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12:30pm/二階堂私室

「ご馳走さまでした!」

 噂とは違いホテルの料理長のフルコースではなかったが、食堂の料理長が腕によりをかけて作った特別メニューはどれもとても美味しく、若葉はお腹一杯まで食べて満足そうに一息ついた。

「だからちょっとは遠慮しろよ。あと行儀が悪い」

 若葉を見て顔をしかめる恭介は、いつも若葉に対する乱暴な態度とは違い完璧な所作で綺麗に食事を終えた。

「瀬戸くんは本当に所作が綺麗だね。感心するよ。私はそういったものはどうも苦手でね」

 慎弥に褒められて恭介は、家がそういう環境だったんで、別に特別なことはないですよ、と照れ臭そうにしている。

 若葉は恭介のプライベートなことはあまり知らないが、こういった何気ないところでたまに見せる仕草から、きっと育ちがいいのだろうと踏んでいる。

「家といえば、三森さんのお父さんは元気かい?」

「はい、相変わらずですよ」

 父親の話を振られて、若葉はとても嬉しそうに答えた。



 若葉は本当は、現在の仕事に就く気は全く無かった。


 父子家庭で溺愛されて育った若葉は、わりと幼いうちから護身用として父親に武器を持たされていた。

 そのため若葉にとって武器は身近なもので、一般的な人間より随分と詳しく扱い慣れているが、体力や運動神経は十人並みであるため、そんな仕事は出来る訳がないと考えていたのだ。


 若葉は基本的にマイペースで、ちょっと面倒くさがりであるため、きつくなく、楽しくて、かつ安定した仕事に就きたいと思っていた。

 そんなことを考えながら就職先を探していたところ、ある日仕事に行っていたはずの父親が帰ってくるなり若葉に言ったのだ――就職先決めて来たから――と。


 よく誤解されるのだが、若葉は確かに溺愛されて育ったが、決して甘やかされて育ってはいない。

 若葉の父親は若葉が出来ることや自分で出来なければいけないことは決して手を貸してはくれなかったし、悪いことをしたときは思いっきり叱られた。

 また、若葉の為と言って度胸試しに連れて行かれたり、どこで役に立つか分からない資格試験を受けさせられたりもした。


 しかしさすがに就職先を勝手に決めるのはやりすぎだろう、と若葉が抗議したところ、父親は、若葉なら絶対出来ると思っているし、この先自分がいなくなってしまった後に残された若葉が一人でも生きていけるようなところに就職してほしかった、と涙ながらに訴えてきたため、若葉もついうっかり絆されてしまったのだ。



「あの、ずっと気になってたんですけど、何で私採用されたんでしょう? 父は二階堂さんが許可してくれたって言ってたんですけど、よくわかんないですけど普通本人に会いもしないで決めちゃったりしないですよね?」

 若葉はずっと気になっていたが、なかなか聞けなかったことを思いきって聞いてみた。

 もしや父が何か表では言えないようなことをしたのではないかという思いもあり、これまで誰にも言ってなかったので、横で聞いていた恭介も驚いた顔をしている。

 若葉は何でもないように聞いたつもりだったのだが、緊張が顔に出ていたのだろう。慎弥が安心していいよ、と笑ながら言った。


「誤解してるみたいだけど、三森さんのお父さんは別に何も疚しいことはしていないよ。」

 慎弥はにこにこしているが、若葉は全く訳が分からないという顔をしている。

「まあ確かに三森さん以外にそんな採用の仕方をした人はいないね。あの時、三森さんのお父さんがそれはそれは熱心に君のことを売り込んできてね。その時に他にもいろいろな話をして、最終的にこの人は信用出来る人だと思ったんだ。そして彼の娘である君もね」

「あ、ありがとうございます」

 自分と自分の大好きな父親を同時に褒められて、若葉は照れながら、けれど幸せそうに笑った。


「それにしても、意外でした。うちの父は私にとっては立派な父親ですけど、二階堂さんみたいな偉い人からそんな風に言ってもらえるとは思わなかったので」

 若葉は心底意外だという顔をしてそう言った。

 確かに若葉はファザコンだが、決して盲目的ではない。父親が周りからどう見られているかを冷静に考えることは出来るし、考えた結果、父親はきっと社長や官僚などという人種とは生きる世界が違うという結論に至っていた。

 そんな若葉の態度に慎弥は苦笑いし、そうだなぁ、と少し考えた後に口を開いた。

「確かに三森さんの言う通り、君のお父さんは所謂権力者と言われる人達とはタイプが大分違うからね。けど三森さんもわかると思うけど、私も残念ながら彼らとは気が合いそうにないんだ。だから君のお父さんと良く合うんじゃないかな? それに、私も君のお父さんと同じく大層な親バカなんでね」

 そう言って茶目っ気たっぷりにウィンクをしてみせた慎弥に、若葉は思わず笑ってしまった。


「二階堂さん、お子さんがいらっしゃるんですね。おいくつですか? お名前は?」

 思わぬところから知った謎だらけの慎弥のプライベートな情報に、若葉は興味津々だ。

 恭介も気になるらしく、じっと二人の話を横で聞いている。

「えーと、確か四、いや、五歳だったかな? 女の子で、凜という名前だよ」

「へぇー、凜ちゃん。可愛い名前ですね!」

「あぁ、名前だけじゃなく全てが可愛い子だよ。親バカだろう?」

 そう言って慎弥は本当に愛おしそうに笑った。


「それにしても、二階堂さんご結婚されてたんですね」

「結婚できなさそうに見えていたかい?」

「あ、いえ! そういう訳じゃなくて! あまり家庭的な二階堂さんが想像出来なくて! 決してそういう意味じゃ! むしろめちゃくちゃモテそうっていうか!」

 何気なく言った言葉の慎弥からの返答に、若葉は失礼なことを言ってしまったと慌てて訂正した。

 しかし慎弥はただ若葉をからかっただけらしく、若葉の反応を見て声をあげて笑った。

「ごめんごめん、軽い冗談のつもりだったから、そんなに必死で否定しなくても大丈夫だよ。それに実際結婚してないしねぇ」

「へ? それってどういう……」

 意味ですか? と続く筈だった若葉の声は、けたたましいサイレンの音にかき消された。



『緊急召集、緊急召集。次のものは、至急特別対策室へお越しください。対策課、瀬戸恭介、三森若葉、藤咲――』


 恭介と若葉は目配せをし、慎弥に軽くお礼を言って駆け出した。

 二人の後ろ姿に、慎弥は笑顔で頑張って、と手を振って見送った。

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