1:30pm/第一演習室
「失礼します」
恭介が一人トレーニングをしていると、午後から事務作業をすると言っていた筈の若葉が訪ねて来た。
「瀬戸さん、ちょっといいですか?」
どこか不機嫌そうな若葉の様子を不思議に思ったが、恭介は取り敢えず動きを止め話を聞く姿勢をとった。
「何だ? 読めない漢字でもあったか?」
そんなことで態々恭介のところまで聞きに来たりしないだろうとは思うが、絶対無い、とも言い切れないのが若葉の残念なところだ。
「……黒崎さんに、賭けなんてしてないって聞きました。何でそんな嘘つくんですか?」
「なんで?」
責めるような若葉の口振りにカチンときて、恭介の口からは思いの外冷たい声が出た。
「アホだアホだと思ってたが、そこまでアホだとは思わなかった。三森、お前それ本気で言ってるか?」
恭介の不機嫌そうな問いかけに、三森は戸惑ったように目を泳がせた。
どうやら何度も嘘をつかれたことが不満だっただけで理由はちゃんと理解しているらしい様子に、恭介は僅かに機嫌を直して小さく溜め息をついた。
「お前なぁ……やっぱアホだろ? 何で態々蓋をした問題をまた蒸し返すんだよ。蓋をしたままの方が都合がいいだろーが」
「良くないですよ!」
「じゃあ何か? お前の中で踏ん切りがついたのか?」
「う、それは……まだ……ですけど……」
煮え切らない若葉の態度に、恭介の機嫌は再び下降していく。
「三森、俺は面倒な事は嫌いだ。この話は忘れろ。これ以上続けるようなら移動も」
「わかりました! 付き合いましょう!」
「考え…………は?」
突然の若葉の発言に、恭介は先程までの苛立ちが一瞬にして吹き飛んだ。
一体何がわかりましたで、どこをどうやってそんな結論に至ったのかが全く理解出来ない。
思わず恭介は自分の額を抑えて俯いた。
「ちょっと待て。落ち着け。何でそうなった」
「落ち着いてますよ。何でって……元々瀬戸さんのことは嫌いじゃないですし、忘れろって言われたのが何か嫌だったので」
「わかった。俺が悪かった。考え直せ。早まるな」
「嫌ですー。もう決めちゃったんで、ちゃんと責任とってください」
つい数時間前まであんなに挙動不審だった人間とは思えないほど吹っ切れた、見ようによっては投げやりにも見える態度をとる若葉に、恭介は恨めしそうな視線を向けた。
心なしかその耳が僅かに赤い。
「絶対後悔するぞ」
「絶対しませんよ」
「お前頭可笑しいだろ」
「失礼な。この上なく正常ですよ」
面倒な事は嫌いだと先程言っていた癖に、若葉がイエスと答えた途端に面倒な事この上ない態度をとり始めた恭介に、若葉は思わず可愛い、と思ってしまった。
「…………あー」
「まだ何か?」
「じゃあ……まあ、よろしく」
照れて目を反らしながら口元を腕で隠して、恭介らしくなくモゴモゴと告げられたその言葉に、若葉もつられて照れて赤くなりながらも、よろしくお願いします、と嬉しそうに返事をした。




