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某日/東区農業用地1

 その日、充は一年目の新人である千紘を連れて広報課の仕事の為に東区の農業用地を訪れていた。

 当時組織は発足してからまだ数年で、しかし少しずつではあるが確実に知名度は上がっていっていた。

 数日前にも北区で鬼が出たのを組織の人間が駆除しており、それを知った東区のとある農業組合が鬼への不安から講演会を開いてほしいとの要望があった。

 そこで白羽の矢が立ったのが三年目の充だった。

 曰く、大人相手だし新人の教育にもちょうど良いだろう、と。


 講演会自体は恙無く終えることが出来た。

 千紘もまだ新人だったため、充の講演内容に茶々を入れることもなく農業組合の人達に混ざって熱心に話を聞いていた。



 講演を終えた後、充が農業組合の人達にお礼を言われていたところに同期である忠久から端末に連絡が入った。

「お疲れ様です。ちょうど今無事に終わりましたよ」

『ああ、お疲れ……ってそれどころじゃない! 鬼が出たらしい!』

 慌てた様子の忠久に充は、彼はもう少し落ち着くべきだと思った。これでは情報を貰った方が無駄に不安を煽られてしまうだろう。

 充は軽く会釈をして講演会場を出た。


「落ち着いてください。こっちはまだ周りに人がいるんですよ。万が一聞かれてパニックになったらどうするんですか」

『あ、わりぃ。けど目撃場所がお前らのいる場所のすぐ近くだから焦っちまって』

 忠久は謝りこそしたが、充の苦言はあまり頭には入っていなさそうだ。

 充は溜め息をついて先を促した。

『それが、目撃されたのが青鬼なんだが、十を優に越える大群らしい!』

「何ですって?」

 充は忠久の言っていることが俄には信じられなかった。

 充がこの組織に属してから、緑鬼以外でそんな大群の話などなかったからだ。


 忠久が言うには、つい先程東区の崖の上を青い塊が群を成して移動しているのを目撃した、と通報があったという。

 詳しい場所を聞くと、その場所は充達のいる場所からそこまで近くはないのだが、目撃者が通報を躊躇っていたらしく、目撃したのは通報した三十分近く前だという。

 つまりもしその大群が真っ直ぐこちらに向かっているとしたら、間もなく到着するということになる。

 充はその目撃者の危機感の無さに歯噛みした。


「それで、上の指示は?」

『それが……』

 忠久が言い辛そうに言葉を濁した。

「時間が無いのでしょう? 早く言いなさい」

『わかってるよ……あー、対策課を行かせたんじゃ間に合わねぇ。神谷にやらせろ、だと』

「神谷さんに、ですか」

 充はそこで忠久が言い淀んでいた理由を察した。

 千紘の過去とその能力のことは、相棒となる充や総務である忠久はある程度聞かされていた。

「大丈夫なんですか? 確か実践経験は皆無だと言っていたと思うのですが」

『あの感じからしてそれしか方法がないってのが正直なとこだろうな』

 その声を聞き、充にはまるで目の前で話しているかのように忠久の苦い顔が頭に浮かんだ。

 忠久は最初広報課への配属を希望していたが、充は彼にこの課は無理があっただろうとつくづく思う。

 そんなに正直に感情を露にしていては、こういう何かあったときに一般人に不安を与えてしまっていただろう。

『まあそれでもある程度訓練は受けてたんだろうし、サポートとして天才様もついてることだし、何とかなるだろ』

「簡単に言ってくれますね」

 今しがたまでの苦々しい声から一変、忠久はあっけらかんとそう宣った。思い切りのいいというか、大雑把というか。

 しかし――

「そこまで信用されてるなら、それに答えなければいけませんね」

 忠久とは違い淡々と返す充に、それでも端末の向こうで忠久が喜んでいるのが伝わった、

『さすが倉持! 頼りにしてる!』

「もう用がないなら切りますよ」

『あ、最後に一つだけ。健闘を祈る』

 それを聞いて、充は何も言わずに通信を切った。



「神谷さん」

「あ、お帰りなさい。連絡何だったんですか?」

「それが」

 そこで一旦充は言葉を切って、周りの人達に目をやった。

「すみません。上から至急帰ってこいと連絡が入りまして。申し訳ありませんが、今日の講演会はここまでとさせてください」

 充の言葉を聞いて、周りは口々にありがとうや頑張れ等と言って、まだ質問の途中だっただろうに快く送り出してくれた。


「さて神谷さん。貴方、神の使いが使役出来るんですよね?」

 会場の外を車とは反対方向に歩きながら、充が後ろを着いてきている千紘に振り返らずに尋ねた。

「この近くで青鬼の大群が目撃されたそうです。対策課の応援が間に合わないので、貴方の神の使いの力で対応を、と上から指示が来ています」

 千紘からの返事はない。

 後ろから聞こえていた足音が途切れた為、充も足を止め振り返った。

 充の視線の先には真っ青な顔でシャツの胸元をきつく握りしめ、可哀想なほど震える千紘の姿があった。


 千紘の過去について聞いている充は特に驚くことはなく、寧ろ想定通りの反応にさてどうしたものかと冷静に頭を巡らせる。

 他人からすれば冷酷だと思われるだろうが、同情したところで迫る青鬼の群れが帰ってくれはしない。

 可哀想だと思わなくもないが、今は千紘に頑張ってもらうしかない。充は現実主義だ。

「お、鬼の駆除は対策課の仕事だと聞きました」

 充が何か言うより先に、千紘が震える声で訴えた。

 千紘の言い分は尤もだ。

 しかしだからといって、はいそうですね、とは答えることは出来ない。

「先程も申し上げたと思うのですが、緊急事態で対策課を待っていたのでは間に合いません。それと、確かに駆除は対策課の仕事ですが、民間人の保護は広報課の仕事です。対策課が到着するまでの間鬼の被害が無いように対処するのは、貴方の業務範囲を逸脱していませんよ」

「けど、僕には無理です。出来ません」

「出来なくてもやってもらいます。貴方なら出来ると判断したからこその上からの指示です。私も出来る限りのサポートはしますので」

「でも……!」

 必死に言い募る千紘の耳に、遠くない場所からの獣の唸るような声が届きびくりと肩を跳ねさせた。

「残念ながら、やるかやられるかの二択です。諦めなさい」


 そう言って固まる千紘の視線を辿るように充が振り返ると、そこにあったのは見たこともないような数の青鬼が一直線にこちらに向かってくる光景だった。

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