4:00pm/第ニ医務室
消毒液と洗いたてのリネンの匂いがする。
目を開けた若葉は少しの間ぼんやりとしていたが、すぐにここが医務室で自分がベッドに寝かされていることに気付いた。
――あぁ、無事に帰ってこれたんだなぁ……
そんな幸せを噛みしめながらもう一眠りしようとした時、カーテンの向こうから扉を開ける音と、話し声が聞こえてきた。
「おー、瀬戸。お疲れ様」
「お疲れ様です。あいつ、まだ起きないですか?」
「解毒剤飲ませたからなぁ、けどそろそろ起きると思うぞ」
「そうですか」
その声を聞いて、若葉は一気に気絶する前の出来事を思い出した。
途端恥ずかしさで真っ赤になり、とても恭介とまともに顔を合わせられそうにない。
「あ、ちょうどよかった。ちょっと取りに行かないといけない物があってな。ほんのちょっとだけ留守番を頼まれてくれないか?」
――え、瀬戸さんに留守番頼んじゃうんですか?
「あぁ、別に構いませんよ」
――え、引き受けちゃうんですか?
「助かる。すぐ戻ってくると思うが、もし何かあったら私の端末に連絡してくれ」
「わかりました」
――いやいやいや、ちょっと待って!?
若葉の必死の心の中の訴えは届かず、無情にも第ニ医務室の担当医である渚は出ていった。
こうなったら寝たフリをするしかない。
顔が真っ赤なため顔を見られたらすぐにバレてしまうだろうが、音をたてない限り寝ている相手のベッドのカーテンを開けたりはしないだろう。
そう思っていたのだが、渚が出ていってすぐに足音がこちらに近づいて来た。
え、と思う間もなく勢いよくカーテンが開けられ、寝たフリをする余裕もなく赤い間抜けな顔で恭介を見上げる形になってしまった。
「やっぱ起きてんじゃねーか」
「な、ななっ!? 寝ているかもしれないレディのベッドを覗くなんてマナー違反ですよ!?」
「さっき俺が五十鈴さんと話してたとき思いっきりごそごそしてたじゃねーか」
「え? 嘘」
あぁあー……と若葉は頭を抱えた。
若葉は顔を腕で覆っているため見えないが、恭介の気配がベッドの側に立ったまま動かないのを感じ、あれ? と思いそろりと腕を下ろした。
すると恭介は上からじっと真剣に若葉を見つめていたため、若葉は大袈裟なくらいびくりと肩を跳ねさせた。
「ななななな、なんですか!?」
「何がだよ?」
慌てる若葉を他所に、恭介は若葉の顔を摘まんで左右に振ったり、腕を持ち上げたりと好き放題にしている。
「……体に異常はないか?」
そう聞かれて、漸く若葉は自分が何故ここに寝かされていたのかを思い出した。
怪我をした若葉を心配してこうして恭介が様子を見てくれるのはいつものことだが、あんなことがあった後にこんなことをされて冷静でいられるはずがない。
若葉は貴方のせいで精神的に異常だらけですと言いたいのをグッと堪えて頷いた。
まあ実際もし異常があったとしても、今の若葉の精神状態では気づけないだろうが。
「あ、お前が助けたガキの母親が、お前に宜しく伝えといてくれってよ。ガキがめちゃくちゃ喜んでたんだと」
そういえば、きょうすけくんのことをすっかり忘れていた。
若葉は自分を見てキラキラと目を輝かせていた少年を思い出し、ふふ、と笑ってしまった。
そういえばちわわいえろーとか言っていたな、と思い、検索してみようと思ったところでそういえば荷物はどうなったのだろう? と気付いた。
「おら、お前の荷物ならここだ」
「わわっ」
恭介が持って帰ってくれたのだろう若葉の鞄を若葉のベッドの上に放り投げた。
「中身ちゃんと確認しとけよ。あと、今日明日はしっかり休めだと。じゃあ後留守番は任せた」
「あ、はい、お疲れ様でした」
言うだけ言って出ていった恭介の背中を見送って、そういえばお礼を言いそびれたなとぼんやりと思った。
そして恭介に言われた通り鞄の中身を確認しようと中を見た途端、若葉は再びベッドに突っ伏した。
鞄の一番上に入っていたのは、あのショッピングモールで買った恭介への誕生日プレゼント。どんな顔して渡せというのか。
――止めた!
しっかり休めと言われたし、と、若葉は誰に言うでもなく心の中で言い訳をして、そのまま考えることを放棄することにした。




