10話
そしてとうとう5年の月日が流れた。
俺は16歳となり、かなり背が伸びた。
身体も線は細いが、筋肉はしっかりとついており、脂肪部分はまるでない。
まるで減量後のプロボクサーのようだ。
髪は輝くような銀髪で朱色の瞳は神秘性を宿している。
やはり予想通り、この身体は大化けしてしまった。
流石は美形ばかりのメル一族。
自分でも見惚れてしまうくらいの男前へと成長した。
俺はいつものように家の鏡の前で、いろいろポーズをとっていると……。
「もう、お兄ちゃん。また裸で鏡ばっかり見て……筋肉凄いのは分かったから、もうよしなよ……」
おおっと、ゾフィーからのストップがかかってしまった……。
今日のナルシストタイムはこれで終わりか。
ああ……名残惜しい。
せっかく死ぬような思いをして毎日鍛えているのだ。
筋肉の成長ぶりを毎日確認したいと思うのは当然の事だろう。
俺はこのナルシストタイムを唯一楽しみにして生きているのだ。
呆れ顔で俺を見ているゾフィーへと見遣った。
ゾフィーは原作通りに呆れる程美しい少女へと成長していた。
いや、まだ原作のように闇落ちしていない分、溢れんばかりの生気に包まれて、美しさがさらに向上している。
兄の俺の目から見てもゾフィーはとても綺麗だ。
だが……もしかしたらゾフィーは今日で変わってしまうかもしれない……あの原作のように。
何故なら今日が全てのターニングポイントとなる日なのだから。
「ゾフィー……今日が何の日か覚えているか……?」
「え? 今日は聖地巡礼の日でしょ? 他に何かあるの?」
ゾフィーは小首を傾げて尋ねてきた。
その小さな仕草一つとってもゾフィーは可愛らしい。
思わずぐっと来てしまう。
「いや……とうとうこの日が来てしまったなと思ってな」
するとゾフィーは不思議そうに俺を見る。
「確かに聖地巡礼は一年に一度の危険な旅だけど……あのナルク様がついてるんだから大丈夫だよ?」
いや、そのナルクが大問題なのだ。
そう、今日が原作でも印象的だったイベント、通称トゥレモロの大虐殺の日なのだ。
メル一族は一年に一度、死海の森の深くにあるトゥレモロの丘と呼ばれる、メル一族が聖地と定めている場所に全員で赴くというイベントがある。
昔話の中にこのトゥレモロの丘でメル一族は誕生したという逸話があり、一族の者は皆、トゥレモロの丘を聖地と崇めているのだ。
しかもこの聖地巡礼はメル一族の者ならば、強制参加で死海の森を通り抜けなければならない。
その旅はあまりにも過酷で三日三晩、夜通しで歩き続けなければならず、毎年たくさんの死者が出る。
それでもこの行事を止めないのはそれだけメル一族は信仰深い一族だからなのだろう。
だがこっちにしてみればたまったものではない。
そんな本当にあったのかも分からない御伽噺の為だけに死者を出してまで、こんな危険を冒すなんて馬鹿げている。
だがメル一族は実力主義の超戦闘民族。
死んでしまったら、それは力がなかっただけだと本気で一蹴する狂気の民族なのだ。
日本の価値観なんてこれっぽっちも理解されない。
そしてこの狂気の聖地巡礼を指導する者がいる。
もちろん、メル一族長でもあるメル・ナルク王だ。
歴代最強の族長であり、地上最強生物でもあるナルクがついているから何があっても安全だ……とメル一族の者は皆そう思っている。
それが大きな、大きな間違いだと気付かずに……。
何を思ったのか、トゥレモロの丘に辿りついたナルクは突然背後を振り返って……その場に来ていた全ての者を皆殺しにするのである。
それはあまりにも突然だった。
殺されたメル一族の者は何をされたのか全く分からなかっただろう。
それほどあのナルクという男は桁違いな力と残虐性を持っているのだ。
「ゾフィー。聖地巡礼の間は片時も俺から離れないでくれ」
俺はある種、覚悟を決めた眼でゾフィーに告げた。
「うん、もちろん! どんなに怖い事があっても私が必ずお兄ちゃんを守るから!」
……そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……。
流石にこの時ばかりはゾフィーにまで実力を隠していた事を後悔した。
……妹に守ってもらう兄って……。
俺の胸中は複雑だった。