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11話


「おい、キヲラ! この底辺野郎が俺の前を歩いてるんじゃねぇよ!」



死海の森に入ったところで、不意に男の罵声が轟いた。視線を向けると年は俺と同じくらいのつり目気味の男の姿が見えた。



「……すまない」


「けっ! この根性なしが!」



俺は何も言い返さずに男に道を開けた。


こんな事は日常茶飯事だ。メル一族は実力が全て。


強い者はまるで神のように崇めるが、力の無い者は奴隷以下の扱いをする。


それが彼らの常識、当たり前なのだ。もちろん、それに思うところはある。


ぶっ飛ばそうと思った事も何千回では収まらない。


だが、今感情を爆発しては全ての計画が水泡に帰す。



「ちょっとあなた。どうして私の前にいるの? 消えるべきはあなたでしょう」



そんな中、凛とした声が俺の横から響いた。



「なんだと! 誰に向かって舐めた口を……ゾ、ゾフィー……」



威勢の良かった男の気勢が剥がれる。男はゾフィーを見ると憎憎しげに顔を歪めた。



「なにその顔は? 文句でもあるの? 分かったらさっさと後方に下がりなさい」



ゾフィーは俺に話す口調とは比べものにはならない程、冷たく低い声で男に言い放った。



「くっ……キヲラ……この腰巾着が……!」


「失せなさい!」


ゾフィーは鋭く怒鳴ると、男はすごすごと後方へ下がっていった。


俺はその様子を冷めた様子で見ていた。



「……ありがとう、ゾフィー」


「当たり前でしょ。お兄ちゃんは私が守るもの。指一本触れさせない」



俺は妹にここまで気遣ってもらう事に胸が痛くなった。



「ゾフィー、すまない。やっぱり俺と最後尾に行ってくれないか? ゾフィーは棋聖院ではドロシーに次ぐ実力だから、前列に行くのは分かる。けど、今回だけは俺と一緒に最後列に行って欲しい」


「……うん。お兄ちゃんがそう言うのならそうする。それに私にとって順番なんて関係ない」



にっこりと太陽のように微笑むゾフィーの姿にチクリと胸が痛んだ。……すまない、今までずっと隠していて……。


だけど、今日からはゾフィーを守るのは俺の役目だ。


自分自身にそう言い聞かせた。


ここは死海の森の深海部。メル一族は列をなして徒歩で移動していた。


先頭に立ち、メル一族を導くのはのはもちろん、メル・ナルク王。


ここからでは遠すぎて確認出来ないが、圧倒的過ぎるプレッシャーが前方から感じ取れる。


これでは鬼蟲も近寄る事すら出来ないだろう。


このメル一族の聖地巡礼へ赴く列の順番は、実力の順番という非常に分かりやすいものだ。


最も力の強い族長が先頭に立ち、第一線で鬼蟲を屠るメル一族の精鋭達が後に続く。


まだ実践は未経験の棋聖院の生徒達は後方に固まっている。


その列順ももちろん実力順だ。力のある者が前に立ち、力の無い者は後ろに下がる。


この危険な死海の森ではメル・ナルク王の庇護下にいれば安全だが、後ろの列では鬼蟲に襲われる危険がある。


これは死にたくなければ強くなれ、というメル一族の隠れたメッセージなのだ。


……ほとほと下らない一族だ。俺は5年間このメル一族という一族の中で生きてきて、メル一族の陰湿さ、プライドの高さに辟易としていた。


本当にこのメル一族という人種は見栄っ張りで陰湿だ。


一族の能力に絶対の自信を持っており、容易に他の一族を見下す。


彼らにとって大事なのは血統と実力なのであり、それ以外はどうでも良いのだ。


棋聖院で見せた俺に対する仕打ちがその良い例だ。


だからメル一族はトゥーンランドのどの一族達からも蛇蝎の如く嫌われている。


だが鬼蟲の侵攻を防いでいるのはメル一族であり、彼らも面と向かって文句を言う事が出来ないのだ。


それを良い事にこのメル一族という下らない一族の鼻先は天狗のように伸び続ける。


だからこの大虐殺でこの一族が滅んだとしても、俺は心を痛ませる事はないだろう。


俺とゾフィーさえ助かればそれで良いのだ。


それに全員助けられる程、メル・ナルクという男は甘くない。俺達が生き残る事さえ、五分五分だと俺は踏んでいる。


そこで俺はあえてこの列の最後尾に移動する事を決めた。


それが後に控える大虐殺で生き残る為に必要な事だからだ。


それにこの辺りで出てくる鬼蟲ならゾフィーを守りながら俺一人でも対応出来る。



「ねぇ……どうしてお兄ちゃんはひどい事をされてもやり返さないの……?」



深い思考に囚われた俺にふとゾフィーの声が聞こえた。


はっ、として見るとゾフィーは何か思い詰めたような顔をしていた。



「……いや、俺があいつらに敵うわけないだろう? 俺の成績はゾフィーとは違ってドベに近いんだ」



するとゾフィーは驚くべき言葉を言い放った。



「……前からお兄ちゃんはずっと私に何か隠し事をしてるって気付いてた。いつもどこか思い詰めたような表現をしてたから……。でも理由は聞かない。だってお兄ちゃんの言う事はいつも正しかったから」



俺はゾフィーの言葉に胸が跳ねた。



「そ……そんな事は……! けど……俺はゾフィーにだけは嘘は吐きたくない……! 確かに……俺はまだゾフィーに言ってない事はある……それは……」


「いいよ……私はお兄ちゃんを信じてるから……きっとそれは死海の森で死ぬような思いをしなくちゃならないくらい大事な事なんでしょ?」


俺はゾフィーの言葉に驚愕に包まれる。



「な……なんでそれを知ってるんだ!?」


「わかるよ。たった一人の家族だもん。いつも修行って言ってる癖に死にかけて帰ってくるし、いつも傷だらけだし……本当に毎日心配してたんだよ?」


「…………」



……なんということだ。まさか死海の森に入っていた事すら知られていたとは……。


聡い子だとは思っていたがまさかここまでとは……。


この世界では死海の森=死だ。心配をかけないように黙って行っていたのにばれていたなんて……。



「お兄ちゃん、5年くらい前から変わったよね。まるで人が変わったみたいに。でも時々変わらないなって思うところはあったよ。私の事をいつも考えてくれている時とかね。だから理由は聞かない。きっと私にも言えないような理由があるんだよね……。だからあんな危険な目にまであってでもあの森に入ったんだよね……私はただ待つことしか出来なかった」



俺は黙ってゾフィーの独白を聞いた。


まさかこれほどまでにゾフィーに思われていたなんて……。俺はこの5年間ずっと考えないようにしていた事を考える。


俺のこの体の本当の持ち主……メル・キヲラの事だ。


彼は原作では一切登場せず、既に物語開始時点で死んでしまっていた。


もしも俺が憑依していなかったらメル・キヲラはこれから始まるトゥレモロの大虐殺で原作通りに死んでしまっていたのだろう。


だが、この体は今、俺が乗っ取ってしまっている。


メル・キヲラの残滓などどこにもない。


それはこの俺がメル・キヲラという少年……を殺してしまったという事にはならないだろうか? 


そう考えると背筋が凍った。


このメル・ゾフィーが愛しているのはメル・キヲラという本当の兄であって、断じて紛い物の俺などではない。


メル・キヲラを殺したのは……俺……なのか?



「ゾフィー……全てが終わったら必ず真実を話す。だから今だけは……今だけは何も聞かずに俺の言う通りにしてくれ……頼む……」



俺はゾフィーに顔を向ける事が出来なかった。辛うじて絞り出した声は苦渋に満ち溢れていた。



「……うん。もちろんだよ、お兄ちゃん。私はずっとお兄ちゃんの味方だから……」



今はただ、ゾフィーの優しい言葉が痛かった。だけど……。


俺は力を込めて前を向き、前方にいるであろう怨敵を睨みつけた。


今考えるべき事はどのようにして生き残るか……ただその一点のみ。


悩みなんて生き残った後で死ぬほど悩めばいいのだ。


死んでしまってはそれすらも出来なくなるのだから……。


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