1:10pm/北原森林中央
「うわぁぁぁ!! 春ちゃん! 若葉ちゃん!! よかったよぉぉぉ!!」
一華が二人を見つけた瞬間、きょうすけを含め三人を力一杯抱きしめた。
「い、一華、ストップストップ! きょうすけくんが潰れちゃう!」
「へ?」
若葉の声に、若葉と春陽以外が一斉に恭介を見た。
恭介はと言えば、直ぐに何のことか理解し顔をしかめた。
隣にいる秋也は楽しそうな様子が隠しきれていないあたり、恐らく意味が分かった上で恭介の反応を伺っているのだろう。
「いや、きょうすけくん。この子のこと。」
抱きしめていた腕を離し、目をぱちぱちしながら若葉と恭介を交互に見る一華に、若葉は呆れた様子で春陽の腕の中の男の子を撫でた。
「あ! そういうこと! なんだびっくりしちゃった! いつの間にそんな関係になったのかと」
一華は自分の勘違いに恥ずかしそうに顔を赤らめながらあはは、と誤魔化すように笑った。
「きょうすけくんっていうの? いい名前だね。怖かったね。もう大丈夫だよ」
「怖かったけど、平気だよ! ちわわいえろーのお姉ちゃんが守ってくれたの!」
「そっかー、きょうすけくんは強い子だねー。さすが男の子だ!」
「へへへ」
千紘がきょうすけに目線を合わせてにこにこと優しげに笑って話しかけている。
春陽は心なしか名前の部分を強調していたように聞こえたが、確実にわざとだろう。
その証拠に視界の端に映る恭介の眉間の皺が先程より更に深くなっている。
「よう、藤咲。元気そうだな」
「黒崎さん! 来てくれたんですね……というか、なんでこのメンバー?」
春陽は集まった面々を見て首を傾げた。
一華と恭介はわかるとして、何故千紘と秋也がいるのか。
「ふふふー、それはね、はるちゃんとわかちゃんが大好きで居てもたってもいられなかったメンバーだよ」
どや顔で胸を張る千紘に、春陽は一瞬ぽかんと間抜けな顔をしたあと、ふはっ、と吹き出し、嬉しそうにありがとうございます、と言った。
「ぶふふ、瀬戸さんが大好きとか、似合わなすぎるっ」
「俺はそんなこと言ってねーよ」
横で話を聞いていた若葉が笑いを殺しきれていない声でそう言うと、あいつと一緒にするなと恭介からあたまを叩かれた。
そんないつも通りのやり取りだったのだが、唐突に秋也から爆弾が落とされた。
「『大好き』で間違ってねーだろ? それとも三森を『アイシテル』って言った方がいいか?」
「………………はい?」
それはあんまりだろう、と側にいた面々の心は見事に一致した。
それはない。
タイミングも、シチュエーションも今じゃない。
そもそも本人の了解もなしに相手に気持ちを伝えるのもないし、こんなよく知らない子供までいるギャラリーがいっぱいいる、鬼の巣のある森の中で伝えるのもなしだ。
突然の秋也の暴挙に、当事者である恭介と若葉も完全に固まってしまっている。
きょうすけまでもが空気を読んで静かに見守る中、最初に言葉を発したのは若葉だった。
「えぇと、後輩として、ってことですよね? もー、紛らわしい言い方するからびっくりするじゃないですかー」
「いや、恋愛的な意味であってるぞ」
どうやら秋也は逃げることは許さないらしい。
なんて鬼畜。
若葉はどうしていいかわからず、今の状況で顔を見るのは大変躊躇われたが仕方なく恭介の方を見た。
若葉は恭介が、秋也が突然こんなことを言い出したのに怒っているか呆れているかのどちらかだと思っていたが、そのどちらでもなく、恭介は困ったように若葉を見ていたのに驚いた。
「あいつの言った通りだ」
恭介は驚く若葉をしばらく見つめていたが、やがて堪えられなくなったようでフイと目を逸らし、がしがしと乱暴に髪を掻き乱した。
一方若葉はそんな返答が返ってくるとは思っておらず、全く理解が追い付いていない。
「あー……言うつもりはなかったんだが……まあ特に返事を求めるつもりもねーし、今までと何も変わらないから気にすんな」
恭介の言葉にも反応がない若葉を不審に思いそちらを見ると、ぽかんとしたまままだフリーズしている。
「あん? お前、怪我してる? って、噛まれてんじゃねーか! 早く言えアホ!!」
怪我に気付いた恭介が様子を見ようと若葉の腕を取った。
息がかかるほど近い位置にある恭介の真剣な顔を見ているうち、若葉は漸く先程言われた言葉がじわじわと脳に入ってきた。
「っ!!」
若葉は一瞬で耳まで真っ赤に染まり、くらりとその体が傾いた。
「は? あ、おい!」
そのまま若葉は気を失ってしまった。
完全にキャパオーバーだ。
恭介はそんな若葉を見て呆れながらも、その顔を見て無事に帰ってきたことに安堵して笑った。
「そっちは何事もなかったみたいだな」
爆弾を落とすだけ落として、後のことには興味ないというように千紘に話しかけてきた秋也に、千紘も軽くお疲れー、と返した。
「ってかそっちこそ何かあったわけ? 流石にきょーちゃんが可哀想だと思ったよ」
千紘の言葉に、秋也はああ、と何でもないことのように言った。
「ちょっと話をしただけだ。その結果あのヘタレじゃ死んでも絶対言わないだろうなって思って、まどろっこしいから代わりに伝えてやることにした」
「ただの暴君だった」
流石に何か理由があるのでは、と思って尋ねた千紘だったが、特に理由といえる理由がなかったことを知り、静かに恭介に向かって合掌した。
「春ちゃん、怖かったよね? ごめんね守ってあげられなくて。今度から絶対守るからね外に出るときは私も着いていくからねむしろいつでも一緒にいるからね」
「一華ちゃんちょっと落ち着こう?」
まるでヤンデレのような不穏な発言を始めた一華に若干怯えつつも、春陽は一華を宥めた。
「今回は何も出来なかったけど、最近は瀬戸さんのトレーニングを始めてちょっとずつ体力もついてきたし、今後はもっと強くなる予定だから」
「駄目よ!」
「え?」
突然強い口調で否定され、春陽はぽかんとしている。
それに一華がはっと気付いて、ばつが悪そうに視線を外した。
どうやら咄嗟に心の声を口にしてしまったらしい。
春陽はそんな一華を始めて見て驚いた。
「どうして駄目なの?」
春陽がまるで小さな子供に話すように優しく話しかけると、一華は最初は答えたくなさそうだったが、春陽がじっと見つめているとやがて観念してもにょもにょと喋り始めた。
「……だって、私が春ちゃんのこと守るのに」
「どうして守ってくれるの?」
「そんなの、春ちゃんが大事で大好きだからに決まってるじゃない!」
「ほら、一緒だよ」
にこにこしながら言う春陽に、今度は一華がぽかんとした。
「僕も一華ちゃんが大事で大好きだから。だから強くなって、一華ちゃんのこと守りたいって思ったんだよ」
けど一華ちゃんの方がまだまだ強いから、当分先の話になりそうだけどね、と言って苦笑する春陽に、一華は沸き上がってくる喜びを押し殺しつつ、まだ残る不安を口にした。
「けど、春ちゃんが強くなっちゃったら私が必要なくなっちゃう。私は春ちゃんを守るためにいるのに」
一華の発言に、春陽は怪訝な顔をした。
「どうしたの一華ちゃん? 僕は別に一華ちゃんに守ってもらいたくて一緒にいるわけじゃないよ? さっきも言ったけど、一華ちゃんのことが大事で大好きだから一緒にいるんだよ?」
「ほんとに? これからも一緒にいてくれる?」
「もちろん!」
「ずっとだよ? 一生一緒だからね?」
「もちろん! ……ん? 一生?」
まるでプロポーズみたい、と春陽は首を傾げたが、目の前の一華が本当に嬉しそうに笑うから、春陽もまあいいやと気にしないことにした。
「あれ絶対また伝わってないよね」
「もうあれはあれでいいんじゃね?」
側で聞いていた千紘と秋也がそんな会話をしているとは知らず、一華と春陽は幸せそうに笑っていた。




