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18話

「はぁっ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


半日走り通して光の届かない暗い谷底からようやく抜け出すと、目の前に広がっていたのは広大な森林だった。


「どこなんだよ……ここは……」


5年間毎日死海の森に入ったおかげで、死海の森の全てを理解したつもりだった。


だが……ここは知らない。見覚えがない……。おそらく原作でもこの森は見た事がない。


くそっ! こんな時に限って迷ったのか! ここはおそらく死海の森の深海部のさらに奥。


しかしまた元の洞窟に戻るのは危険だ。大群のダンゴムシ型の鬼蟲と遭遇する危険がある。


このままこの森を進んで大きく迂回するしかない。


そう覚悟を決めて歩き出そうとした瞬間。



「お……お兄ちゃん……」


「……! ゾフィー! 目が醒めたのか!」


後ろに背負ったゾフィーが弱々しく口を開く。だがどう見てもゾフィーの顔色は悪く、回復しているようには見え

ない。


「ごめんね……私のせいで……こんなに苦労させちゃって……」


「ゾフィー! まだしゃべるな! もう少し寝てろ!」


「ずっと……謝りたかった。お兄ちゃんは……ずっと私を守ってくれてたのに……私は……お兄ちゃんを疑っちゃっ

てた……」


「今はそんな事はいい! 生き残る事だけを考えるんだ!」


「ごめんね……たった一人だけの家族なのに……きっとお兄ちゃんは私を助けてくれる為に今までずっと一人で頑張

ってたんだね……5年間もずっと……」


「……! どうしてそれを……!」


「……ナルク様との戦いを見たら誰だって分かるよ……。あんなの普通の戦いじゃない……。それに今もずっと私を

かばって……いてくれたんでしょ……?」


……。ゾフィーに俺はずっと隠し事をしていた。俺がゾフィーの本当の兄ではないと。今こそ本当のことを言うべ

きなのかもしれない。しかしゾフィーの顔色は悪くなる一方だ。


いくら万能の青薬を飲んだとはいえ、半日もずっと負ぶっているのだ。相当体力が消耗しているはずだ。果たして

今打ち明けてもいいのだろうか……。


「お兄ちゃん……もう……いいんだよ……私を……置いていっても……」


「……っ! な、何を言ってんだ! そんな事する訳ないだろっ!」


「分かるんだ……もう……あんまり持たないって……事が……」


「止めろ! 馬鹿な事言うな! 俺達は助かるんだ! 絶対に生きて帰るんだ!」


やめろ……ゾフィーが死ぬなんてありえない……! 絶対に死なせるものか……!


だが先ほどから聞こえてくるゾフィーの呼吸音がどんどん小さくなってきているのが分かった。


「お兄ちゃん……ごめんね……。お兄ちゃんは……やっぱり本当の私のお兄ちゃん……だったよ……」


「止めろ! ゾフィー! お前は死なない! 絶対に俺が、兄ちゃんが助けてやる! だから……もう少しだけ踏

ん張ってくれっ!」


そうだ! 絶対にゾフィーを死なせてなるものか! 俺がゾフィーを助けるのだ!


そう決意したその瞬間ーー。


ブゥゥゥゥゥゥウウウウウーーン。


蟲の羽ばたく悪魔の音が響き渡った。


「なん……だと……」


この羽の羽ばたきは……忘れもしない……鬼蟲の中でも最悪の悪魔が奏でる音色だった。


ブゥゥウウウーーン、という音が次第に近づいてくるのがよく分かる。


「こんな時にあいつが……まずいっ!」


俺は全速力で森を駆け始める。


木々が線になり、景色が高速で後ろに流れていく。負傷してゾフィーをおぶっているとはいえ、俺の走る速度は並


の鬼蟲では追いつけない。


だが、ブゥゥゥゥウウウウウウーーンという羽音がどうしても振り払えない。


くっ……! やはりダメか……。


俺は覚悟を決めて振り返り、敵を待ち構えた。


姿を現したのは、5年前に始めて死海の森に足を踏み入れた時に確認した鬼蟲、ハチ型の鬼蟲だった。


体長は1m程と鬼蟲の中では小型の部類だが、秘められた力は並みの鬼蟲を軽く凌駕している。


まず刺されたら命はない。ハチ型の鬼蟲の毒はとても強力で肉を一瞬でグズグズに溶かし、皮一枚になるまで吸い

取られる。


そして最も厄介なのが……。


目の前でホバリングしながら俺を油断なく見つめる一匹のハチ型の鬼蟲の姿を注視する。


このハチ型の鬼蟲に遭遇した場合は絶対に交戦してはならないというのがトゥーンランドでの常識だ。それはこの

鬼蟲の持つ特性が非常に厄介だからだ。



もしも出会ってしまった場合は脇目も降らずに逃げろというのがこの世界の常識だ。


何如に優れた肉体を持つ俺でもこのルールは守ってきた。それほどこの鬼蟲は危険な存在なのだ。


俺はすかさず黄金の瞳を使い、時間を止める。


そして弱点である赤黒い瞳を一刀両断の元に切り捨てた。


「ギ……ギィ……」


するとハチ型の鬼蟲は赤黒い瞳の輝きを失い、地面に倒れた。


このハチ型の鬼蟲に遭遇した場合、取るべき選択は二つある。


一つはもちろん全速力で逃げる事。もう一つはメル一族にしかなし得ない対処方だが、対峙した瞬間に殺す事。こ

の二つだ。


この鬼蟲の厄介なところは群れる事にある。この鬼蟲は群にして一個の生命体なのだ。


一匹が伝える情報は即座に群れに伝わる。


どのような敵が現れたのか、位置情報、敵の容姿、特徴などが一瞬にして女王バチに伝えられ、そこから全兵隊バ

チに拡散されるのである。


まるで転生前の世界のインターネットのようだ。俺はこの5年間この鬼蟲だけは敵対せずに、遭遇したら逃げてい

た。この鬼蟲の恐ろしさがよく分かっていたからだ。


だが今は背中にゾフィーがいる。俺が取るべき選択肢は2つ目だ。


情報が女王バチに伝えられる前に殺す!


だがこの鬼蟲は一匹、一匹が強く、容易に倒せる相手ではない。


だから俺は黄金の瞳を使い、時間を止め、一気に息の根をを止めたのだ。


「………………」


辺りに静けさが戻る。


上手くいったか……? 俺は注意深く耳を傾けると……。


……ブゥゥーン…………悪魔の羽ばたく音が聴こえてきた。


なんだと………!? 時を止めて殺したのに情報が伝わったというのか!


まずい……ここは危険だ! 俺はなりふり構わずに全速力で逃亡する。



だが、ブゥゥウウウーーンという羽音は聞こえなくなるどころか、次第に大きくなり、何重にも重なって羽音が聞

こえてくる。


ウソだろ……一瞬で殺したというのに何故なんだ!?


俺は絶望に打ちひしがれながら、出せる全力の速度で走り続けた。


「…………お兄ちゃん……私を……置いて……逃げて……」


「……っ! 俺がお前を見捨てて逃げるわけないだろっ!」


俺は吼えるように叫んだ。ゾフィーを見捨てるなどあり得ない。


だがこのままでは…………。


悪魔の羽ばたく音がどんどん近づいてくる。しかもこれは大群だ。


ハチ型の鬼蟲の群れが俺達を狙ってもうすぐそこまで来ている。


俺は覚悟を決め、再び足を止めて振り返った。


「……お兄ちゃんっ!?」


「……すまない。ゾフィー、俺は情けない兄ちゃんだ。だけどお前を一人にはさせない」


「……いやっ! お兄ちゃんは……逃げて……!」


「あのメル・ナルク相手ですらなんとか生き残ったんだ。あんなハチくらいどうとでもなるさ」


これは強がりだ。本当は俺にだって分かっている。これが絶体絶命な状況だという事が。


羽音は次第に煩い程大きくなり、とうとうハチ型の鬼蟲の大群が姿を現した。


ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブゥゥン、ブ

ゥゥン。


姿を現したのは数えるのも馬鹿らしい程のハチ型の鬼蟲の群れだ。


おそらく1000匹はくだらないだろう。ハチ型の鬼蟲の赤黒い瞳は全て俺を見据えて高速で飛び交っている。


群れはうねるように動き、まるで大きな一個の生命体のようにも見えた。


「はははっ……こいつらを5秒で全部仕留められるか……?」


あのメル・ナルクですら1分で1000人を殺すのがやっとだったというのに、俺は5秒で1000匹を殺さない

とダメなんて……。あまりにも不利な状況だ。


だがやるしかない。ここを切り抜けるには全部を殺す以外に道はない。


ハチ型の鬼蟲は俺を警戒しているのか、動き出そうとしない。


「……お兄ちゃんっ!」


「……ゾフィー。行ってくる!」


向こうから来ないなら好都合だ。先手必勝。


俺は黄金の瞳を輝かせ、ハチ型の鬼蟲を睨む。気持ち悪いくらいに響いていた羽音も次第に小さくなり、全く聞こ

えなくなる。鬼蟲はまるで縫い付けられたかのように空中で停止している。


時が止まった。俺に与えられた時間は5秒。


ここでやるしかない! 俺は腰に携えていた刀を取り出し、次々と鬼蟲の瞳を撃ち抜いていく。


「……ぐっ!」


崖から落ちて負傷した右肩がズキズキと痛む。万能の青薬を塗ったとはいえ、かろうじて動かせるようになったぐ

らいだ。


だが今はやるしかない!


1秒、2秒、3秒、4秒…………。


過去最高のスピードで鬼蟲を撃ち抜いていくが……。


ダメだっ! 数が多すぎるっ! まずい……! 時間……ぎ……れ……か……!


自分でも驚く程の速度で鬼蟲を捌いていったが、半分を削ったところで限界が来てしまった。


羽音がどんどん大きくなり、体の動きが鈍くなる。


やがて俺の体は全く動かせなくなった。


「お兄ちゃんっ!」


ゾフィーの悲痛な叫びがこだまする。


くそっ……ここで終わりか……ゾフィーを守る事が出来なかった……。


前世が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


せっかくメル・ナルクから生き残れたというのに、ここで死ぬのか。


やはり原作にはないキャラは除外される運命だったのかもしれない。


俺は……ただ……自由にゾフィーと暮らしたかっただけなのに……。


ブゥゥン、ブゥウン、ブゥウンと羽ばたく鬼蟲は崩れ落ちた半数の同族を見て、しばらく固まっていたが、その屍

の中に棒立ちで立つ俺を見て、一斉に動き出した。


本能で悟ったのだろう。指一本動かせない俺はそんな鬼蟲を見て目を瞑ろうとしたが、時を止めた反動のせいでそ

れすらも許されない。


何百ものハチ型の鬼蟲が俺目掛けて、腹の先にある鋭い毒針を突き刺そうと接近した瞬間ーー。それは起こった。



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