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幕間1


「鬼愛羅様、それではメル一族滅亡の顛末を報告させて頂きます」


二本の松明に灯った炎が薄暗い洞窟を照らす。


松明の間には一つの煌びやかな玉座があり、一人の少女が腰かけていた。


白雪のような真っ白な肌と非常に美しい精巧な顔は西洋人形を彷彿とさせる。


彼女は一見すると触れれば折れそうなほど儚い雰囲気を持つ少女に見えるだろう。


だが私はよく理解している。幼い外見はただのカモフラージュであり、その中身は悪魔よりもなお邪悪にまみれた

真の化け物である事を。


その証拠に瞳は異様な程血走っており、視線だけで人を殺せそうな程、今の少女は剣呑な雰囲気を纏っていた。


私は少女、いや、鬼蟲の王・鬼愛羅様の前にひざまずきながら心中荒れ狂う我が主人の機嫌を必死の思いで窺って

いた。


「メル・ナルクめ……! よもやメル一族そのものを滅ぼすとはね……! やってくれるわ……!」


ドンッ! と鬼愛羅様は玉座を叩き、呪詛を吐いた。その一撃だけで国一つを易々と買える価値を誇る玉座は半壊

する。鬼愛羅様のあまりに凄まじいプレッシャーに場がビリビリと震えた。並の鬼蟲ならこれだけで戦意喪失する

だろう。


私は冷や汗を掻きながら言葉を添える。


「……かの王はこちらの動きを察していたのかと。鬼愛羅様の完全体化阻止が狙いと思われます」


「吸収・融合を無限に繰り返した今の私に必要なのはメル一族の肉体……。理想は時を止めるという究極の力を持

つメル・ナルクを吸収する事だけど、今はまだ敵わないわ……。その為に同じ力を持つメル一族の肉体が必要だっ

たのに……メル・ナルクめ……!」


鬼愛羅様は忌々しそうにメル・ナルクの名を零す。


メル・ナルク……言わずと知れたトゥーンランド最強の王だ。


時を止めるというまさに最強の力を使いこなし、全ての戦を勝利に導く世界最強の人間。


さしもの鬼愛羅様といえども、対策なしには勝てる相手ではない。


勝つにはメル・ナルクと同じ力が必要になるだろう。そう考えて鬼愛羅様はイヴ・テレサという少女を乗っ取り、

トゥーンランドの内側からメル一族を監視していた。


だが結果はメル・ナルクと同じ力を持つ者は誰一人として現れず、メル・ナルク自らがメル一族を滅ぼすという最

悪の結果に終わってしまった。


鬼愛羅様がこれほどまでにご乱心なさるのも無理はないだろう。


「鬼愛羅様、報告によりますとメル一族にも生き残りはいるようです」


すると鬼愛羅様は血走った目を上げて私を睨みつける。……っ! ここで嘘を言ったら殺されるのではないかと思

う程の殺気を感じる。


「なに……! 本当なのね! くはははっ! 神はまだこの私を見捨ててはいなかった! で、生き残った者達は

誰なの……!?」


私は覚悟を決めて口を開いた。


「……生き残りは3名いるようです。一人はメル・ナルクの実の娘、メル・ドロシー。残りの二人は同じく棋聖院

の学生、メル・ゾフィーとメル・キヲラ兄弟です」


調査に出していた私兵の報告ではメル・ドロシーはただ一人、聖地巡礼には赴かなかったようだ。メル・ドロシー

はメル・ナルクの実の娘。親心が働いてメル・ナルクが生かしたのだろうか。いや、一族郎等皆殺しにしたあの非

情な男がそのような事をするはずがないとは思うが……。


「へぇ……。メル・ナルクの娘ねぇ。あのナルクも人の子だったということかしら? で、後の二人は?」


「はっ、メル・ゾフィーはメル・ドロシーと同じく棋聖院でもトップクラスの成績との事ですが、その兄であるメ

ル・キヲラは……」


私は少し言い淀む。


「……? どうしたの? 続けなさい」


「はっ、それがメル・キヲラの成績は棋聖院でも最下位近く。メル一族内でも落ちこぼれとの風評があります。鬼

愛羅様の器には成りえないかと」


そう、メル・ドロシー、メル・ゾフィーはまだいい。私が院長を務める棋聖院でもその実力は申し分ない。


二人とも底が見えない程の才気に満ち溢れている。ゆくゆくはメル・ナルクと同じ境地まで辿り着くかもしれな

い。


だが、メル・キヲラは別だ。学力、実技ともに最下位すれすれというメル一族でも珍しい程の落ちこぼれだ。


メル一族内でも落第生のレッテルを貼られ、同族達に虐げられているところも目撃されている。


さらに始末に負えないのは、本人は反抗すらせず、今の処遇を受け入れてしまっているところだ。


この者に期待するところは一つもないだろう。なぜ生き残ったのかすら分からない。


「なるほどね……。全く、そのようなゴミが生き残るとは……。ん? メル・キヲラ……? ああ、どこかで聞いた

名だと思ったら、同じクラスのあの小僧か……なるほどね」


「……どうかなされましたか?」


私は鬼愛羅様の反応を意外に思った。無能を死ぬほど嫌う鬼愛羅様の事だ。メル一族の貴重な生存枠にこのような

弱者が混じっていたら、蛇蝎の如くこき下ろすと思っていたが、何やら少しご納得されている様子……そういえば

このメル・キヲラという者は鬼愛羅様が棋聖院で最も気にかけられていたベル・マルスと親交が深く、直接メル・

キヲラをご覧になられた事があるはず。鬼愛羅様なりに何か思うところがあったのだろうか。


「……いや、私の思い違いだわ。ふん、この鬼愛羅ともあろう者がメルのひよっこ共しか相手に出来ないとは……。

メル・ナルクめ、必ずこの積年の恨みを晴らしてくれる……」


鬼愛羅様が放つプレッシャーに再度ビリビリと場が震えだす。


「……鬼愛羅様、それではこの死海の森の祭壇に送り込む生贄はメル・ドロシー、ベル・マルス、メル・ゾフィー

の3名で宜しいでしょうか?」


「……ええ、それでいいわ。あとジル一族の者も一人欲しいわね」


「それではトゥーンランドの精鋭騎士、ジル・ランドットを教官に置き、鬼伐隊として配属するというのは如何でしょうか?」


「構わないわ……ふふふ、楽しみねぇ。早くここに来ないかしらぁ? ……それにしても」


鬼愛羅様の表情が一瞬にして能面のように無表情になる。


この珍しい反応に私は興味を抱いた。


「どうかなさいましたか?」


「……メル一族が滅亡した日はいつだったかしら?」


「……? ちょうど一ヶ月前の今日だったと記憶していますが……?」


「……私の融合体の中にハチ型鬼蟲の女王がいることは知っているでしょう?」


「はい、もちろんです。この死海の森を偵察する役割のシモベでしょう」


「そう……だけどあのシモベ達は何者かに全て始末されたわ」


「なっ……! あのシモベ達は死海の森でも随一の力を持った鬼蟲だったはず! それが全滅ですと!?」


「ええ……間違いないわ。それも私に一切の情報を与えずにね。人間業じゃないわ」


「そんな馬鹿な! 偵察バチの眼をもってしても敵を捉えきれずに全て殺されるなどあるはずが……まさか!」


「ええ、おそらくは時を止めたんでしょうねぇ……」


時を止める……! そんな芸当が出来るのはこのトゥーンランドの中で一人しかいない……!


「となるとやはりメル・ナルクの仕業でしょうか?」


「ほぼ間違いなくね……ただ」


「……ただ?」


「犯人がメル・ナルク以外だったとすると面白くなぁい? 例えば生き残った3人の内の誰かとかね……!」


「馬鹿な! 有りえません!」


「ヘルレイザー……あなた、誰に対して口を聞いているの……?」


鬼愛羅様の血走った瞳が血の様に真っ赤になり、濃密な死の気配が辺りに漂う。


私はあまりのプレッシャーに息をする事すら出来なかった。


「もっ、申し訳ございませんっ!」


「…………まぁ、いいわ。そんな訳ないものね。夢は見るもんじゃないわ。じゃ手筈通りにね…………くはははは。

本当に楽しみだわぁ、早く絶望に打ち拉がれたメルの顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいわぁ」


洞窟内に悪魔よりも悪魔らしい笑い声が響き渡った。


我が主人の何ともはや、悪趣味さよ。


だが私は思う。若き才能に恵まれたあのメル一族の少女達が鬼愛羅様という本物の悪魔に嬲り尽くされるその姿を

想像するだけで……自然と顔がにやけてしまうのが止まらない。


その光景は是非とも見物してみたいショーの一つだった。


これだから私は鬼愛羅様に仕えずにはいられないのだ。


「ははぁっ!」


私は鬼愛羅様に平伏する中でも笑いが止まらなかった。


つくづく思う。私も鬼愛羅様に匹敵する程の悪趣味である事を。


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