11:00am/保管庫
「あ、これですね」
お目当てのものはすぐに見つかった。
まあ部屋に入った時にちょうど入れ違いで出てきた雲雀がこれまでにない複雑そうな顔で千紘のことを見ていたので、報告書が見つからなかったなんてことはないだろうとは分かっていたのだが。
たった今取り出されたのだろう形跡が残ったそれの読み跡のついた場所を開くと、案の定千紘の関わったという青鬼のページだった。
但し報告者は千紘ではなく充となっている。
読んでほしくないと雰囲気で全力で訴える千紘を無視し、春陽はその報告書をゆっくりと読み進めた。
そんなに長くない報告書を読み終えた春陽はキラキラとした目で千紘を見た。
「神谷さんってものすごい人だったんですね!」
「止めて! お願いだから止めて! 違うんだって!」
「何が違うんですか? これ書いたの倉持さんですよね? だったら全部事実ですよね?」
「だから違うのー!」
その報告書には、倉持らしく、鬼の目撃情報の報告から事後処理までとても丁寧に書かれていた。
要約すると、青鬼が十九匹も一度に出現してある程度の被害は免れない状況だったにも関わらず、千紘の神の使いの力のお陰で一般市民には全く被害を出さずに駆除に成功した、ということだった。
駆除の件こそ詳細は曖昧にしか書かれていないが、何といっても神の使いという特異な能力を使っているのだ。
きっと何か書けない事情でもあるのだろう。
もしかしたら充が書いている為、あまりよく分からなかったのかもしれない。
「はぁ……だから嫌だったんだ。ひーちゃんもきっとおんなじような誤解してるんだろうなぁ……。さっきの顔、いつもと全然違ったもん」
「ああ、いつもはごみでも見るような顔で見てますもんね」
「はるちゃん、そろそろオブラートっていうものを覚えようね……けどそうなんだよねー、気のせいじゃなければあの顔はちょっと見直した感が含まれてたもんねー、あーあー……」
千紘の不審な態度に、ここに来て漸く春陽は疑問を抱いた。
この報告書の内容が全て真実だとしたら、千紘なら嬉々として自慢気に語る筈だ。
秋也の意味深な事前情報があり、書いたのがあの真面目な充ということもあって、春陽は千紘のそれは照れ隠しかと思っていた。
しかし先ほどからの千紘の様子を見るに、どうも照れ隠しという風ではない。
「何が誤解なんですか?」
春陽はつい先ほどと殆ど同じ意味の質問を、先ほどとは違うニュアンスで尋ねた。
その春陽の顔は先ほどまでのヒーローでも見るようなものではなく、いつもの千紘を見るものに戻っていたことに千紘はほっとした。
「確かにそれに書かれている内容は間違ってないよ。けど、書かれてないことがある」
そう言って千紘は躊躇うように目を伏せたが、それも一瞬のことだった。
「――俺はその時、みつるくんを殺しかけた」
辛そうに顔を歪めた千紘の告白に、春陽は驚きよりも納得の感情の方が強かった。
何しろこんな大きな事件だ。
秋也と話していたときは思い出せなかったのだが、そう言えば連日テレビでそんな報道をしていた時期があったような気がする。
千紘の言う殺しかけたも、その駆除の最中に充が巻き込まれそうになったという話だろうと春陽は受け止めた。
「神谷さん、倉持さんは生きてますよ」
「生きてるからいいって訳じゃないでしょ? 俺が未熟なせいでみつるくんを殺しかけたことは事実だ。確かに一般市民に被害は出なかったけど、俺ははるちゃんやひーちゃんの思ってる尊敬に値する人なんかじゃないよ」
春陽は首を傾げた。
「倉持さんと神谷さん、仲悪くないですよね? むしろ僕には仲良く見えたんですけど」
「それは、その時みつるくんが遠慮なんかされたら気持ち悪いから今まで通りで良いって言ってくれたからだよ」
「ならそれで良いじゃないですか。他でもない倉持さん自身が言ったんですから。それに! 一般市民に被害が出なかったのも事実なんでしょう? じゃあ十分尊敬に値する人ですよ」
あくまで現状は充の配慮があったからこそで、自分に罪があるのは変わらないと言う千紘に対して、春陽はあっけらかんと笑って答えた。
千紘はあまりにきっぱりと言い切る春陽に唖然としていたが、やがてはっと我に返って口を開いた。
しかしその瞬間聞こえてきた放送の音に仕方なく口を閉じて、ウズウズしながら放送内容に耳を傾けた。
『広報課の神谷さん、藤咲さん、本日の業務について伝達事項がありますので、至急総務課のデスクまでお越しください』
聞こえてきたその放送に、千紘顔からスッと表情が消えた。
しかしそれは一瞬のことで、それに春陽が気づく前にぱっとその顔にいつも通りの表情を張り付けた。
「業務についての伝達事項? 何ですかね?」
初めて聞くその放送に春陽は不思議そうに千紘に尋ねた。
「んー、とりあえず行こっか。伝達事項って言ってたから怒られはしないでしょ」
抵抗せず指示に従う千紘に、珍しいと更に頭の上のハテナが増えた春陽だったが、とりあえず千紘の言葉に頷き、二人で充の元へと向かった。




