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16話

「ゾフィーッ! 逃げっ」


ガンッッッ!!


背中にまるでダンプカーと衝突したかのような衝撃が走り、俺の体は川切りの石のように地面を何回も跳ねて木に激突し、やがて静止した。


かッはァッ……!


あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。


しかし死海の森で培われた剛鉄の意志で俺は目の前の怨敵を睨みつけた。


「……メル……ナルク……なぜ……生きている……!」


そう、俺の目の前で悠々と仁王立ちしていたのは、心臓を突き刺して死んだと思っていた怨敵、メル・ナルクだった。


体には至るところに風穴が開き、右眼からは血が止めどなく流れているが、まるでこの程度の傷がどうしたと言わんばかりに、揺るぎない闘争の意志をこの男から感じる。


「……それは余が問うべき事……小僧、貴様何故その眼を持っている?」


「誰が…………言うかっ!」


俺はその瞬間、懐から矢を取り出し、あらぬ方向に投擲した。矢は予め森の木に仕掛けていた糸を千切り、トラップを発動させる。


「……ぬぅ」


それを合図に無数の矢が森から放たれ、メル・ナルク目掛けて襲いかかる。


これはもしもの時の為に俺が用意していたトラップだ。


だが相手は地上最強の男、矢の速度など亀にも等しいと言わんばかりに、最小限の動きで全てをかわしていた。


その隙に俺は火打石を懐から取りだし、光速の動きで擦り合わせ、火を生み出す。


火を地面に突き刺さっている大量の矢に放った。


しかしメル・ナルクは俺の小細工など意も介さずに、それがどうしたと言わんばかりに殴りかかってきた。


ーーその瞬間。


ドンッ! ドッ! ドッ! ドンッ! ドンッ! ドッ! ドッ! ドッ!


地面が連鎖的に大爆発を起こし、爆風が俺達を襲う。だが、


「時間停止っ!」


俺の瞳が黄金に輝きだし、全ての時の動きを止めた。


「ぐぅっ!」


メル・ナルクも負けじと時を止めようとしたが、俺に潰された右眼を抑え、小さく呻いた。


俺はその隙を逃さずに素早くその場を離脱し、彫刻のように固まっていたゾフィーを抱えて全速力で死海の森へと走った。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……何なんだ、あの化け物は! なんで心臓を潰されて生きているんだ! そんなのありかよっ!」


ありったけの怨嗟を叫びながら俺は生涯最高の速度でトゥレモロの丘の崖に沿いながら走り抜ける。


さっきの大爆発は俺が最大の保険として仕込んでいた地雷トラップだ。


ここが戦場になると最初から分かっていたのだ。出来る限りの備えをしておくのは当然の事だろう。


この地雷こそ最後の最後の逃走経路として用意していたのだ。出来る事なら使わずに終わらせるはずだった。


だがメル・ナルクという男はまさに想像以上の化け物だった! 


有りえない……なんであいつは生きているんだ!? 


俺はパニックに陥りながら時が止まったまま動かないゾフィーを見つめる。


くそ……一旦体制を整えてそれから……せめてゾフィーだけでも……!


「は……ははっ……………………うそだろ……」


だが俺の考えはあまりにも甘すぎた。


なぜなら時が止まっているはずの世界の中で、俺を待ち構えて仁王立ちしていたのはそこにいるはずのない男……メル・ナルクだったのだから。


周りこまれていた……だと? この停止した世界の中で、この男は俺よりも早く動けるというのか……?


その時、体が急に鈍くなり、完全に動きが止まる。俺は受身を取れないまま、ズザザァッと地面に激しく転がった。


し……しまった! 時間……切れ……か……!


このタイミングで時間停止の反動が来てしまうなんて……!


地面に転がったまま、指先一つ動かせない俺の元へ、ザッ、ザッ、ザッと大男の近づいてくる足音が聞こえる。


くそっ……過小評価していた……このメル・ナルクという男を……甘かった! 


……初めから戦うべきではなかったんだ! 真っ先に逃げる事だけを考えて行動するべきだった!


だがいくら悔やんでも、もう全てが遅かった。


指先一つ動かせない状態の中、巨大な手で俺は頭を鷲掴みにされ、持ち上げられる。


辛うじて目を開けた先には、最も忌むべき男、メル・ナルクの顔があった。


「小僧……答えろ。何故貴様はその眼を持っている?」


メル・ナルクの手が万力のような力で俺の頭を押しつぶさんと締め付ける。


「ぐぅ……あぁぁぁっあ!」


「答えろ」


メル・ナルクが有無を言わさず問い質す。


「……ぐぁぁ………し……死海の……森で……身につけた……」


「……死海の森? なるほどな。では何故今日、余の襲撃があると知っていた? これほどまで周到に準備していたのだ。知らなかったとは言わせぬぞ」


「…………ぐぁ……ぁぁ……!」


メル・ナルクの万力のような握力がさらに増す。俺はただ呻き声を上げる事しか出来なかった。


「勘違いするなよ、小僧。余はな、貴様を評価しているのだ。この己の器すら測りきれん愚かな一族に、よもや貴様のような獅子が眠っていようとはな。此度の戦、まっこと胸が高鳴った。……名を聞こう」


「……ぅぁ……」


だが俺は痛みで意識が朦朧とし、声を出すことが出来ない。


「二度も言わせるな。余は名乗れと申しているのだ」


ドンッ! と丸太のような太腕でメル・キヲラは俺の腹を殴り、俺の頭から手を離した。俺は腹を抱えてドサッと地面に横たわる。


「がッはぁッ! ……ぁぁはぁ……はぁ…………メル……キヲ……ラ……」


「キヲラ……か。覚えておこう。この左眼を潰した褒美だ。貴様を生かしておいてやる。生かす理由も出来たからな。だが……」


スッ、とメル・ナルクは何人もの生き血を啜り、鈍く輝く刀を構えてふと横を見た。


「や…………やめろっ!」


その視線の先にいたのは……ゾフィーだった。


「こやつは必要ない……メルの血は絶やさねばならぬ」


メル・ナルクはあろうことか恐怖に顔を歪めているゾフィーに近づき、刀を近づける。


「………ひぃっ……!」


ゾフィーはあまりの恐怖に声が出ないのか、後ずさりするだけだ。


「見よ、この情けない面を……最優と謳われ、持て囃され続けた一族の成れの果てがこれだ。……くだらん、実にくだらん。余が手ずから持って切り捨ててくれる」


「あっ……ぐぅっ!」


メル・ナルクはゾフィーの細首を鷲掴みにし、顔の前まで持ち上げる。


ゾフィーは苦しそうに呻くだけだ。


やめろっ……! ゾフィーが……殺される!


「や、やめろ! やめてくれっ! ゾフィーだけは……ゾフィーだけは殺さないでくれっ! ゾフィーだけが……ゾフィーだけが俺を助けてくれたんだ! 俺の唯一の家族なんだっ!」


「……お……お兄……ちゃん……」


ゾフィーは俺を見て申し訳なさそうに微かに笑った。やめろ……やめてくれ……ゾフィーだけが俺を支えてくれたんだ。ゾフィーだけは失うわけにはいかない。


だから……。


「や、やめろぉぉおおお!」


「ならぬ」


ザしゅッ……。刀が肉を貫く鈍い音だけが場に響いた。


その瞬間、何もかもがスローモーションになる。これは……時間停止などではない。


ゾフィーの腹を貫通した刀を見て、俺は絶望の色に染まった。


ゾフィーは血を吐き、目を瞑る。


メル・ナルクはズルッ、と刀を引き抜き、ゾフィーを鷲掴みにしたまま、崖の淵へと立った。


ゾフィーの腹からは止めどなく血が流れ続ける。


「……選択肢をやる。安心せよ、あえて急所は外した。だがこの娘はこのまま谷底へと突き落とす。そうなれば万が一にも助かる見込みは無い。この娘がどうなるかは小僧、貴様次第だ」


そう言ってメル・ナルクは鷲掴みにしたゾフィーを崖の谷底へ向けて手を向けた。


そのまま手を離せば、ゾフィーは谷底の闇に消えるだろう。


「では、さらばだ……小僧。貴様の生き様、余に魅せろ」


瞬間、メル・ナルクは手を離した。そのままゾフィーは闇の中へと落下してゆく。


選択肢だと……? そんなものはとっくに決まっている。


俺がゾフィーを見捨てることなど有りえない! まだ助かる見込みがあるのなら、たとえマグマの中でも突っ込んでやる! 


「うぉぉぉぉぉおおおお!」


俺は崖に向かって飛び出し、真っ暗な闇の中へと身を投げ出す。


そのままゾフィーをしっかりと抱き抱えて、真っ暗な闇の中へと落ちていった。


落ちる瞬間に一瞬だけメル・ナルクの顔が見えた。


その顔にはまるで子供のような無邪気な笑みが浮かんでいた。

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