01 目覚めたら
「やっと産まれた。ワシに相応しい器よ」
誰かの声が聞こえ、ふと半目を開ける。
ベットの上、窓から差し込む光に目を細めた。ここは……どこだ? さっきの声は?
俺は助かったのか?
それより涼花は?
俺が生きてるならもしかしたら、近くにいるかもしれない。
探さなくちゃ
涼花を探しに行こうとするが、手足がほとんど動かなかった。
嫌な予感が脳裏に浮かぶ。
あそこまでの出血だ、助かったとしても、後遺症が残ったのかもしれない。
全身麻痺、上半身下半身の不随、次々と嫌な言葉が浮かんでくる。
そうだったらこれからどう生きていこう…
いや、最悪の展開を想像するのは、まだ早い。
状況を確認しよう。
少し考えると、自分の状況に違和感を覚えた。
あれだけの事故だったにも関わらず、全く痛みがない。
それに、テレビドラマなんかで見かける物々しい管も見当たらなければ、包帯を巻かれている感覚もない。
そんなのあり得るだろうか?
もしかしたら何年も昏睡状態だったのかもしれない。そうだったとしても、点滴等の措置がしてあって然りだと思うのだが。
昏睡状態だったのならどのくらい寝てたんだ?
入院費は誰が払った?
ダメだ。
考えれば考えるほど疑問が浮かび上がってくるばかりだ。
もちろん答えてくれる人はいない。
一人で唸っていると、誰かがこちらに近寄ってきた。
声が漏れていただろうか、少し恥ずかしい。
「・・・・ ・・・・」
誰かが笑顔でベットを覗き込んできた。
何語だろう? 聞き覚えのある単語はひとつもなかった。
もしかして、日本人じゃない?
ぼやけて見えずらいが、ぼやけ眼でも整った顔立ちだとわかるくらいだ。相当な美女だろう。
だがやはり、日本人ではない。
それに、茶髪のロングヘアーの上で、時折獣の耳のようなものがピクピク動いている。
可愛い。
え? 獣耳? なんで?
もしかしてハロウィンか? トリックオアトリートなのか?
そんなことを考えている間にも、獣耳はピクピク動いている。
あの獣耳どうやって動いてるんだ?
滑らかな動きで、機械的な動きではない。
ずっと見ていても、コスプレ特有のコレジャナイ感はなく、さもそこにあるのが自然といったような感じだ。
そんなことを考えていると、彼女の手が伸びてきて軽々と抱き抱えられた。
まじか? そんな軽々と?
元々、ガッチリした体格ではなかったので、体重はそこまでなかったが、女性にこんな軽々抱き抱えられるというのは不思議な感覚だ。
だれかに抱き抱えられるなんて、何年ぶりだろう。
両親を失ってから多分そんな機会は、一度もなかった。
こんなに安心するものだったのか。
俺もどこかで母性というか、そんなものを求めていたのかもしれない。
年甲斐もなく、少し泣きそうになった。
一人で感傷に浸っていると、おもむろに彼女が服をたくしあげ、乳児に母乳を与えるような体勢になった。
そして、それが姿を現した。
あまりの衝撃に頭が真っ白になった。
俺に吸えと?
確かにさっき求めていたかもと思ったが、ここまでは求めてねぇよ!!
彼女に抱かれたまま狼狽えていると、彼女はなにかを察したようで、俺をベットに戻した。
しばらくして、彼女が哺乳瓶にミルクを入れて持ってきた。
「あう、うああ」
訳(そういうことじゃねーよ!!)
ヤベ、勢いでつっこんじまった。
あれ?
なんだ今の呻き声、俺が発したのか?
自分が発した筈の言葉は、意味のない呻き声として発音された。
どうやら俺は、話すこともままならないらしい。
さっきの最悪の展開が現実味を帯びてくる。
最悪だ……。
哺乳瓶も大分渋ったのだが、それでも引かないし、今は自分で動くこともままならないので、仕方なく飲んでその日は寝た。
一ヵ月が経った。
一ヵ月経ってわかったことがある。
結論から言おう。
俺はどうやら赤ちゃんに生まれ変わったらしい。
何を(笑)、と思う人もいるかもしれないが、別に頭がおかしくなった訳ではない。
極めて正常だ。
抱き抱えられた時に気付くべきだった。
自分の体が異様に小さいということと、獣耳の違和感に。
あの時は、とにかく抱き抱えられた事と、乳に気が向いていて、全く気付かなかった。
今思い返してみると、全て納得がいく。
つまり最初に見た獣耳美女は、俺の母親だったわけだ。
あの獣耳は、天然だったのだ。
何人か母親意外の人もベットをのぞきこんで来たが、例に漏れずみんな、猫や兎、熊のような、多種多様な獣耳が生えていた。
生え際とかどうなってるんだろう? 是非モフモフしてみたい。
おむつを替えるときに気付いたが、俺にも、人間にはある筈のない部位が付いていた。
尻尾だ。
猫や犬に生えているあの尻尾だ。
人間の時は、どうなってるんだろう? と疑問に思ったこともあったが、いざ自分に生えたとなると、
なんとゆうか、普通だ。
普通ってどんな感じだよ!!
と思うだろう、だがこれは、手があるってどんな感じ?
と聞かれるのに等しいのだ。
そんなの、最初から付いていて当たり前なので、聞かれても困ってしまうというものだ。
そこにどうこうは、存在しない。
まあ、俺の語彙力が乏しいのにも問題はあると思うが……
少々話が脱線した感は否めないが、つまるところ、俺はゲームやアニメ等で見かける獣人に転生したらしい。
全く納得出来ていないが、そう思う他ないので、無理やり納得する。
俺はトラックに引かれそのまま死んだんだろう。
なぜ、前世の記憶を引き継いでいるのかは謎だが、持っていて困るものでもないので、ありがたく頂いておく。
それにしても、これからどうしよう……。
どうするか即急に考えるべきなのだが、その前に一つ、どうしても気になって仕方ない事がある。
涼花についてだ。
あの事故で俺が死んだなら、十中八九、隣にいた涼花も死んだんだと思う。
助かっていると思いたいが、死ぬ直前、最後に見た彼女は、到底助かるような状態ではなかった。
もしや、涼花も転生したのだろうか?
ケモミミ姿の涼花を思い浮かべる。
可愛い×可愛い=超可愛いだ。
ケモミミ涼花。
一回だけでも、生前に拝んでおきたかった。
ひとしきり悶えた後、現状を整理する。
何で転生したんだ?
わからない。
何で獣人なの?
わからない。
ここは、どんな世界?
わからない。
畜生、現状を整理したら、俺の分かる事って、転生したって事と、獣人ってこと意外なんもわかんねぇじゃねえか!!
いやいや、よく考えろ。
順を追って考えていくんだ。
さっきのなぜ転生した? とか、それこそ心理だ、中学生の時考えがちだった何故俺は生まれたんだろう? みたいな、痛い疑問と大差ない。
まず、俺は死んで、獣人に転生した。
じゃあ涼花は?
まず、生死が不明だし、転生の原理が全くわからない。
絶望的だ……。
転生していたとしても、記憶がないかもしれない。
すごい絶望的だ……。
転生していて、記憶があっても、意思疏通が出来ないかもしれない。
とてつもなく絶望的だ……。
ダメだ、もっとポジティブに考えよう。
もしかしたら、転生していて、記憶があって、意思疏通ができるかもしれない。
この世界のどこかで、同じタイミングで産声を上げたかもしれない。
とてつもない可能性だな……。
でもその可能性はゼロじゃない、その可能性がほんの少しでもあるなら、
探そう。どうせ一度無くした命だ。
いつまでかかってもいい。
それで死ぬなら悔いはない。
今度こそ、涼花に想いを伝えられるように。