02 最初の難関
一年がたった。
何かと、一年たつと感慨深いところがある。
しかも、この一年で、俺には劇的な変化が起こった。
この一年間の成果を教えよう。
まず、生後半年の時、俺はハイハイができるようになった。
ベットから自分で移動出来るようになり、部屋の中を探索しまくった。
結構広い部屋のようで、十畳くらいありそうだった。
綺麗な模様のある赤い絨毯が床一面に敷かれており、置いてある机やタンス等の家具には、緻密な彫刻が施されていた。
この世界の生活水準がどんなものかは、わからないが、イギリス王室のような家具が置いてあるところを見ると、俺の生まれた家は、裕福なのかもしれない。
しかし、ハイテク家電はなく、電気で物を動かすという概念自体あるかどうか微妙なラインだ。
部屋の明かりは、壁に着いている石? とゆうかクリスタル? のような物が日が落ちて暗くなると、淡く光出す。
どういう代物なのか分からないが、向こうの世界でいうところの、電球や照明の一種だろう。
この家は、メイドも何人か雇っているようで、今のところ二人のメイドが俺の部屋を掃除したり、おむつの交換等をしてくれている。
一人は、兎の獣人でメリル。
歳は、多分生前の俺と同じくらいだと思う。
綺麗な金髪ショートヘアーで、時々おっちょこちょいな所もあるが、いつも元気で明るいといった感じの可愛い子だ。
もう一人は、熊の獣人でリーナ。
歳は、妙齢だがあまり読めないような感じだ。外見は二十代半ばといった感じなのだが、妙に落ち着いた雰囲気で、それ以上にも見える。
深い紺の内巻きロングで、仕事のできるクールなお姉さん、といった感じなのだが、何度か俺が寝ているとき、ベットをのぞきこんで、
「エレス様~可愛いよぉぉ 何でこんな可愛いのかなぁ」
と、すごいによによした顔で言っていた事があった。
誰ですか!?
いつものクールなキャラはどうしたんですか?
なんか見てはいけないものを見たような気がして、起きようにも、起きれなかった。
時々、メリルを叱責しているところ等を見かけるので、メイドの中では、位の高い存在なのかもしれないが、俺のなかでリーナは、その時のイメージしかなく、少し残念な美女、といったような位置付けだ。
そして、俺の母親はエレシア・マクビレンと言うらしい。
メリルやリーナがエレシア様と言っていたので、間違いないだろう。
猫系の獣人だが、正確にはわからない。
歳は、多分成人して間もないくらいだと思う。
茶髪のロングヘアーで、親バカの傾向がある。
俺が初めてハイハイしたときも
「きゃー!! エレスがハイハイしてるわ!! まだ半年よ半年」
と狂喜乱舞していた。事あるごとに、天才やら才能やら騒ぎ立てるので、メルリとリーナから苦い笑いを向けられている。
まあ、我が子が可愛いのも分かるのだが、囃し立てられるこちらも、少し恥ずかしい。
先ほど名前が出たが、この世界での俺の名前は、エレス・マクビレンという。
どういった意味なのかは、分からないが、それなりに気に入っている。
そして、ハイハイができるようになって一番の収穫は、本を見れるようになった事だ。
俺のいる部屋には、あまり大きくはなかったが、本棚があった。
文字が読めないので、最初眺めたときは、意味不明な文字の羅列でしかなかったが、日頃一日中眺めていると、不思議なもので、少しずつニュアンスが分かってきた。
掃除に来るメリルやリーナが少し不安そうな顔をしていたが、問題ないと判断されたようで、注意されることもなかった。
最近では、掃除中のメリルやリーナのメイド服の裾を引っ張って、本をじーと凝視していると、掃除を終えた後に、読み聞かせをしてくれるようになった。
察しの良いメイドさんで大変ありがたい。
この世界の文字は、日本程複雑ではないようで、三十五文字を並び替えて単語や文章を作る、といった感じだった。
赤ちゃんだから覚えが良いのか、この世界に慣れようと必死だったからなのか、単語や文法は、思ったより簡単に覚えることができた。
考えてみれば、ひらがな、漢字、カタカナを用途によって使い分けていたのだ。
今さら三十五文字なんて難しくもなんともない。
数字も日本と同じく、十進法を使用していたので、数字を覚えるのも簡単だった。
だが、この世界特有の固有名詞や地名、言い回しなどは、覚えるのに苦労した。
わからない単語や名詞が出てくるたんびに、そこを指差して首をかしげると、メリルやリーナが教えてくれた。
話せるようになったら、しっかりお礼をしよう。
その中で特に多かったのが、魔術関連の単語だ。
この世界には、魔術というものが存在するらしい。
童話や英雄譚など、当たり前と言わんばかりに、天をも引き裂く雷、だの大海を分断する風の刃、だのえげつない大魔術がバンバン登場する。
英雄譚に出てくる魔王は本当に可愛そうだった。
戦闘開始すぐに、勇者パーティーの全力技のコンボをくらい、台詞もなく、瞬殺されていた。
世界の半分をやろう、くらい言わせてやれよ。
容赦無さすぎだろ。
まあ魔王相手に容赦とか普通無いのだが。
この世界はもっと、展開というものを考えた方がいいと思う。
他にも、初級魔術のイロハや、魔力適性と属性についてなど、少し専門的な内容の本もあり、ある程度の内容は読みつくした。
どれも魔術という文化のない世界から来た俺にとっては、目新しいもので、魔術という文化に触れるのは、楽しくて仕方なかった。
文字が読めるようになると、魔術に関する本を繰り返し読み漁った。
一般的に、魔術というのは、精霊との契約によって起こす奇跡の総称であり、体内にある魔力を詠唱によって精霊が変換し、放出する内部魔術と、魔方陣を作り、そこに、魔石等の魔力を大量に含有している鉱石、などを媒介にして発動させる外部魔術、の二種類がある。
外部魔術は、一般に魔方陣を描くのに時間がかかり、大規模な戦闘で用いられたり、魔力の少ないものが、魔術を使うために使用されたりしている。
内部魔術は、基本的に戦闘から私生活まで、全般で使用される。
また、内部魔術の詠唱は、しなくても撃てるは撃てるらしいのだが、魔術を撃ち出すためには、
集めた魔力を契約した精霊が変換する。
撃ち出す。
という二つの工程を要する。
しかし、詠唱をすれば、変換と撃ち出すことをセットにして、一つの工程で使用できる、ということらしい。
それに、変換と撃ち出しは、全部自分でやると、とても制御が難しいらしく、少し魔力の分量を間違えると、狙った所に飛ばなかったり、四散してしまったりする。
基本的に詠唱した方が楽だし、確実という考えが一般的なようだ。
魔力は、誰にでもあり、血液のように体内を循環している。
その量は個体差はあるものの、若いうちは使えば使う程増えていくらしい。
だが、がむしゃらに使い続ければいい、という事ではない。魔力を使い続けると、やがて、魔力枯渇というものを起こす。強烈な頭痛や、吐き気、めまい等の症状を引き起こす。それでも使い続けると、最悪、死に至るらしい。
節度を守って使うという事が大切ということだ。
ただ、成長率に関しては大分個人差があるらしい。
どこまで強力な魔術を使えるかは、契約した精霊のスペックや魔力の総量によるということだ。
魔術には、明確にランク分けがされており、
下から、初級、中級、上級、豪級、絶級、虚級、の六つがある。
また、魔術には、属性というものがある。
火、水、風、土、光、闇、の六属性があり、これは契約した精霊によって変化する。
この世界の二分の一成人である七歳になると、国中の子供達が教会に集められ、洗礼の儀が行われ、その中の儀式の一つに、精霊との契約の儀がある。
そこでどの属性の精霊と契約したかで適正が決まるらしい。
つまり、七歳まで属性魔術は使う事が出来ず、どの属性が使えるかも精霊との契約次第というわけだ。
かなり運要素強めだな……ほぼ精霊ガチャだ。
つまり、魔力量と属性適性で魔術師としての大半が決まると言っても良い。
だが、属性魔術以外でも、無属性系統魔術、というものがある。
どの属性にも属さない。誰でも使える可能性のあるもの。強化魔術、いわゆる身体強化等の類だ。
他にも錬成術、召喚術がその類いだ。
強化魔術は、かなり強力だが、とてつもなく魔力消費が激しく、ちゃんと扱える者はほとんどいないらしい。
また、錬成術は元々使い手が少なく、今では、ドワーフ族しか使用していない。
召喚術は、先に出てきた魔方陣が必要で、使い魔を使役するときのみ使用されている。大量の魔力と生け贄が必要なため、やろうとする者もあまり居ないそうだ。
オリジナルの魔術や固有魔術を使う者もいるが、そんなものを使えるのは、極々少数だ。
そんな理由から、比較的扱いやすい属性魔術が広く普及している、ということだ。
大体、一年で分かったのは、こんなところだ。
情報を仕入れたとこで、今日からは実践に入る。俺は、(初級魔術のイロハ)を片手に、魔力量の底上げを始めた。
まずは、体内の魔力を指先に集めることからだ。
とにかく指先に集中、集中、集中………
ポッ
「おお! 出た! やった」
指先に小さな光の粒が生まれている。
魔力を可視化した豆粒のような光。
前世では見たことの無い現象にテンションが上がる。
これが、第一段階、魔力の可視化か……。少しだけ力が抜け、貧血のような感覚が襲った。
魔力は使えば使うほど総量が増えていく。つまり、毎日限界まで消費していれば、その分他の赤子に差がつくという訳だ。
「……え!? エレス様!!」
驚いて魔力が四散した。
ドアの方を見ると、真っ青な顔をしたメリルが立っていた。
ヤバイ。見られた。
いや、待てよ、この状況は見られたらヤバイ状況なのか?
文字も読めないであろう一歳児が、本を片手に、魔力を操っている。
ダメだ。どう見ても不気味だ。
これは、リーナとエレシアを呼んで、家族会議スタートかな。そんな事を考えていると、メリルが駆け寄ってきた。
「エレス様、お怪我はありませんか? 気分は悪くありませんか?」
メリルは焦った顔で問いただしてくる。
想像したどのパターンとも違い、俺がポカンとした顔をしていると、大丈夫と分かったのか、はぁ~とため息をつき、その場にぺたんと座り込んだ。
そして、俺の頭をゆっくりと撫でて、
「エレス様、幼いお身体で魔力を行使してはダメですよ、本当に危ないんですから。まあ、言っても分かりませんよね………」
そんなに危ないこととは思っていなかった。
本にも幼い身体で魔力を使ってはいけない、とは書いていなかったし。
まあ多分、何か理由があるのだろう。
それより、メリルにものすごい心配をかけてしまった。
とりあえず、謝らなくては、
「メリル、ごめんなしゃい」
反応がない。
俺は、おずおずと頭を上げると、メリルは口を開けて、固まっていた。
あれ? 何か不味かったかな? 俺今謝っただけだよね?
あ! もしかして、さん付けなかったから怒ってるとか、でも俺まだ一歳だよ? さん付けはおかしいって、三歳くらいになったら、さん付けるんで見逃してください。
そんな事を考えていると、メリルがフリーズから抜け出し、叫んだ。
「エレシア様!! エレス様が、エレス様が、喋りました!!」
そういえば、俺この世界で初めて話したわ。
遅まきながら気付くと、エレシアが飛んできた。
「なんですって!! 本当なの? なんて? なんてしゃべったの?」
「ええと、それは……」
メリルが困っている。
それもそうだろう、俺が初めて喋った言葉は赤ちゃん業界で一番ポピュラーなママではなく、
(メリル、ごめんなさい)だ。
そりゃあ、エレシアからしてみれば、息子が初めて喋った言葉は、ママが良いに決まっている。
だからメリルが答えあぐねているのだ。
どうしよう……
そうだ、
「ママ」
すると二人が振り向いた。
メリルは呆気にとられた顔で、エレシアは少し涙ぐんでいた。
直後、エレシアが抱きついてきた。
エレシアを通して温もりが伝わってくる。少し恥ずかしいけど心地いい。
「そうだよ、ママだよ、エレスのママだよ」
と、満弁の笑みを浮かべ、頬擦りをしてきた。
よかった、どうやらさっきのママ、で全て吹き飛んだらしい。
今エレシアの頭の中では、俺が初めて喋った言葉はママになっているだろう。
メリルもホッとした顔をしている。
ふぅ、どうにかなった。
かくして、俺は一歳で喋れるようになった。
そういえば、俺が魔力操ってたのは、スルーなんですね……。