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10:30am/第三研究室

 梅雨が明けて少しずつ気温が上がり始めた七月。四月に入った新人も少しずつ周りの環境に慣れ始めるころだ。

 もっともこの部屋、第三研究室には入って八年になる男と六年になる男の二人しかおらず、更に研究室というだけあって年中空調は完璧に整えられているため、新人が慣れてこようが暑くなり始めようが彼らには全く関係のない話である。


 男の内の一人、ここの研究課で働き始めて八年になる彼、黒崎秋也(くろさきしゅうや)の手にはマグカップが握られており、そこに注がれているコーヒーからは良い香りが漂って部屋を満たしている。

 きっといい豆を使っているであろうと思われるがしかし、秋也は夢の中に片足どころか肩までどっぷり浸かった様な状態で、とても味がわかっているとは思えない。

 そんな穏やかな空間に慌ただしい足音が近づいてきて、素早くノックをした後、返事も待たずに扉を開けて一人の男が入ってきた。


「お疲れさまです。神谷さんは来てらっしゃいますか?」

 入ってきた男――倉持充(くらもちみつる)は、寝ながらコーヒーを飲む秋也、ではなくこの部屋のもう一人の住人である同じく研究課所属の七尾準太(ななおじゅんた)に尋ねた。

「お疲れさまです。そういえば今日はまだ来てないですね」

 準太は作業の手を止めると壁に掛けてある時計を見た。時刻はもうすぐ十時半を回るところだ。

「急用ですか?」

 残念そうに肩を竦める充に準太は尋ねた。

「いえ、特に急いでいる訳ではないです。ただ少し話があるので、もし見かけたら私のデスクまで来るように伝えていただけますか?」

「わかりました」

 準太がそう応えると、充は来たときと同じように慌ただしく出て行った。


「ほら! 黒崎さんもいい加減起きてください! もう十時半ですよ!」

 準太が作業を再開しながら秋也に声をかけると、秋也はうう、と小さく呻いて嫌そうに身動ぎした。

「何で朝なんてものがあるんだろうな」

「仮にも百年に一人の天才と呼ばれてる人の台詞とは思えないこと言わんでください」

 秋也は少しの間唸っていたが、やがてのそのそとカップを持って流しに移動した。



「そういえば、今日は神谷さんは来ないんですか?」

 充が来たことでそのことに気づいた準太は秋也に尋ねた。

 千紘は秋也の同期であり、幼なじみであり、悪友である。

 そのため、彼の所属は広報課であるにも関わらず、ほぼ毎日研究課の職場であるこの研究室に入り浸っている。

 研究課というのは、読んで字のごとく研究をするのが仕事だ。その内容は未だ謎の多い鬼の生態から始まり、それに対抗する武器の開発や、襲われた時の治療薬の研究まで多岐に渡る。

「そうか、どうりでよく眠れた訳だ」

 秋也も準太の言葉で彼の不在に気づいたらしい。

 どうやら充の言葉は彼の寝惚けた脳まで届かなかった様だ。

 もしかすると充が訪ねて来たことさえ気づいていないのかもしれない。


 しばらくするとカップを洗い終わった秋也が戻ってきた。洗い物をしているうちにだいぶ目は覚めたようだ。

「神谷さん、何をしたんだと思います?」

 準太が秋也に尋ねた。

 充は総務課に所属しているのだが、元々広報課で、当時は千紘の教育係であり相棒であった。

 その関係もあり、今でも充は千紘のお目付け役のようなもので、更に言うと充がああいった風に千紘を探している時は大抵彼が何かやらかした時だ。

「あぁ、そういえば。昨日は南区の保育園に出張だって言ってたな」

「なるほど」

 秋也が昨日の朝、千紘が張り切って何やら準備をしていたのを思い出してそう呟くと、準太は納得がいったように相槌を打った。

「賭けるか?」

 秋也が準太に楽しそうにそう持ちかけたが、あっさりと断られてしまった。

「十中十やらかしたに決まってるんですから、そんなの賭けとして成立しませんよ」

「全くだ」

 準太の予想通りの反応に、秋也は満足そうに笑った。

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