04 父との対面
バルドラ・マクビレン。
獣王近衛騎士団の団長だ。
近衛騎士団というのは、獣王また獣国の領地等を守護する組織の事である。
バルドラは、代々獣国を守護する任についている名家、マクビレン家の血筋、いわいる、エリートの家系だ。
だが、彼は、その中でも、まごうことなき天才だった。
洗礼式で言い渡された適性は、風と闇の二属性。
基本的に精霊は属性間で仲が悪く、一人が複数の属性と契約できるのは、並外れた魔力適性と魔力総量を要するものが,運よく二属性の精霊に好かれ、共存を良しとした場合のみに起こるレアケースである。
しかし、神は彼に二物を与えた。十分過ぎるほどの魔力の才能、それに加えて、ユニークスキル『武者の籠愛』
ユニークスキルとは、洗礼の儀にて初めて自身のステータスを発現させる際、ごく稀に特殊能力を持った子供がいる。それらは、ユニーク持ちと呼ばれ、魔術師とは一線を画した存在として、普通の魔術師よりも優遇される。
彼に表れたユニークスキルは、二属性の精霊と契約できるほどの魔力総量を持った彼にとって、鬼に金棒なスキルだった。
彼が手にした『武者の寵愛』の効果は、自身の魔力総量を筋力値にそのまま上乗せするというスキルだ。
シンプルな効果だが、シンプルであるがゆえに効果が大きく、元から他種族より身体能力の高く、敏捷と筋力ステータスの高い獣人族の彼にとっては相当に相性が良かった。
そんな彼が騎士団長になるのに、時間という時間はかからなかった。
マクビレン家の人間は、十歳になると、問答無用で騎士団に入団する。
だが、彼が入団したのは七歳、洗礼の儀を受けた一ヶ月後である。
成人した屈強な戦士達の中に混じり、ひときわ小さな子供が、もて遊ぶように敵兵を屠る姿は、異質以外の何者でもなかった。
そして彼は、歴代最速、齢十五歳にして、騎士団長になった。
それから数々の武勲を重ね、今や人々は彼のことを羨望と敬意を込めて、こう呼ぶ。
救国の英雄と。
だが、実際のバルドラ・マクビレンはというと……。
「団長!! しっかりしてください!! あなたがそんなんでどうするんですか」
「嫌だ、もう嫌だ、仕事なんてしたくない」
と、駄々をこねていた。
獣国王城、執務室の一角。
机の上に乱雑に積み上げられた書類の数々、使いかけでインクに刺さったままのペン。そして、机に突っ伏し、気だるげな眼でこちらに抗議の視線を向けてくる猫耳をはやした黒髪の青年。そこに英雄と呼ばれる気迫や存在感は一切存在しない。
そして、青年と対峙する狐の獣人の少女、獣王近衛騎士団、副団長アリア・メルクスは、
そんな彼を見て、ほんと、どこが英雄なんだか……と盛大な溜息を吐いた。
「もう帰りたい、まだ俺息子にも会ってないんだよ?」
「だから、その書類をかたずければ一時帰宅の許可が出るって言ってるじゃないですか!! もう少しなんですから、手を動かしてください」
と、突っぱねる。バルドラが駄駄を捏ねるのはいつもの事だ
戦場での彼は、どんな女性でも骨抜きしてしまうほどに凛々しく、逞しく、頼りになるというのに。
アリアも結婚していると知った時は、落ち込んだものだ。
すると、駄々を突っぱねられたバルドラは不服そうな顔をしながらも、渋々書類とペンを手に取る。
獣王近衛騎士団は、基本的にいつどんな時でも事態に対応出来るように、城内に常駐している。
だが、普通は一時帰宅の申請をすれば、家に帰ることも可能なのだ。
しかし、彼はもう戦争が終結し一時帰宅してから、三年も家に帰れていない。
五年前に起きた、獣人間戦争の影響により、人族と獣人族は緊張状態であったため、一時帰宅の許可が下りなかったのだ。
つい最近、人族と和解し、どうにか緊張状態は解かれたのだが、その問題が解決すると、次は国内での問題が山積しており、結果として帰宅の許可が下りなかったといういうわけだ。
最近になってようやく国内の問題も片付いてきて、許可がとれるところまで落ち着いたので、ここ数日、グダグダと文句を言いながらも、着実に書類の量を減らしているというわけだ。
このままいけば、数日中に、帰れるだろう。
減らした書類の中にアリアが作成したものが入っているのは内緒の話だ。
翌日。
私の予想を裏切り、彼は書類を全て片付けていた。
机の上に積まれた大量の書類と、目の下に刻まれた深いくまが、どれだけ無理をしたかを物語っている。
なんだかんだ言っても早く子供の顔が見たかったのだろう。
「アリア、これで文句ないよな、帰っていいよな」
「はい、お疲れ様です団長。道中お気を付けて」
こうして、団長は三年ぶりに帰宅した。
帰って早々バルドラは困惑していた。
久しぶりに帰ってきた我が家。初めて会ったはずの息子は、真っすぐにこちらを見据え、ペコリと頭を下げて、
「初めまして、パパ」
と言ったからだ。まあ、三歳になれば、話すことぐらいできるだろう。
だが、三歳の子供が、初対面の大人に対して物おじせず、すんなりあんな言葉が出てくるだろうか。しかも、何で今頭下げたんだ?
少し変わっているが、エリシア、リーナ、メリルがしっかり躾けてくれたのだろう。
「……ああ初めまして、エレス、そしてよろしくな。今まで帰れなくてすまない」
「はい、お勤めご苦労様です」
そう言って初対面の我が息子は、また頭を下げた。
うわーめっちゃイケメンだな。
初めて見たお父さんは、男が見ても見惚れる程のイケメンだった。
艶のある黒髪は、短く切りそろえられており、猫っぽい釣り目だが、きつい印象はなく、猫耳も相まって丁度いいバランスを保っている。
英雄と呼ばれるくらいなので、ガタイの良い戦士風のイメージだったが、予想以上に細見だった。
だが、ただ細いというわけではなく、しっかり付くとこには筋肉が付いているといった感じだ。
先程挨拶をしたが、キョドっていなかっただろうか?
返事をしてくれたので大丈夫だったと思いたい。
それにしても、イケメンだなー……エレシアがあんなにのろけるのも納得だ。
当のエリシアはというと、先程まで横にいたはずなのだが、いつの間にかバルドラに抱きついて、
「お帰りなさい、バルドラ」
「ただいま、エリシア」
「もう……寂しかったんだから」
「すまない、エレシア。家に居るうちは君だけのものだ。いや、今からはエレシアとエレスのものだな」
「違うもん。バルドラは私の……だもん」
と、ラブコメ漫画のセリフみたいなことを言っていた。
早速二人だけの世界を作り上げている。
ただの、リア充なら腹のたつ状況だが、あそこまで美男美女同士だと、末長くお幸せにとしか思わない。
まあ、俺の両親なのだが……ん? ちょっと待てよ、あの両親から産まれた俺って、なかなか将来有望なんじゃないか?
いつも鏡で見ている自分の顔は、黒髪でとても中性的な顔立ちで、三歳の現時点では、幼女と言われても違和感が全く仕事をしないような容姿だった。
自分としては、悪くないなとは思っていたが、こちらの世界では、どんな顔がモテるのか分からなかったので、少し気になっていた。しかし、バルドラを見て分かった。
エリシアのような美女があんなに惚れ込む位だ、自信を持とう。
そんなことを考えていると、バルドラとエリシアが場所も考えず、こちらが気を使うレベルでイチャイチャしだしたので、
「こほん……お二人とも、久しぶりなのは、分かりますがそのくらいに、エレス様が見ています」
と、リーナが制する。
「あ……そうね」
「そ……そうだな」
二人が恥ずかしいような、ばつの悪いような顔をして離れる。
リーナが気を使ってくれたみたいだ。
メリルは目をキラキラさせながら、体をクネクネさせていた。気持ち悪い。
これが、俺のこの世界での父、バルドラ・マクビレンとの初対面である。