。鬼愛羅の忠実なるシモベ、ヘルレイザー」


キィィィンという音を立て、メル・キヲラの瞳が黄金に輝き、蛇のように瞳孔が縦に割れたその瞬間ーー。


「……その力……本物か……」


まさに一瞬の間も無く、メル・キヲラの姿が掻き消えたと思った瞬間、背中に鋭い圧力を感じた。


振り向くまでもない。刀を背に突きつけられている。完全にチェックメイトだ。


メル・キヲラの姿が掻き消えた瞬間、凄まじい程の威圧を感じた。


これがもしやあのメル・ナルクが立つ領域なのか……? こんなもの、勝てるはずがない……。


これが……時間停止……!


「言っただろう。俺はお願いに来ただけだと」


「なにっ! お願いだと!?」


「そうだ。俺の要求は一つだけ。鬼伐隊の編成をメル・ゾフィーではなく俺、メル・キヲラに変えろ」


なに……? 編成を変えろだと? そうか! メル・ゾフィーとメル・キヲラは兄弟!


危険な役目を妹に変わって引き受けるという訳か!


なるほど……ふふふ。いくら優れた力を持っていたとしても所詮は人間という訳か。


情の脆さ……これがこいつの弱点! これは利用出来る。


「……分かった。お前の言う通りにしよう。今日から君は鬼伐隊の一員だ! だから早くその物騒なものをどけてく

れ!」


「……そうそう一つ言い忘れていた事があった。お願いはお願いでも俺はお前に頼んだ訳じゃないんだ」


「…………は?」


すると突きつけられていた刀から何かがするすると移動し、私の背中を何かが伝ってきた。そのあまりの気味の悪

さに背筋が凍る。


「な……なんだこれは!?」


私の肩を通って何かが私の腹に落ちた。それは、20cmは下らない、黒々と鈍く光るムカデだった。赤黒く正気の

無い瞳が爛々と輝いて私を見ている。


「お前は蠱毒を知っているか?」


魅惑の容姿をした青年が淡々と尋ねる。


蠱毒……それはこの世界の禁忌の法だ。


強力な毒を持つ鬼蟲を数十体同じ箱に閉じ込め、互いに毒を持って捕食させる。そしてその中で生き残った1匹の

鬼蟲が持つ毒は蠱毒と呼ばれる強力な毒へと変貌する。


蠱毒は極めて獰猛な毒でこのトゥーンランドでは禁忌とされている。


だが私は知っている。我が敬愛すべき主人、鬼愛羅様がこの蠱毒を好んで生成していた事を。そしてこの蠱毒を人

体に与えるとどういう作用を及ぼすのか。


「くくく。お前なら分かっているはずだ。この蠱毒の威力を。まぁ、今まで散々他人を弄んできた末路と言えよ

う。この毒を貴様自身の身に受けるのはな」


「ぐ、ぐわぁぁ! や、やめろぉぉ! こんな事は! こんな事があって良いはずがない! 私は! 私は!」


私は腹に落ちたムカデを必死に振り払う。無我夢中で取り除こうとするも、ムカデは服の中にまで侵入し、首まで

登ろうとしてきている。


ま、まずい……! 私はこの蠱毒の恐ろしさをよく知っている。


何故なら我が敬愛すべき主人、鬼愛羅様がよくこの蠱毒を使って様々な者達に実験をしていたからだ。


この蠱毒によってモルモットにされた者達の末路は悲惨なものだった。


まず刺されたら命はない。注入された毒は一瞬にして全身を蝕み、脳を破壊する。


だがこの毒の真に恐ろしいところはこんなものではない。


この毒に侵された者は死よりも恐ろしい未来が待っているのだ。


「とってくれ! とれ! 早くしろ! はや……」


ズブリッ! とムカデの顎が私の首筋を貫く。


言葉にならない程の激痛が私を襲った。


薄れ行く意識の中、私はこのメル一族の生き残りの青年を過小評価していた事を強く後悔する。


鬼愛羅様を害する最も危険な存在はメル・ナルクなどではなかった。


最も恐るべき存在はこのメル・キヲラだったのだ!


早く……鬼愛羅様に……伝えなくては……だ……が……。


そこで私の意識は永遠に途絶えた。


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