某日/東区農業用地2
想像以上に絶望的なその光景に、充は焦っていた。聞くのと実際に見るのは全然違う。
同時に妙に冷静な部分がこの状況を乗り切る為にはやはり千紘の力が必要不可欠だと訴えている。
何としてでも説得すべく、充は再び鬼に背を向けた。
その時突然突風が吹き、思わず目を瞑った。
そして目を開けた時、目の前にいる千紘――正確にはその周りも含めて、その姿を見て驚いた。
「これが、神の使い……」
話には聞いていたが、充も実際に見たのはこの時が初めてだった。
千紘を取り囲むように、千紘を守るように、五体の動物たちが佇んでいる。
見た目はどう見ても普通の野性動物なのに、充は先入観からか彼らから普通の動物とは違う得体の知れない何かを感じた。
「神谷さん、ありがとうございます。では……神谷さん?」
充は一瞬神の使いを目の当たりにして呆けてしまったが、直ぐさま現状を思い出し千紘に声をかけた。
しかし千紘の様子が可笑しい。
目は虚ろであるし、声をかけても反応がない。
不審に思った充が千紘に一歩近付いたところで、後ろから一体の咆哮と、それを合図にするように複数の生き物が一斉に向かってくる音がした。
どうやら鬼達も充と同様不穏な気配に警戒して固まっていたらしい。
一先ず応戦する為に、充は素早く千紘から少し離れた。
「……は」
しかしその直後、またも唖然と立ち尽くしてしまった。
充が千紘から離れたのは、千紘が近くに居ては満足に暴れることが出来ないと思ったからだ。
千紘の方は神の使いで何とかするだろうと思っての行動だったが、その光景は充の想像を遥かに越えていた。
まるで大人と子供だ。あまりにもあっさりと、一体、また一体と神の使い達は鬼を沈めていく。
過去に千紘の家族が鬼に殺されたと聞いていた充は、神の使いにここまで圧倒的な力があるとは思っておらず、美しさすら感じるその光景を何も出来ずにただじっと眺めていた。
全ての鬼が動かなくなった後、神の使い達は再び守るように千紘の周りに集まった。
充が忠久に駆除が完了した旨を伝えると彼はとても驚いて、少しの労いと、早く帰ってこいと言う返事が返された。
恐らく帰れば興奮気味の忠久に全て話すまで暫く離してもらえないだろう。
「神谷さん、お疲れ様です」
充が声をかけたが、千紘は先程と変わらず虚ろな表情のまま反応がない。
「神谷さん?」
充が様子の可笑しい千紘を心配してその肩に手を伸ばした時、彼の横に控えていたチーターの姿をした神の使いの目がギラリと光った。
――不味い……!
ぶわっと全身に殺気を感じて、相手が動くより早く頭を腕で庇いながら後ろに飛び退き、千紘と距離を取ろうとした。
しかし僅かに遅く、チーターの姿をした神の使いが充の右腕に噛み付き、痛みに充は顔をしかめた。
とはいえ確実に狙われていただろう頭や首を守れたのは不幸中の幸いだ。
充は左手に銃を握ると、躊躇わず噛み付いたままのその頭部を撃ち抜いた。
まるで砂像のように撃ち抜いた箇所は細かい粒子となって弾け、充の腕から離れた。
それは直ぐに元の姿に戻ったが、更に距離を取った充を追うことなく千紘の下に戻って行った。
恐らく充が千紘に危害を加えると思われたのだろう。
相変わらず千紘の反応はない。
出血が酷いため早く帰って治療したいところだが、このまま千紘を置いていくわけにはいかない。どうしたものかと充は唸った。
とりあえずシャツの裾を破り申し訳程度に止血した後、何か無いかとポケットを探ると、何か大きめの布の感触を感じて引っ張り出した。
それは紫色の薄手の布で、そういえば千紘と同期のマッドサイエンティストと紙一重の男に優秀な防護布だと言って渡されたことを思い出した。
それを見て充の心は決まった。
強行突破で千紘を気絶させる。
この布を渡した男は有名な研究者を両親に持ち、百年に一人の天才だと言われているらしいが、充は彼をよく知らないため彼の言うことを信用してはいなかった。
しかし怪我の具合から、あまり時間をかけることができない。
まあ気休め程度にはなるだろうと、動きを妨げないように身体に巻き付け再び千紘に向き直った。
幸い足は無事であるし、スピードにはそれなりに自信がある。
少々の負傷はこの際致し方ないだろう。
充は覚悟を決めて千紘に向かって足を踏み出した。




