12話
俺達はそれから三日三晩歩き続けた。幸い道中には強力な鬼蟲も現れる事はなく、目的地へと辿りついた。
おそらくそれもメル・ナルクという男が放つ異様なプレッシャーが原因だ。
脱落者も少なく、大きく数を減らす事も無いまま、俺達は聖地・トゥレモロの丘へと辿り着いた。
俺はゆっくりと辺りを見渡す。森を抜けた先に見えるのは一つの小高い丘だ。
丘の先は断崖絶壁となっており、底が全く見えない闇が広がっている。
空には炭のような曇天の雲が広がり、絶え間なく大雨が降り注いでいる。
丘の手前には銀の髪の集団が無数に跪いており、全ての者が丘の頂上にいる一人の大男を見上げていた。
そう、この大男こそトゥーンランド史上最強の男、メル・ナルク王だ。
2mを優に超えているだろう筋骨隆々の体躯とそのあまりに常人離れした圧倒的なオーラは見る者を圧倒する。
メル・ナルクは見事としか言いようのない真っ白なローブを羽織っており、手には一振りの黒い刀を携えていた。
男の髪は色素が全て抜け落ちているのか、白雪のように真っ白であり、爛々と鋭く光る朱色の眼光は、俺にとっては恐怖の象徴だ。
その男がメル一族の全ての者を見下ろしていた。
……とうとうこの時がやってきた……。
俺はドクン、ドクンッと煩く響く心臓の鼓動を無視しながらもう一度辺りを見渡す。
目の前に広がるのは数千人にも及ぶ静まりかえった人の群れ、俺はその最後列にいる。
そして横にはゾフィーがいる。
よし、思い描いていた通りの布陣だ。第一段階はこれでクリアー。
俺はゴクリと生唾を飲んでメル・ナルク王をじっと見つめた。
その時、曇天の雲から一条の光がピカッと光り、メル・ナルク王に降り注いだ。
ドォォォォン!
その後に轟音が辺りに響く。
「くぅっ!」
俺は呻き声を吐きながら片目を瞑った。
稲妻だ。稲妻が丁度メル・ナルク王へと落ちたのだ。
砂埃がトゥレモロの丘に舞い上がる。そして砂埃が消えた時、一人の男の姿が悠々と現れた。
「「「「おおおおぉぉ!」」」」
稲妻が落ちたというのに傷一つないメル・ナルク王の姿が現れた瞬間、場にどよめきが響いた。
メル・ナルクの足元には焼け焦げた地面の跡があった。
そう、避けたのだ。光の速さの稲妻をこの男は見切って避けたのだ。
これがメル・ナルクという男の真骨頂。メル一族の能力・加速の限界を突破した先には光速の世界が広がっている。
このメル・ナルクという男は初速で稲妻よりも速く動く事が出来るのだ。
なんという化け物だろうか。この速度に対応出来るメル一族は存在しないだろう。
メル・ナルクは一振りの黒々と輝く刀を振り上げた。
メル一族の人々は皆、まるで神託を受け取るかのようにメル・ナルクを崇めている。
ーーその時だった。
ザンッ!
とメル・ナルクが地を蹴る音が響き渡った瞬間、前半分の列にいた何千という人々が一斉に倒れ伏した。
人々はまるで何が起こったのか分からないのか、誰の一人も動き出さない。
しかし、何千人もの人々の夥しい血が丘から川のように流れ出すと、ようやく事態を理解したのか、人々は怒号と共に叫び出した。
ーー始まった。これが大虐殺の始まりだ。
一瞬、いやコンマ00秒という時間で、メル一族の半数が死んだ。
あっという間とかそんなレベルではない。
死んだメル一族の中には時期族長と目される者や鬼蟲を屠るプロが勢ぞろいしていた。
だが、結果は他の有象無象と同じ、平等な死。
如何にメル一族の精鋭といってもメル・ナルクにとっては皆同じなのだ。
「あぁ……あっ……あっ……あああぁあっぁ!!」
半分になってしまったメル一族の生き残り達の哀れな悲鳴がこだました。