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猫ならば好きと言えますか?  作者: しょんぐ
1/5

プロローグ

 あの時伝えていたら、どうなっていたのだろうか?

 そんなどうしようもない自問自答を繰り返しながら今日も俺は、この世界に居るかもわからない彼女を探す。

 もうあの時のように後悔しないために。


 

 ピピピピ ピピピピ ピ

 いつも聞いている目覚ましの音で目を覚ます。時刻は午前の五時半。

 まだ冬の寒さが抜けきっていない朝の空気に抗うようにベッドから起き上がり、大きな欠伸をしながら背伸びをする。

 

 四畳半ほどの小さな部屋。ベッドを一つ置けば後は机と少しの荷物くらいしかない質素な部屋だ。

 まだ外は薄暗く、街頭だけが街を照らし出していた。

 未だ覚めない頭でふらふらと部屋から出る。


 経年劣化でギシギシと不安な音を鳴らす階段を降り、一階に降りる。廊下はシンと静まり返り、廊下の軋む音だけが支配していた。

 いつも騒がしいここでは、新鮮な気分だ。


 一階の廊下の突き当りにあるキッチンへ向かう。

 一人で料理するには広すぎるキッチン。小さな料理屋くらいなら余裕で営業できそうなくらいに揃えられた調理器具。

 冷蔵庫を開けて、昨日買った食材たちとにらめっこをしながら今日の献立を考えていく。

 作るものも決まり下ごしらえを終え、料理も終盤に差し掛かった頃バタバタとすごい勢いで誰かが階段を駆け下りてきた。


 「もう! 昨日あれだけ起こしてって言ったのに!! 今日から高校生だから弁当作んなきゃいけないんだよ」


 そう言って幼馴染の早見涼香(はやみ りょうか)は焦った顔でまくし立てた。

 

 髪型は肩くらいまでの長さのボブカット。小柄で子供っぽい見た目ながら、立派な二つのものを持っており、相当に整った顔立ちをしている。すっぴんのまま降りて来たみたいだが、それでも十分に可愛い。

 

 しかし、髪がボサボサでどっかのアニメキャラみたいになっている。

 どういう風に寝たらあんなことになるのだろう?

 寝癖も直さず、パジャマ姿のまま降りて来たところを見ると、相当に焦っているのだということがわかる。

 

 なぜ涼香がこんなに焦っているかというと、俺らが暮らしているここは児童養護施設だ。

小さな施設で、年長は俺と涼香の二人。下に中学生三人と小学生が五人だ。


 施設の決まりで、高校生になると自分たちの弁当と年少のちび達の分も含めた朝食を作らなければならない決まりになっている。

 

 なので、涼香はこんなに焦っているのだ。

 朝に弱いのは昔からだが、初日から寝坊とかこれから大丈夫なのか?

 先が思いやられる……


「うぅ今日のお昼……」

 

 悲しげな声を出しながらうつむく涼香。

 いや……まずは朝食のことを心配しろよ。弁当のことで頭がいっぱいで朝食を作らなくてはならないことがすっぽりと抜け落ちているらしい。

 

 なんかうつむくとボサボサの髪も相まって頭の上に鳥の巣を乗っけているみたいだ。

 まぁ怒るだろうから言わないけど……

 

 見かねた俺は、机の上に綺麗に並べられた二つの弁当箱を指さす。


「今日だけだからな、明日からはちゃんと起きろよ」

「さっすが悠馬頼りになる。明日からは極力起きられるように善処することを検討するよ!!」

 

 涼香はさっきまでの沈んだ空気とは一転して、調子のよいことを言っている。というか善処を検討って限りなく実行に遠いな。


「お前起きる気ないだろ?」

「ソンナコトナイモーン」

 

 目が泳ぎまくっている。明日起きなかったらどうしてくれようか……


「ちゃんと起きろよ?」

 

 少しだけ怒ったような声音で言う。


「ウンケントウスル」

「次寝坊したら朝飯抜き」

「善処します……」

 

 ほんとに大丈夫だろうか……明日から毎日のようにこんなやり取りをするのが容易に想像できる。まあなんやかんや言って、今まで涼香に甘い俺のことだ。明日も明後日も同じように作ってしまうのであろう自分が憎らしい。


 俺と涼香がそんなやり取りをしていると、年少のチビ達がぞろぞろと起きてきた。


「あーまた悠兄と涼姉がイチャイチャしてるー」


 一人がそう言うと周りの奴らもヒューヒューやらお熱いねぇやら口々に騒ぎ立てる。

 朝からほんとに騒々しい。あんな絶妙にイラッっとくる茶化し方小中学生はどこで覚えて来るのだろうか……困ったものだ。


「やめろ、そんなんじゃねぇーよ。こんなボサボサ頭の奴目の前にしてムードなんかあったもんじゃねぇーよ」

「ちょ、悠馬酷い!」

「涼香が寝坊したのが悪いんだろ」

「むーそれ言われると何も言えない」


涼香は恨めしそうな顔でボサボサの髪を抑えるように頭を抱える。

 その一連のやり取りの間にも、もう夫婦みてーだな、とか早く付き合っちゃえばいいのに、とかギリギリ聞こえるか聞こえないかの声でぶつぶつ言っているので、朝飯抜くぞ!

の一言で黙らせた。


 みんなが朝の準備をしているうちに配膳を終わらせ、一息つく。

 ふぅ……一人でもどうにかなったな。

 配膳の整った机を見て満足げな顔をする。

 今から毎日これか……寝坊できねーな。

 

その後、朝食を食べ一旦荷物を取りに部屋に戻る。準備していた学校の制服に着替え、机の上に置かれた写真を見据える。色あせて古ぼけた写真。

 そこには、笑顔でピースをしている少年と、それをやさしく見守る二人の男女。亡くなった俺の両親だ。


「お父さん、お母さん行ってきます」


 いつものように両親に挨拶を済ませ、玄関へと向かった。

 玄関に向かうと先に涼香が玄関で待っていた。髪もきれいに整えていて、前髪を左側に流し、俺が小学校の頃にあげて以来ずっと付けているクローバーの髪留めをしている。

 真新しい制服が予想以上に似合っていて一瞬見惚れてしまった。


 俺の一瞬の逡巡を知ってか知らずか、何やらニヤニヤした顔でこっちを見ている。


「ふふ、制服似合ってるね悠馬、かっこいいよ」

「ああ、ありがと」


 にやけそうになる顔を必死にこらえていると、今度は涼香がじーとこっちを見て何かを待っている。

 俺が何? みたいな顔をすると涼香は少し残念そうな顔をした。


「ねぇねぇどうかな? 似合ってる? 変じゃない……かな?」


 と制服姿を見せつけるようにくるっと回った。

 どうやら制服姿をほめて欲しかったらしい。

 正直めちゃくちゃ可愛いが、言わされているみたいで癪だったのでとりあえず、


「ああ、いいんじゃないか」


 とわざと素っ気なく返しておく。


「悠馬の反応素っ気ないよー、今日くらい褒めてくれてもいいのに」


 涼香はハリセンボンのようにほほを膨らませて拗ねていた。

 ああもうなんだよ可愛いな、控えめに言っても最高だよ。まあ絶対言わないけど。


 普段は素っ気ない態度で接しているが、俺は涼香のことが大好きだ。

 小学校、中学校と何度も告白しようとしたが結局伝えられず、幼馴染というポジションに落ち着いている。


 いや、告白することに対してびびっている訳ではないのだ。

 実は中三の時に卒業式が終わって涼香を屋上に呼び出した。


「ごめん、急に呼び出したりして」

「ううん、どうしたの?」


 涼香もいつもと違う雰囲気で何かを察したようで、少し落ち着かない様子ながらも、俺を真っすぐ見つめていた。

 二人の視線が重なる。彼女の瞳に映る自分が自信なさげに見える。

 目を合わせるだけで、さっきまで考えていた台詞は消え頭が真っ白になった。

 変にかっこつけるなということだろうか。


「あのさ、ずっと言いたかったんだけどさ……俺さ涼香が……すす……好きな動物が知りたかったんだ!!」

 二人の間に妙な沈黙が生まれる。

「へ?」


 まさしくへ? だ俺も何言ってんだろう? と自分でも思った。

 だが、一番訳が分からないのは涼香だろう。困惑の表情を浮かべている。

卒業式、屋上に呼び出され好きな動物を聞かれるのだ。どんな状況だよ!

 俺だったら、訳わかんなすぎて若干引くレベルだ。

 だが、涼香は少し考えて……


「猫かな、可愛いし……」 

「そうか……猫か……答えてくれてありがとう」


 うわぁぁぁぁ……

なんだ好きな動物って、初対面で全く話題がなくてもそんなのきかねーよ!


 死にたい。とにかくこの場から消え去りたい。穴があったら入ってそのまま埋めてもらいたい。

 そのまま俺たちは、終始無言で施設に帰った。


 帰る途中、涼香が消え入りそうな声で、


「悠馬の意気地なし……」


 と言っていたのは多分幻聴の類だろう。

 ……すいません。めちゃくちゃビビってました。

 今では小中学生のやつらにさえ、


「えー!! まだ告ってねーの? 悠兄の意気地なし!」


 なんて言われる始末だ。誠に遺憾ながらその通りだ。返す言葉もない。

 でもまあ、告白するチャンスなんてこれから高校でたくさんあるわけだしな、そんなに焦らなくても、それに、今の騒がしくももどかしい日常がもう少しだけ続けばいいとも思っているのだ。

 逃げだと思われるかもしれないが……というか逃げだが……。

 そんなことを考えながら、これから三年間通うことになる通学路を二人で歩いていた。

 

 何のことはない、見通しの良い交差点。

 信号は青。通行可能を示していた。横断歩道の中間に差し掛かった時。


 一瞬にして俺の世界は反転した。


 何が起きた?


 急に視界が黒く染まる。

 頬に硬い感覚を覚え自分が地面に倒れている事に気づく。


 今まで味わったことのない感覚が全身を貫く。体が思うように動かない。

 地面がありえない量の水分で濡れていた。生暖かいのに、その温かさと反比例するように体の熱を奪われていくような感覚。


 なんだ?


 辛うじて動く首をどうにか動かし、視認した地面は、自分の体を中心に真っ赤に染まっていた。


 ああ……これ俺の血か。


 既に指先等の末端に感覚はなく、恐ろしいほど急速に意識が冷えていく。

 どのくらい流れ出たのだろう?

 自分が浸る程の血液か、考えるまでもなく致死量だ。

 俺死ぬのかな?


 その時、真っ赤に染まった視界の端にバンパーのひしゃげたトラックと涼香が映った。


「…………ず……か……」


 かすれてうまく言葉が紡げない。言葉の代わりに血塊を吐き出す。

 涼香は血だまりの中に沈みぐったりしていた。


 視界が酷くぼやけていて、ひどい状況なのだろうということ以外何も分からなかった。

 かくいう俺も、もう痛みすら感じなくなってきた。


 さっきまでチャンスなんてたくさんあるなんて思ってたのに……急にこんなことになるなんて、こんなことならあの時ちゃんと伝えておけばよかった……。


 その思考を最後に俺の意識は途絶えた。    


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