9:30am/西区中央通り
「おい」
凜と共に街を歩いていると、秋也は突然後ろからグイと肩を引かれた。
そのことに不快さを隠さずに振り向くと、そこには懐かしい人物がこちらも不快そうな顔で立っていた。
「あ? おー、誠司じゃねーか。偶然だな」
「戻ってきてたんだな」
「まあ戻ってきたわけじゃねーけどな」
元々離れてないし、と秋也は心の中で付け足した。
秋也の肩を引いたのは諏凰誠司。恭介の実の弟だ。
「あんたのことなんてどうでもいいんだよ。それより兄さんはどこだよ? 知ってんだろ?」
「は? 諏凰なんて知らねーよ」
秋也が答えると、誠司は全く信じていない顔で秋也を睨んだ。
実際恭介は現在瀬戸と名乗っているため、秋也は嘘はついていない。
秋也が久しぶりに恭介と再会した時、恭介は秋也に自分はもう諏凰ではないと言った。
彼の詳しい事情を秋也は知らないが、恭介が諏凰でなくなると弟である誠司が家を継ぐことになるであろうことは確かだ。
「大体何で俺が知ってると思うんだよ」
秋也が意味が分からないというように肩を竦めた。
「だって兄貴はあんたらと仲良かったんだろ!? 俺は認めてないけど! あんたらのせいで兄貴は変わった! だから家から居なくなったのもあんたらが兄貴に何か吹き込んだんだろ!?」
「へぇ? お前の兄貴は他人の言葉で簡単に家を捨てるような奴なのか?」
「そんなわけないだろ!?」
「お前自分が言ってることが矛盾してるってわかってる?」
「わかってるさ!」
「なんだ分かってるのか」
「うがぁ! ムカつく!!」
誠司はどんなに詰っても飄々とした態度で返す秋也の態度に堪えきれず頭を掻きむしった。
昔から誠司は兄の邪魔ばかりする秋也によく突っ掛かっていたが、一度として勝てたことはなかった。
今回に至っては誠司が睨んでいる通り秋也は恭介の居場所を知っているのだが、残念ながら秋也の屁理屈に言いくるめられてしまった。
心底悔しそうに唸る誠司を見て秋也は口に手をあてにやける口元を隠した。
秋也は素直な反応をする誠司のことをわりと気に入っているのだ。
「あの、初めまして」
これまで秋也の陰に隠れて成り行きを見守っていた凜が、一段落ついたのを見計らっておずおずと誠司に話しかけた。
秋也しか眼中になかった誠司は声をかけられて初めて凜を認識したようでピシリと固まってしまった。
しかしそれは一瞬のことで、すぐにキラキラとした優しそうな笑顔を凜に向けた。
「初めまして、お嬢さん。お見苦しいところを見せてしまったね。僕は諏凰誠司。君の連れの顔見知りなんだ。お嬢さんは?」
「私は二階堂凜って言います」
凜の前に膝をついて恭しく話しかけるというまるでどこぞの姫に対するような扱いに、凜は僅かに顔を赤らめながらも嬉しそうに答えた。
そんな誠司の様子を秋也は感心半分、呆れ半分で見た。
「相変わらず見事な猫の被り様だな」
「馬鹿にしてるのか」
「いや、諏凰は安泰だなと思っただけだよ。だからあいつも安心してほっつき歩いてんだろ」
からかうでもなくそう言った秋也に、誠司は怒りや悲しみ、戸惑いといった感情が混ざり合って、結局何も言えず黙りこんだ。
秋也はその複雑そうな顔を見て、まだまだ若いな、と微笑ましく思った。
「じゃあな。頑張れよ、次期社長」
ひらりと手を振って背を向けた秋也に、凜がぺこりと一礼してからついていく。
誠司はそれに返事を返すことなくしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがて一つ舌打ちをして彼らとは反対方向に向かって歩き出した。




