10:00am/西区雑貨屋
「どこに行くの?」
「ストーカーに会いに」
「ストーカー?」
「そう」
凜の不思議そうな問いかけに、秋也はそれ以上何も答えずに、ただ前を見据えて凜の手を引いて歩いた。
しばらく歩くと秋也は小さな雑貨屋に入った。
入口には閉店の札がかけられていたが施錠はされていなかったようで、凛は躊躇いながらも秋也の後に続いた。
店内は良く言えば趣がある、悪く言えば古ぼけていて、人気の店というより地元の人間が必要なものを買いに来る店という雰囲気だ。
凛が扉を閉めると、奥から物音がして男が出てきた。
少し長めの茶色の髪に真ん丸のツリ目をしたその男は、二人を見ると嬉しそうに笑った。
「久しぶり。待っとったよ」
「そいつはドーモ」
二人はその男に促されて店の奥に入った。
「はじめまして、やね。ボクは相原言います」
「はじめまして。二階堂凛といいます」
にこにこと嬉しそうに自己紹介をした相原に習い、凛も慌てて自己紹介をした。
凛は目の前の相原という男が、見た目こそ全く似ていないがどことなく慎弥に似ていると感じた。
「凛ちゃん、ボクのこと分かる?」
「え? えーっと……ごめんなさい」
分かる? と聞いてくるということはどこかで会っているのだろうと思ったが、凛には全く覚えがなかった。
しかしどうやらそういう訳では無かったらしく、何故そんなことを聞かれたか分からず首を傾げた。
「会ったことは無いねんよ。ただ何か聞いてるかなって」
「あ、えーと……」
何か聞いているかと聞かれれば、凛には先程秋也から聞いた『ストーカー』という情報しかない。
しかし流石にそれを本人に伝えるのは気が引けたため、凛は困って秋也を見た。
「そんなことより、今日は何の用事だ? わざわざこの子まで連れて来させて」
「え?」
さらりと話を変えた秋也にホッとしつつ、思わぬ形で自分の話題が出てきて凛は驚いた。
ここには秋也の用事で来たのだと思っていたのだが、どうやら自分もその用事に含まれていたらしい。
戸惑う凛に秋也はポケットから取り出した一枚の便箋を渡してくれた。
その花の織り込まれた綺麗な便箋には凛も見覚えがあった。
内容は見たことはないが、いつも渚の元に届くストーカーからの手紙に使われていたものだ。
恐らく手紙の一部分と思われるそれは、
『最近あの子と仲が良いみたいで妬けてしまいます。
久しぶりにあなたに会いたいです。
あの子とも話してみたいので、今度是非三人でお茶でも』
というストーカーから貰うには刺激の強い文章で締めくくられていた。
「ちゃんと伝わってくれて安心したわ。流石黒崎クンやね」
「そういうのは良いから要件」
秋也の素っ気ない態度に相原は寂しそうに苦笑した。
「最近黒崎クンの虫が大人しかったから、何か進展があったんやと思って。折角やし会って話したいなぁと思ってん」
相原の言う『虫』というのは、秋也が千秋の捜索の為に各地に放っている小型カメラのことだ。
そんなものの動向まで把握されていることに秋也は思いきり嫌そうな顔をした。
秋也が鬼について調べ始めたのは十五年前、千紘の家族が亡くなってからだ。
調べ始めて五年後、西区の天体観測場で、共に調査していた双子の妹千秋が人の子を連れた黒鬼に会いに行ったまま姿を消した。
それからは毎日千秋の捜索に奔走していたが、個人での捜索では限界があった。
そのため二年後、秋也は対鬼族対策特別組織に入り、千秋の捜索と本格的な鬼の調査を始めた。
組織に入ってすぐ、青鬼の大群が現れ、千紘が駆除を行った。
千紘や神の使いのことなど詳細は伏せられていたが、危険な青鬼の群れを被害を出すことなく駆除することに成功したとして連日ニュースに取り上げられ、それをきっかけに組織は一躍有名になった。
秋也はそれに違和感を覚えた。
千紘の家族が命を落とした原因も青鬼の群れだった筈だ。
それなのに千紘の神の使いの力を間近で見ていた充曰く、まるで大人と子供のような一方的な戦いだったと言う。
もしかしたら群れの規模が全く違ったのかもしれないが、そうだとしたら余計におかしい。
千紘も秋也も千紘の家族の最期を詳しく知らない。それはその時、全くニュースにもならなかったからだ。
そのことから秋也は千紘の家族の死因について疑いを持つと共に、彼等がいなくなって得をするもの――事件のすぐ後に発足したこの組織についても調査対象とした。
組織に入って暫くは自らの足で鬼の調査に奔走していた。
三年目のある日、前日青鬼を駆除した場所を調査していると、偶然青鬼と共に立つ相原を見た。
彼らは秋也に気づくことなく、まるで会話するように何か言葉を交わした後、鬼が相原に背を向け人里離れた森の方へと去って行った。
青鬼が見えなくなったところで、秋也は相原に銃を突きつけて何者だと問い詰めた。
「あんたが青鬼たちに人間を襲わせてるのか?」
秋也の責めるような目を真直ぐに見つめ返して、相原は首を振った。
「そんなことせーへんよ。ただ、ボクには止めることも出来へん。言うたら聞いてくれる子達やけど、それはあの子たちに死ね言うのと同じことやから」
その答えを聞いて、秋也は理解は出来たが納得は出来なかった。
自分の家族同然の人達が彼らに殺されたのかもしれないのだから当然だろう。
その時、秋也は相原にある提案をした。
少し話をした相原の様子から現状を良く思っていないのは明白だったため、調査の協力を持ち掛けたのだ。
内容としては、組織の人間の動向を始めとした情報提供。
丁度良く渚に熱烈な手紙を送るストーカーがいたから利用させてもらった。
彼女が気にするようなら別の方法を考えようと思っていたが、結局気にしていたのは準太だけだった。
渚の剛胆さに呆れればいいのか、軽視されている準太に同情すればいいのか。
「それで、妹ちゃん見つかったん?」
「居場所は、な」
「そっか、良かったね」
言葉通り嬉しそうな顔をする相原だが、その顔を見る秋也は眉間にシワを寄せて複雑そうな顔だ。
「で、この子を連れてこさせた理由を聞いてないんだが」
「あぁ、そない深いイミはなかったんやけど、あの人の大切にしとる子に会ってみたいな思て。ホントに連れて来てくれると思わんかったわ」
そう言って相原はニコニコと凜の頭を撫でた。
「ならもう二人連れて来たら良かったな。笠原も篠塚さんも会いたがってるぞ?」
「ボクまだ命も貞操も失いたくないねん」
圭一と湊はどちらも昔の知り合いらしいが、過去に何かしらあったらしい。
二人は相原に会いたがっているが、相原に二人の話をすると顔を引きつらせる。
「笠原クンは今はたぐっちゃんにご執心やろ?」
「毎回毎回逃げられてるから悔しくて仕方ないみたいだからな。こっちとしても田口の動きには困ってる。もう少し大人しくするように言っとけ」
「誤解してるみたいやけど、ボクたぐっちゃんからは嫌われてはないけど好かれてもないんよ。たぐっちゃんはボクがあの人の敵やから味方ってだけやから。利害の一致っちゅーやつやね」
交わされる二人の会話を大人しく聞いていた凜だったが、相原の『あの人の敵』という言葉に不安そうな顔できゅっと秋也の服を握った。
相原は先程慎弥のことを『あの人』と呼んでいた。
そんな凜の反応に、相原は賢い子やね、と困ったような顔で笑った。
「そんな不安そうな顔せんでもええよ。ボクが一等好きなんは凜ちゃんやから」
「どうして? 会ったこともないのに」
凜の当然の疑問に、相原は何故かキョトンとしてそれからうーん、と唸った。
「そんなこと聞かれても、ボクが凜ちゃんを好きなんは当たり前のことやしなぁ」
本気で言っているらしい相原に、凜は今度は別の意味で警戒し秋也の後ろに隠れてしまった。
「ちなみに二番目に好きなんは黒崎クンやで」
「そいつはどうも。俺も相原さんは二番目だよ。二番目に嫌い」
秋也が皮肉気に笑って言うと、相原は安心したように笑った。
「だから好きやねん。黒崎クンは絶対にボクのことを許さない。それが堪らなく安心する」
相原の応えに、秋也は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前の思い通りになってると思うと酷く不快な気分だ」
「じゃあ好きになってみる?」
「あり得ない」
キッパリと言い切った秋也に、相原は困ったように笑った。
それを見た秋也は複雑そうな顔をしたが、やはり先程の発言を覆すことはしなかった。




