13話
ようやく同胞が半分も死んだという事態を飲み込めたのか、場は大パニックに陥っていた。ある者はその場から逃げ出し、ある者は蹲り、またある者は呆然と立ち尽くしている。
ふと、横を見るとゾフィーは恐怖にガタガタと肩を震わせていた。
「……なに……なんなの……これは……なにも……なにも見えなかった……皆が……一瞬で殺された……!」
俺は呆然自失に陥っているゾフィーに喝を入れる。
「ゾフィー! 気をしっかりと持て! 絶対に俺から離れるな! 今だけは俺の言う事を聞けっ!」
ゾフィーははっとしたような表情を見せ、しっかりと俺を見つめる。
「うん……分かった……!」
気を取り直したゾフィーを確認した後、俺は再び深呼吸をして前を見つめた。
大パニックに陥っているメル一族をよそに俺は集中して考えをまとめる。
今の一撃はもちろん、メル・ナルクの攻撃だ。
この場にいる誰一人として何が起こったのか正確に理解出来た者はいないだろう。
ーーこの俺を除いては。
俺はずっと見ていた。メル・ナルクの動きを。真相は実に単純だ。
メル・ナルクは一人一人、刀で急所を刺していったのだ。何千という人々を一人ずつ。
素早いとか光速の世界だとかいう話ではない。
この攻撃の真実は……おそらく原作を知っている者しか分からないだろう。
俺も真実を知った時の衝撃は今でもよく覚えている。
メル・ナルクがした事……それは時間停止だ。
そう、時を止めたのだ。いや、時を止めたという言い方は語弊がある。
メル・ナルクの加速は光の速さを超え、とうとう時間さえも置き去りにした。
すなわちメル・ナルクは止まった時の中でも動く事が出来る程、動きが速いのだ。
これこそがメル一族が辿り着く力の終着点。優れた五感や超スピードもおまけでしかない。
時を置き去りにしたメル・ナルクは一人ずつ動かぬ標的に刀で刺し殺していった。
停止した時の中で動ける者はメル一族の精鋭といえども一人として存在しなかった。
だがその様子を俺はずっと見ていた。
メル・ナルクが停止した時の中で動ける時間はおよそ1分……! これなら丁度作戦通りにいけるか……?
心の中で呟く。俺は片時も目を離さずに、メル・ナルクを見つめる。
奴は刀を振り被ったまま死屍累々と横たわる屍の上で悠々と仁王立ちしていた。
その朱色だった瞳を黄金色に輝かせて。
だが実はこの無敵の能力にも唯一と言っていい致命的な弱点が存在する。
それがこの時間停止後のインターバルだ。この時間停止の力は連続で使い続ける事が出来ない。
時間停止の連続使用には必ずインターバルが必要なのだ。このインターバルの最中は全く動く事が出来なくなってし
まう。この瞬間こそが俺達が生き残る最大のチャンスなのだ。
流石のメル・ナルクといえども、一度にメル一族を皆殺しにする事は出来なかった。
時間を置き去りに出来る力にも必ず限界があるからだ。
メル・ナルクの停止限界はおよそ1分……それでも十分化け物じみているが……。
そしてようやく残り半分を殺す為のインターバルが終わりを告げる……!
まるで滝のように降り注いでいた雨粒がやけにゆっくりになり、この場から一目散に逃げ出そうとしていた人々の怒号や喧騒の音が消えていく。
やがて完全に人々の足が止まり、雨粒が空気中にガラス細工のように固まった。
ーーこれこそがメル・ナルクの時間停止!