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10:00am/西区西通り

「アイツらいっぺんシメる」


 恭介と若葉は二人で西区の西通りを歩いていた。


 あの後事務所に戻るとそこには先程まで居なかった一華と雲雀がいて、にこにことした一華が若葉に買い出しを頼んだ。

 そして当然のように相棒である恭介も一緒に行くことになったのだ。

 一華の隣で雲雀もニヤニヤと楽しそうにしていた様子から、十中八九その前の騒動を聞いていたのだろう。


「まぁまぁ。いいじゃないですか! 折角だから――」

「兄さん!?」

「え?」


 若葉が声のした方を見ると、こちらに凄い勢いで走って来る青年がいた。

 その鬼気迫る表情に若干恐怖を感じながらももしやと思い恭介を確認すると、眉間に深いシワを寄せた面倒臭そうな顔をしており、彼の言う『兄さん』が恭介のことだと確信した。


「兄さん! 今までどこに行ってたんですか!」

「あー……久しぶり。元気そうだな」

「はい! 兄さんも元気そうで……ってそうじゃなくて! 質問に答えてください! みんな心配してますよ!」


 恭介は誤魔化そうと笑顔でそう返したが、残念ながら誠司は誤魔化されてはくれなかった。


「だからお前にはちゃんと手紙書いただろ?」

「あんなメモで良い訳ないじゃないですか!」


 誠司が態々メモと言い直したそれは恭介が家を出たその日に執事を通して渡されたもので、封筒と便箋という様式的には手紙の体をとっていたが、内容は『俺は家を出る。元気でな』というたった一行の、手紙というにはあまりにも粗末なものだった。


「心配しなくても()()()俺の心配をしてるのなんかお前くらいだよ。これまで全く騒ぎになってないのが良い証拠だろ?」


 恭介の言葉に誠司は反論しようとしたが、恭介が苦笑しながら宥めるように誠司の頭をくしゃくしゃと撫で回すと何も言わず押し黙った。


「……帰って来る気はないんですか」

「あぁ、無いな」


 間髪入れずきっぱりと恭介が返すと、誠司は泣きそうな顔になった。


「ったく。諏凰の跡取りがそんな情けねー顔すんな」

「だって……! 兄さんが家を出たのって、僕のためでしょう?」

「ちげーよ。俺はあの家を継ぎたくなかったし、お前には十分才能があった。そして相続のゴタゴタの最中に、()()俺はやりたい事ができて家を出た。ただそれだけだ」

「うぅー……それでも僕は兄さんに戻って来て欲しいです」

「アホ言うな。折角跡取りが決まって落ち着いたってのに態々面倒事起こそうとすんじゃねーよ」


 若葉は内心どうしようかと途方に暮れていた。

 二人が話している内容は若葉がまだ聞かされていない恭介の家に関する話で、しかも結構深刻そうな内容である。

 いつか恭介が話してくれるまで待とうと思っていたのにこんな形で知ることになるとは、先日の告白騒動のことといい、若葉は恭介に関することは人伝に聞いてばかりだなー、となんとも複雑な気持ちになった。


 そんなことを若葉が一人もんもんと考え微妙な顔をしていると、ようやく少し落ち着きを取り戻した誠司がそれに気づいて慌てて姿勢を正した。


「あ、すみません! 随分お待たせしてしまったみたいで……僕は諏凰誠司と言います」

「あー、三森、こいつは俺の弟だ。そんで誠司、こいつは俺の今の職場の同僚で……」


 そこで恭介は少し考えて、結局言い辛かったらしく続きを若葉へと渡した。


「えと、瀬戸さんとお付き合いさせていただいてます、三森若葉です!」

「瀬戸?」

「え?」


 恋人、ということを伝えることに緊張してついいつものように言ってしまったが、今の誠司の反応から雲雀が恭介のことを諏凰と呼んでいたことを思い出した。


「……偽名なんですか?」

「母方の性だ。諏凰を名乗るといろいろと問題があったんでな」

「道理で見つからないと……あ!! ってことはあの男!!」


 誠司が突然何かを思い出して頭を抱えた。


「あの男?」

「あいつだよ!! あの兄さんに付きまとってた双子の片割れ!!」

「は? 黒崎?」


 思いがけず入った情報に恭介と若葉は驚いたが、誠司はそれどころではない。

 悔しそうに頭をがしがしと掻いて、恭介の質問に投げやりのように答えた。


「そーだよ! ついさっきあいつに会ったから兄さんのこと聞いたら、()()なんて知らないって言ったんだよ! そうだ、あいつはいつも僕に対しては兄さんのこと()()()()()って呼んでたのに……あ"ー! 気付かなかった自分に腹が立つ!!」

「おい、誠司。黒崎のヤツどんな様子だった?」

「え? どんなって、相変わらず飄々とした嫌な奴でしたけど」


 恭介が秋也を気にしているということが面白くない誠司は、不機嫌そうに、しかし律儀に秋也の様子を思い出しながら答えた。


「そういえば小さい女の子を連れてましたね」

「女の子?」

「はい。五歳くらいの、ええと確か……そう、二階堂凜ちゃん」

「え?」


 誠司の出した名前に若葉は驚き、恭介はぴくりと眉を動かした。


「三森、さっさと用事済ませて帰るぞ」

「「えっ」」


 くるりと誠司に背を向けて歩き出した恭介の後ろで若葉の戸惑った声と誠司の悲しそうな声が重なった。

 それでも振り返らずにスタスタと歩いていこうとした恭介だったが、一向に付いてくる気配のない若葉に溜息をついて振り返った。

 そこには想像通りの光景が広がっていて、恭介は眉間のシワを解しながら最大限の妥協案を提示した。


「気がむいたら連絡する」


 そんな不確かな一言だったが、誠司は嬉しさが隠しきれない顔で二人に手を振った。



「凜ちゃんって……」


 しばらく歩いたところで、若葉がぽつりと呟いた。

 それに対し恭介は何か考えるような顔をしたが、結局何も答えなかった。

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