11:30am/天体観測場
「ちょっと長くなると思うけど」
凜は少し黙って考えていたが、やがて考えが纏まったらしくゆっくりと話し始めた。
「小さな頃の私は、いじめられっ子だったんです。原因はこのまっ黒な目と、髪も今よりもずっと黒かったから。魔女だ魔女だって、酷い言葉を投げられたり髪の毛をひっぱられたりしました」
秋也はいろいろと気になることはあったが、とりあえずは話を聞くことにして黙って頷いた。
「だから毎日保育園に行くのが嫌で嫌で仕方がなかった。けどお母さんを困らせたくなかったし、いじめられている自分が恥ずかしかったから、毎日楽しいフリをしてたんです。私が頑張れたのはいつでもお母さんが味方だったから。だけど……」
凜は辛そうに顔を歪めて俯いた。
「ある日、お母さんが事故で死にました。……いえ、事故かは分かりません。だって家ではお父さんの話はしてはいけないもので、お母さんはよく何かに怯えていたから」
「私は親戚なんて会ったこともなくて、私の家族はお母さんただ一人でした。お母さんがいなくなって、私はどうしたらいいかわからなかった。ただひたすら悲しくて、お母さんに会いたくて……誰でもいいから側にいて、愛してほしいと強く願いました」
「そうしたら、家で一人きりだった私の側にいつの間にか慎弥くんがいたんです。それで、もう大丈夫だよって抱きしめてくれました」
そこで凜は話を止めて、もう一度少し考えた。
「あの子達が魔女って言っていたのは、あながち間違いじゃなかったんです。しばらく経ってから知ったんですが、お母さんの家系ってずっと遡ると、神職で神の使いを使役出来てたみたいで。けどその中にものすごく力の強い女の人がいて、神の使いではない、何か良くないものを使役してた人がいたらしいんです。その人が魔女って呼ばれてたらしいんですよね」
「私がやったことは、たぶんその魔女と同じ。慎弥くんは自分を鬼だと言いました。けど私は全く怖くなかった。ただこの人は自分の味方だって思って嬉しかった」
「それでも私は慎弥くんにもいじめられていることは話せなかったんです。けどすぐにばれちゃって……ううん、そうじゃない、慎弥くんは私がいじめられていることを知っていたんです。お母さんがいなくなったときに私が思ったのは愛されたいだけじゃなかったから。なんで死んじゃったのはお母さんだったんだろうって。あの子たちが死ねばよかったのにって」
「そうしたら、ほどなくして保育園に最初の赤鬼が出たんです」
「私はその時はそれが自分のせいだって思わなくて、ただ怖くて動けなかった。けどいつも私をいじめてた子が、早く逃げるぞって言って初めて私の手をひいてくれたんです。魔女でも殺されたら気分が悪いからって、口は悪かったですけど。それで私は無事に逃げられて、その時の赤鬼はなぜか保育園の前にいた慎弥くんが追い払ってくれました」
「帰って慎弥くんになんであんなところにいたのって聞いたけど、笑って答えてくれませんでした。ただ、争いを無くす為にはもっと大きな争いをおこすのが一番簡単なんだと言われたのを強く覚えています」
「それから慎弥くんの言うとおり、鬼が出る度にその子は私を守ろうとしてくれるようになって、いじめもなくなりました。だから私は鬼は怖かったけど、感謝もしてたんです。だからもしかしたら慎弥くんが関係してるかもなんて考えないようにしてた」
「けどそんな全て都合よくいかないですよね。慎弥くんが来てから、私の成長は止まってしまいました。たぶんですが、力を使い過ぎていたからだと思います。慎弥くんを側に置かなければまた成長出来たのかもしれないけれど、そんなこと考えられなかった。私は学校に行くのを止めました。そんな私を養う為に、慎弥くんは組織を作ってくれたんです。組織と……きっとその存在意義も」
「私はそれを心のどこかで気づいていながら、自分の幸せの為にそれも見ないことにしました。そうしていれば幸せだったから。けど……人ってすぐに贅沢になっちゃうんですよね。慎弥くんがいて大切にしてくれて、それだけで幸せだったはずなのに、私は今度は友達がいないのが寂しいと思うようになりました」
「それで慎弥くんが選んだのが千秋ちゃん。私が普通に成長していたら同じくらいの歳で、千秋ちゃんから近づいてくれたから。私が、望んでしまったから……」
凜はそこまで語るときゅっと口を引き結び俯き、部屋はしんと静まり返った。
千秋はもう知っていたのだろう、不安そうな顔で秋也の反応を待っている。
秋也は眉間にシワを寄せてしばらく考えこんでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「事情はわかった。君がずっと自分を責めていることも」
凜は俯いたまま秋也の言葉を聞いている。
「第三者にそれを話してくれたってことは、これからどうするか決めてるのか?」
「……ちゃんと慎弥くんとお別れして、鬼たちを全て消し去るべきだって分かってる。分かってるけど、どうしても慎弥くんと離れたくないの……っ、ごめんなさい……ごめんっなさい……っ」
話の途中で泣き出してしまった凜の肩を千秋がそっと撫でた。
「……これはあくまで妹を奪われ、家族のような存在を亡くした憐れな男の、ごく個人的な見解として聞いてほしいんだが」
その言葉にびくっと肩を震わせたが、気丈にも凜は顔を上げて秋也の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「俺は鬼を許すことは出来ないが、君のことは別に憎くない」
秋也の言葉に凜は目を見開いた。
「君は自分が大罪人か犯罪者のように思っているようだが。まだ幼い子供が、いじめに耐える子供が、家族を亡くして一人きりになってしまった子供が。誰かに救いを求めることのどこが悪い? 手を差し伸べて、救ってくれた唯一の相手と離れたくないと願うことをどうして責められる?」
千秋がそれに同意するように頷いて、凜をぎゅっと抱きしめた。
「けど全く悪くないかと聞かれると、俺はそうは思わない。君の罪は、君を大切にする鬼の気持ちを考えなかったことだ。現実に気づきながらも、ずっと目を反らし続けたことだ。後悔しているのなら、ちゃんと全てを受け止めて、これからどうするかを考えるべきなんじゃないか?」
凜はぽろぽろと涙を流しながら、秋也の言葉に小さく頷いた。
「あぁ、そうだ。君の一番大きな罪を忘れてた」
不安そうな顔をする凜に、ここでようやく秋也が優しく微笑んだ。
「一人でどうしようもなくなったら、周りに助けをもとめること。アキも君が大切みたいだし、俺もいつでも力になるぞ」
それを聞いて凜は声を上げて泣きながら、二人に何度もありがとうと繰り返した。




